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エッセイ | 「やっちん」さんからのメッセージ (あとがきのようなもの)

いつか書き直そうと思っていた過去の記事を、久々に引っ張り出しました。
それはnoteを始めた数日後(2023年4月)に投稿したもので、数人の方を除いて、ほとんど読まれたことはありませんでした。
実を言うとその原形は、以前、少しの間やっていたブログで書いたもので、ちゃんと調べてみたら2023年2月27日に投稿したものでした。

当初書いたものは約1800文字の内容でした。それを今回は、約6400文字の小説に書き直しました。
noteで読みやすいと思われる長さを、大きく超えましたが、この話は分けることができないので、そのまま投稿しました。



ある日の朝。たまたまXのタイムラインに上がってきた、見ず知らずの方の投稿を見て、ちょっと泣きました。胸を締め付けられるように、感じるものがあったのです。
その時は今のアカウントではなく、特にジャンルも絞っていなかったため、すぐにその方をフォローしました。

その方は障害児育児をされるお母さんで、同じように障害を持った子どもを育てる仲間(主に母親たち)を励ますような投稿を沢山されていました。
タイムラインでは、その方と繋がっている他の方の投稿も目にします。障害児でなくても育児に四苦八苦している方の、たくさんの育児に関する投稿が並びました。私はそのつぶやきを、体に染み込ませるように読んでいきました。

悩み、苦しみのつぶやきを体に染み込ませたところで、その方々の経験を疑似体験することすら、できるわけではないですが、何人もの方の共通項のある苦しみや悩みを知ることはできました。そして、精一杯の想像力を働かせて、感じようとすることはできたのです。

今回書いた小説の、ファミリーレストランで見た親子の描写は、実際に私が経験したものです。それと時を同じくして読んだ、やっちんさんの文章と、その時の情景が呼応して、今回の物語になりました。

やっちんさんの投稿を知っている方も多いかもしれませんが、もしかしたらここで初めて見て、こころが救われる人もいるのではないかと、そのままリンクを貼ることにしました。

やっちんさんからのメッセージが、どこかの誰かに届きますように。


たくさんのマガジンに追加していただきました。ありがとうございます。また、コメントをくださった皆様、ありがとうございます。


ここでわざわざ書くこともでもありませんが、この小説は子供への虐待をする親の行為そのものを「許す」、と言っている内容ではありません。



やっちんさんの投稿内容に関してのご意見などは、ここではお控えください。私からはコメント出来ません。




#あとがきのようなもの




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