鬼母と呼ばれて

彼女がいつも幼い
自分の子どもを殴っているのを
知っていた知り合いや
近所の人たちはずっと
見て見ぬ振りをしていた

それから事件が起きて
マスコミが大きく騒ぎ立て
インタビューに答えた
近所の人たちは
わかったような顔して
口々に語った

「いつかこんなことが
 起きるんじゃないかと思っていた」と

だから誰の耳にも
聴こえなかったんだ

息がつまるような
狭いアパートの部屋の中で
幼い自分の子どもを殴りつけながら
その時
たすけを呼んでいたのは
彼女の方だったことを

幼い自分の子どもを
殴りつけながら
けれど本当に殴られていたのは
彼女の心の傷、だったことを

誰も気付けなかった
どんなえらい政治家も
警察も心理学者も宗教家も
近所のPTAのおばさん連中も
カウンセラーも弁護士も

泣きじゃくり
恐怖におびえた子どもの顔を
鬼の形相でにらみつけていた
彼女の顔の方が
本当は

涙と恐怖で
ふるえていたことを

誰も、気付かなかった


そんな彼女を
鬼母と形容しながら嘲笑う
お昼のワイドショーの
司会者のそのお上品な笑い顔の方が
わたしには
鬼に見えてならなかった

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