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(長編童話)ダンボールの野良猫(十五・一)

 (十五・一)ドリ誕
 熱き夢と希望を胸に抱いた若者たちが、わんさかと地方から東京へ押し寄せる三月の下旬、待望の浅野真理からの連絡が入った。
 それによると、無名の人間が行き成りのデビューというのは流石の真理の力を持ってしても難しく、矢張り話題作りを兼ねてとアイドル歌手としての王道を歩むべく、先ずはドリーム誕生に出演しようという話。ではあるけれども所属するプロダクションはDream Company系列の『ドリームプロダクション』でお願いしたい、とのことでもあった。ドリームプロダクションは業界でも五本の指に入る大手、Dream Companyの後ろ盾もあり、今のところ特に悪いスキャンダルや噂も聞かない。それに真理だって関わってくれるし、何より用意した条件が良かった。
「響子さんさえその気なら、あなたにマネージャーやってもらっても構わないのよ」
「えっ、ほんと」
 それは願ったり叶ったり。だったら二六時中ノラ子に付いていられるから、守って上げられるわ。良かったああ。
「じゃ、お願いします」
 響子が承諾し、話は成立。後はドリーム誕生への出演を待つばかりとなった。

 そして迎えた四月六日、日曜日午前十一時。この日はドリーム誕生の予選選考会の生放送。まだデビュー前ながら、日本全国のお茶の間に、TV画面に、遂に我らが歌姫ノラ子がそのベールを脱ぎ捨て登場する。歌うは日本の歌謡曲が望ましいからと、カバー曲ではあるが、江利チエミの『テネシー・ワルツ』。

 ドリーム誕生は公開で行われるオーディション番組で、それ故会場には毎度観客がびっしりと押し掛ける。他の類似オーディション番組の追随を許さない抜群の人気もあって、サクラを用意する必要すらない。加えて日本全国のお茶の間、TVの前にはおじいちゃん、おばあちゃんから、お父さん、お母さん、良い子、悪い子、赤ん坊まで一家揃って、今朝はどんな子が登場するかと固唾を呑んで見守っている。でも所詮は素人なんだし、たかが歌謡番組じゃねえか、ふわーっ、まだねみいのに親父叩き起こしやがって、などと、付き合いで見ている輩もいる。
 そこへノラ子の降臨と相成った。ステージにノラ子が現れるや、会場の観衆もお茶の間もざわざわざわーっとざわめき立ったかと思うや、さーっと波は静まりノラ子に釘付け。先ずは絶世のその美貌にうっとりと酔い痴れる。うっわー、かっわいっ。いや、美っじーん。何この子、反則じゃない、この美しさ。大方整形でもしてんでしょ。丸でおフランス人形でないの。でも歌は大したことないんじゃない。歌なんかもうどうでもええ、わし、この子のファン第一号になったるでーっ。とまあ、嫉妬、羨望、憧憬、欲望、恋愛感情、ため息等々、種々雑多なるノイズが入り交じって、注目の的の話題独占状態。
 さあ、歌うのよ、ノラ子、いつもの調子で。
 初めての大観衆を前に流石に緊張しているのか、マイクを持つ手も心なし震えるノラ子に、舞台の陰から手を合わせ祈り見守る響子。そして遂に今ノラ子の唇が、マイクに向かって囁くように歌い出した。

『I was waltzing ……』

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