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小説詩集「美とどろの間」

「それって、おかしい」

とか思います、みたいなことが言えなくなってた。それどこじゃなかったし、それに半身ズブウブと沼地にはまってたから。

「そんなこと考えてたんだ」

みたいに彼はもっと食べろよ、的パンケーキにハチミツをかけてくれた。

「それっておかしいよ、」

みたいなことは今だって思ってるよ。寒さに凍えるみたいな人が街にいたり、心が置き去りになってるみたいな人がバス停に立ってたり、するから。

「とろい子をさ、」

嫌いな先生がいるのも見たことあったし、うちのママもそうだし。

「いや、ワイのことと、」

ちがうから、って言ったけれど彼は笑うのをやめなかった。

「とにかく食べえろよ」

私は頷いた。

「これはひどいよ、」

とか作品展でさ、私の絵の前で首を振ってた人がいたんだよ。あきれた顔してた。子供でもプロみたいな子がいるのに、私って、とかその絵を外して逃げ去りたかった。

「それどころか、」

「それどころか?」

「それを、」

踏んづけて粉々にして、火にくべたかった。

「街にかけだして、」

もうめくらめっぽうに駆けて、気持ちのワヤワヤを掻き消すみたいに走ったんだよ。

息がきれてさ、歩道橋の上の真ん中でじっと風にふかれたの。目が塞がれてるみたいだったから。

「なんの役にもててない私だけれど、」

「けれど?」

「みちゃいけない人を、」

見たこともなかたし、口に出しもしなかった。おかしなことはしても、おかしなことを笑ったりしなかった。

いつの間にか街に明かりが灯ってて、一つ一つが、そうだよ、みたいに瞬いてた。

「時間がね、」

「時間が?」

「時間が、」

進んでくれたんだよ、だから、新しいキャンバス買って、絵の具も選んだんだよ、いつもとおんなじ色だけどね。

「自分がね、」

また息をしてるなって分かったんだよ。初めてだよ、自分が息しててえらいなって思ったのは。

「じゃ、もう食べられるね」

みたいに彼がフォークを持たせてくれたから、私はやっと頷いて、これでもかみたいに大きく開けた口にパンケーキを運んだのだった。

おわり

❄️希望と絶望がかけめぐる、的小さな山場がおおきくうねる日常がつづきます。疲れることもあるけれど、癒されもし、発見することさえあるのは、一体どういうことなんだ、みたいなお話です。また書きます。ろば

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