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長野まゆみ作品のはなし。


今日はこのnoteで度々触れている長野まゆみの本のことを。


長野まゆみ作品を読んだのは、むかし知り合ったマジシャンの方にもの凄く勧められたのが切欠だった。

突拍子もない書き出しになってしまうけれど、このマジシャンの方とは街の大道芸イベントの時に知り合った。今は交流が途絶えてしまって久しい。元気かなぁ…
その時のことはまた改めて記事に。

書きました。

通話中に、絶対に好きなはずだから読んでほしい、メモを用意して!と言われ……今思い出すと面白いな、笑ってしまう。


その時に勧めて貰ったのが三日月少年漂流記天体議会宇宙百貨活劇だったと思う。一通りそのシリーズを教えてくれたと思うけれど、学生時代でもう覚えていない。

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それで多分、中古で店にあった天体議会から読んだ。

実は、最初読んだ時にはよく解らなかった。
漢字が多くて少し古い時代の書き方をしていたし、鉱石は好きだったものの、名前はあまり知らなかった。

けれど高校時代に京極堂を読むようになると、文学作品を前より読めるようになり、長野まゆみ作品もイメージが掴めるようになった。ネット検索で何がどんなものなのか補足しながら。

今では天体議会を一番に上げるほど、長野まゆみ作品の中では大好きな物語。

たくさんある著作を買ったり図書館で借りたりして読んだ。
読み進める内に、学校の教科書で読んで、一番印象に残っていた作品に行き当たった。
夏帽子の中に入っていた作品だ。

こんなに長野まゆみ作品を好きになってから、あの話がこの人の本だったと知るなんて、と感動した。読んでいて、読んだ事があると思い出してネットで確認した。

この現象はオスカーワイルドにもあり、大人になってからドリアングレイの肖像をとても好きになって著作を読んでいたら、幼少時代に一番好きだった童話の幸福の王子がこの作家だと漸く知った。
好みがブレない……

夏帽子のその話は、卵の孵る様子を見守る理科教師と生徒の話で、島に住んでいて船で学校へ通っていた事が印象に残っていた。

夏帽子もそうだけれど、長野まゆみ作品には、多くの大人に分かって貰えない少年の心を理解し、尊重してくれる、距離の取り方に長けた大人というのが出てくる。
そういう本当の意味で大人な保護者のような存在が居る事に憧れたし、そういう大人にも憧れた。


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長野まゆみ作品には幅があるので、どれを最初に読むかによってかなりイメージが変わってしまう。とはいえ自分も全ては読んでいない。もしかしたら半分も読んでいないのではないかな…作品が多いので。


いつも誰かに勧める時には、三日月少年漂流記や、天球儀文庫耳猫風信社の辺りから勧める。

三日月少年漂流記は、天体議会にも出てくる銅貨と水蓮の話だけれど、違う世界線の話なんだと思う。

機械仕掛けの自動人形(オートマタ)が意思を持って動き出し、夜の海洋展覧館へ忍び込んだりしながら、人形がどうするのかを探る冬の小さな冒険の話。

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夏から始まる天体議会には、カフェと鉱石販売を併設している鉱石倶楽部が出てきたり、古い鉄道の描写や、学校での日常、天体観測、聖夜の様子などが描かれている。オートマタのような少年も。
兄弟の微妙な関係や、水蓮と銅貨との少年らしい友情の描き方も綺麗だ。 

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天球儀文庫も同系統の少年達の友情の話で、こちらはとても美しい装丁の本。
絵を鳩山郁子が担当していて、紺の印刷がとても綺麗。

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四季に合わせて四作出ていて、なんて理想的な世界なのだろうと……こんな世界に生きたかったなぁ。
けれど最後は離れ離れになってしまって、その別れ際の美しさまでが作品なのに、寂しくなってしまうから四作目だけあまり読んでいない。


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耳猫風信社は、猫が少年になった姿で現れる物語で、それぞれキャラクターが大好きなので何度も読んだ。すこしファンタジーな児童文学らしい感じ。とても読みやすい。

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猫や鳥、天体観測、地下鉄、硝子ペンや鉱石、花々や昆虫。そういう細々とした子供にとっての宝物を小説の中にコレクションしたような作品たち。パンやココアなどの食べ物の描写も素敵。

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これは長野少年に憧れて、むかし切手を印刷して作った煙草のパッケージ。


💫


普段BLなども読んでいる人には、碧空鳩の栖を勧める。

今の季節なら雨と病の少年の描写の美しい鳩の栖が相応しいと思う。こちらは同性愛ものではないけれど、それには満たない曖昧な気持ちや儚さが綺麗に描かれているので、そういう方面が好きな人の方が受けが良いかなぁ。

この話に水琴窟が出てきたので、以来、水琴窟を誰かと聴きたいなと思っている。聴いたことはあるんだけど……長野まゆみを好きな人と聴いてみたい。

短編集で、夏緑蔭というのも入っていて、真夏になると、これと、兄弟天気図という本を合わせて読むと、とても日本の真夏の雰囲気に浸れる。

天体議会天球儀文庫は洋風な世界観なので、真夏の湿気対策にこういう作品も良いと思う。
当たり前に夏は暑いし冬は寒いけれど、夢のような作品の記憶に救われて乗り越えている……

碧空は梅雨から初夏の話で、四作のシリーズの二作目に当たるけれど、碧空だけが好きで碧空だけ何度も読んだ。

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表紙の屋上の碧空が綺麗で、どこかで校舎を見かけると、自分の学生時代の記憶などより余程あざやかに碧空を重ねる。

フィルムカメラを通じて始まる凛一と有沢の交流が、写真の作品作りを通して深まっていく描写が素敵だった。

本当に思っている事や抱えている事と、自分の精神の思い通りにはならない身体の歯痒さ、表層との違いや言葉と真意の対比が、いろんな場面に散りばめられている。

本来ならば自然のものである花を人工的に生ける事や、被写体の輪郭や奥行を無くして表層ばかりを写真に捉える事。

所詮、目に見えるものが全ての世界で、けれど実際それは当てにならないのだと報せる描き方が、とても美しい作品だと思う。

作品に共感を煽るようなものを表すべきかどうか、訴えかける必要があるのか、作り手の痕跡を残すべきではないのではないか、という創作でぶつかる問題が書かれている。
(この点については、無難なのは承知だけれど、自分は人それぞれの表現や社会での役割、立ち位置があるという認識で今のところ着地している)

表層を写しとる為に、精神を下地にして写している裏腹さ、言動と深層、心の不安定な揺らぎがまさに水面のように描かれてるなぁと思う。


シリーズの全てを勧めないのには理由があるけれど、主観で負の視点を書き連ねるのは全く本意ではないのでその詳細は省く。
それでも碧空だけを挙げるのは、この作品の主題がとても巧く描かれていると思うから。


たとえば読み手に全てを説明しきらない、弁明をしない部分についても、登場人物の横暴さや、曖昧なものを抱えている人間の在り様の描写だと思う。
そういう部分も含めて、その文章や言葉に収束させている事の真意を読み手が察する必要があると思う。

というのは、当時わかってなかったけれど、今読み返したら思い至った。

凛一から見える有沢の心情も、凛一自身が説明できない自分の心も、言葉にされている事が全てではないという示唆も、一貫して作品の主題に徹しているように思う。

小説でそれをやるのは難しいように思うけれど、出来てしまっているんだよなぁ、プロって凄いですね…と当たり前な感想……


最後に会話した有沢の言葉がとても印象的で、未だにグラジオラスを見るたび彼を思い出す。

シリーズの『若葉のころ』にも有沢は出てくるし変わらず魅力的だけれど、碧空の別れ方が綺麗だったので、やはり個人的にはこれ一作を読むのが良いなと思っている。そちらはシリーズ完結に必要なお話なので蛇足だという意味ではない。

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蓮の沼に呑まれるような『夜啼く鳥は夢を見た』や、腐敗していく様子を描いた『夏至南風』は、玄人向けなので相手の趣味をよく知っていなければ勧めない。川端康成の短編集のような妖しい魅力がある。
個人的にはある種の心地良さがあって魅了される。Dir en greyのMACABRE-揚羽ノ羽ノ夢 ハ蛹-を聴いている時のような感じ。

長野作品はどれも、花や鉱石に彩られた季節の描写が美しくて、小説は文字なのに、光も色彩も鮮やかで、心の動きさえ目に見えるようにしてくれる。魔法のような物語だと思う。

いろんな作家の影響を受けている事はご本人も口にしていたと思うけれど、自分にとって一番読みやすく、理想的な世界を構築してくれたので、やっぱりずっと長野まゆみ作品が好きだ。

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これまでサポートくださった方、本当にありがとうございました!