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「光り輝くそこに あなたがいるから」 第⑦話


  
 みずきと約束をした。みずきとは約束をしなくても会えるだろうことはわかっているのに、なぜ自分から誘ったのだろう。みずきを自分に繋ぎ止めたく思った自分自身の考えに、少しの嫌悪感を感じたが、みずきが「楽しみ」だと言ってくれたことは素直に嬉しかった。
 
 待ち合わせ場所はいつものカフェにした。浜には寄らず、直接カフェへ向かう。
 待ち合わせ時間ちょうどに着いて店内を見渡すと、みずきはすでに窓際に席を取って、コーヒーを運んできたと見られるカフェの店主と、何やら楽しそうに談笑していた。
 今日はみずきには珍しく、白のワンピースを着ていた。普段ラフで動きやすそうな服装の彼女とは少し雰囲気が違っていた。
 
「マスターったらね」
 店主が去った後に席に着いた僕に、店主と談笑した笑顔の名残を見せながら、みずきは喋り始める。
「私達を、兄妹だと思ったんですって」
「それが、そんなに面白いのかい?」
「面白いわ。だって私達、少しも似ていないのに」
 涙が出るほど笑っているみずきを見て、今度は僕が笑えてきた。
「普通は恋人同士だと勘ぐるものなのに、どうして僕が君のお兄さんなんだろう」
「わからない。きっと私が、よっぽどわがままで横柄な妹に見えたのよ」
 みずきは満面の笑みだった。そして美味しそうにコーヒーを一口飲んだ。

「ちなみに言うと、僕には本当に妹がいるんだよ」
「あら、そうなの?」
「妹と父と母、そして僕の、至って普通の家族だよ」
 その時、僕の朝食セットが運ばれてきて、店主とみずきは軽く目配せをした。
「僕の家族はいい人たちだよ。いつも気遣ってもらってばかりで、この歳になっても、僕からはまだ何も恩返しできていない」
 みずきはじっと僕の顔を見ている。僕はみずきに見つめられながら続ける。
「特に母親。実は毎日一言だけ、メッセージのやり取りをしているんだ」
「あなたはお母様を、とても大切にしているのね」
「というよりは、ただの生存確認だよ。お互いの。これは母の希望で、これに応えることが、もしかしたら僕ができる全てなのかもしれない」
 目の前にある僕のオレンジジュースのグラスは水滴だらけになっていて、いかにも早く飲んで欲しそうに見える。
「私は、母に頼まれると断ることができなかった」
 みずきは、まだ僕の顔を見つめながら独り言のように言った。
 それからしばらくは食事に集中した。みずきはゆっくりとコーヒーを味わいながら、なにか考えているようだった。
 
「それじゃあ、そろそろ写真を見てもらおうか」
 食事が済んで片付いたテーブルに、僕は厳選した写真を並べていった。
 一枚並べるごとに、みずきは食い入るように写真を見つめる。なにか感想を漏らすことなく、一枚増えるごとに、同じようにそうしていく。
「なかなか緊張する。プライベートで撮ったものを人に見せることって、実は多くない」
 僕がそう言うと、少し遅れた反応でみずきは写真から顔をあげて言った。
「私だって、プライベートを勝手に撮られたこと、初めてなのよ」
 そして笑った顔を僕に見せて、また写真に視線を移した。
 
 みずきが写真を見ている時間は、相当に長かったと思う。一枚の写真を見つめる時間がとても長い。僕はというと、そんなみずきを観察しながら、二杯目のオレンジジュースを飲んだ。
 窓の外を見ると、今日もかなりいい天気になりつつあった。もう、ここに移り住んでからどれくらいになっただろうか。そんなことを考えていたら、段々と眠たくなってしまった。窓枠に肘をついて少しの間、目を閉じる。
 
 体がびくついて、驚いて目を開けた。どうやら寝てしまったらしい。じんわり汗をかいていた。みずきの姿はなかった。その代わり、メモ書きがあった。
「あんまり私がのんびりして、あなたを眠らせてしまったわね。写真、ありがとう。とても嬉しかった。気に入ったものがあったからいただいていくわ。いいでしょう? 瑞希」
 みずきのメモを読んでからスマートフォンで時間を確認する。おそらく、三十分は寝ていただろう。

 夢の中でも僕はみずきといた。ひどく悲しい夢だった。悲しみで気分が悪い。
 みずきが纏めておいてくれた写真をカバンにしまって席を立つ。会計もみずきが済ませてくれたらしい。
 店を後にしても、頭がぼんやりしていた。あの夢は何だったのか。海沿いの道を歩きながら、遠くの波を見つめていた。


(第⑧話へ続く)


 


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