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「光り輝くそこに あなたがいるから」 第②話


 彼女を思っている。
 今朝、あの浜で偶然見た彼女の舞いを頭の中で再生させている。
 日付はもうとっくに変わっているのに、朝から僕の頭の中で、彼女の舞う映像の再生が続いて、寝ることができない。ベッドに横になって何度も体勢を変えては、同じシーンを思い浮かべた。
 
 頭の下で両手を組んで仰向けに寝転んでみる。足を開閉しながら動かすと、サラサラのシーツの感触が気持ち良い。意味のない動きに無理やり意識を集中させようにも、彼女は僕の脳内から出ていかなかった。
 いつしか彼女の映像は、瞬間を切り取った静止画に変わった。
 彼女の一連の舞が、スローモーションのように連なる静止画で見える。彼女が地面から高く飛び上がった瞬間、長い手足を大きく広げて片方に伸び上がる瞬間、うなだれるように身体をしなやかに折り曲げた瞬間。僕の記憶した「一瞬」を、まるでカメラに収めた画像のようにコマ送りで見ることができた。
 
 翌朝、体調は優れなかった。久々の寝不足で頭が重い。この町に移ってから、睡眠時間はしっかり確保していたから、今朝の目覚めの悪さに気分が落ちた。
 今日はクライアントであり友人でもある、田端と会う予定がある。昼過ぎの約束で、その前に昨日の浜へ行くことができなくもなかったが、彼女は来ていないような気がした。
 食欲はなく、喉が乾いていた。水道水をコップに一杯、飲み干した。生ぬるくてぼやけた味の水が、重い体を更に重たくした。 
 
 昨日とは打って変わって晴天だった。寝不足の体が日差しに温められて眠気が増す。
 できれば今日はベッドで寝転んで過ごしたかった。そんな気持ちが僕の身のこなしに現れていたかもしれない。待ち合わせの喫茶店で先に到着していた友人が顔をしかめて僕を迎えた。
「どうした。体調、悪いのか」
「いや、大丈夫。ちょっと寝不足なんだ」
「寝不足?珍しいな。呑みにでも行ったのか」
「まさか。一体誰と呑むんだよ」
「一人でだって呑むだろう。大人なんだから」
 酒好きの田端は怪訝な顔をして僕を見ている。その視線から逃げるように、ウェイターに向けて片手をあげた。

「例の件なんだけど」
「うん」
 田端の手掛けるインテリアショップのアートワークに起用されて、近々撮影をすることになっている。その日取りや、撮影の準備に関する打ち合わせをした。
 回らない頭で、なんとか小一時間の話し合いを終えると、僕の顔にはだいぶ疲れが出ていたらしい。
 「それじゃ、当日よろしくな。それにしても今日のお前は酷い顔だ。今見せてやるよ」
 そう言うと田端は、
スマートフォンのカメラを僕に向けた。
「やめろよ」
 そう言って顔を背けた瞬間にも、また一枚取られてしまった。
 ニヤつき顔の田端から送られてきた画像を嫌々確認すると、なるほど、目の下に酷いくまがあった。明らかに疲れている。 
「さ。じゃあ、もう帰って寝ろよ。この後は何もないんだろ?」
 田端が伝票を持って立ち上がろうとしたので、ぼくはとっさに田端を引き止めてしまった。
「え?」
 不意を突かれて驚く田端の顔を見て、引き止めたことを後悔しそうになった。それでも、やや頭が朦朧としているとき特有の大胆さで、田端をもう一軒、別の店に誘った。
 
「へぇ。ダンサーねぇ」
 テラス席でアイスコーヒーの氷をカラカラさせる田端は、少し考える様子を見せた後、口をつけずにグラスを置いた。
「探してどうすんの」
 そう聞かれると、自分でもわからない。
 浜で見た彼女の話をして、この町に人脈のある田端なら何か情報を持っているかと思ったが、どういう目的があって探しているのか、僕自身にもわからない。
「いや、なんだか映画でも見ているようで現実味がなかったから。お前なら何か知ってるかなと思っただけだよ」
 そう言った僕の横顔に、田端が視線を当ててくる。
「よくわかんないけど良かったな。この町に、興味のあることが見つかって」
 引っかかる言い方だが、田端の言いたいことはわかる。この町にきて平和ボケした僕を、田端なりに心配してくれていたのだろう。だけど僕に言わせれば、それの何が問題なんだ。
 時間に追われ、誰かの尻拭いに追われ、ついに自分を見失いかけた僕が、この町へ来て、ゆっくり自分を取り戻そうとすることの何が。いや、取り戻したいんじゃない。できれば、僕という人間を一から創り直したい。

「で、写真は」
 田端は当然のように言ったが、あの時、彼女の写真は一枚も撮らなかったのだと言うと、田端は驚くというよりは呆れた顔で僕を見た。
「プロが、そんなに魅せられたものにカメラを向けないなんて」
 アイスコーヒーを一気に飲み干した田端は立ち上がって、僕の背後にある狭い通路を通りながら、僕の肩を軽く掴むと先に店を出ていった。
  
 田端と会ってから幾日かが過ぎて、段々と彼女のことを考える時間は減ってきていた。それでもふとした瞬間に、頭の中にある彼女の舞う静止画を取り出して想ってしまう。
 こうして時が経つに連れて、僕が切り取った「一瞬」は少しずつ、西洋の絵画のようなタッチのフィルターがかかり、あの日の事実は、望まない形で上書きされていくようだった。


(第③話へ続く)



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1話からはこちらです。
https://note.com/aomame_nono/n/nb0033047a37c

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