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短編集(2024)

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2024年2月の記事一覧

タクシー

タクシー

バスはあった。

でもあえてタクシーを使った。
金はない。駅から家までタクシーで帰るとバスの10倍近くする。
タクシーに乗る金銭的余裕はないが、乗った。
それはとても暖かい冬の日で、サラサラと雨が吹いていた。

夜、ウイスキーとタバコと半纏

夜、ウイスキーとタバコと半纏

古着屋で半纏を買った。

アパート近くのコンビニで安いウイスキーを買った。そしてタバコも買った。銘柄なんてよくわからないけれど、あの人が吸っていたタバコのパッケージの色を頼りに買った。後で知ったのだけど全然違うやつだった。それがなんとも私らしいなと思った。

アパートに帰ってきた。

越してからろくに使っていない埃をこさえた換気扇は一応箒ではたいたがそれでも落ちきれず、換気扇を回すと埃を部屋に撒き

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夜。

夜。

その夜はとても激しく雨が降った。

手元のスマートフォンで時間を見ると深夜ニ時。築六〇年の木造アパート。立て付けの悪い雨戸。ガタガタと揺れ、定まらない。しばらくぼうっと宙を眺めていたが眠気が再び訪れることはなく、諦めて上体をむくりと起こした。

シパシパと目をまばたかせ、ぼんやりとドアの方を見た。目はまだ慣れてなく、ただそこには闇があるだけだった。

その夜、その時、不思議な感覚に陥り、その瞬間だ

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手紙///

拝啓

元気です。

むしろ健康になりました。

スーパーマーケットとコンビニエンスストアが遠すぎるので行く気にならないのです。

お菓子が家にないだけでこんなに痩せるものなんですね。

もう東京には戻りたくありません。マジで。あそこは誘惑が多すぎますね。

お向かいさんの話をしましょう。

お向かいさん、たくさんお酒を飲むんです。
いやいや、のぞいているわけじゃないですよ。
玄関開けるとちょうど

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ないものはなく。

ないものはなく。

 *

 なんでこんなにも安っぽいのだろう。
 安っぽい言葉をあれだけ嫌悪していたのにいざ自分が文章を書こうとするとそれになってしまってさらに自分が嫌いになる。ねえ、井上。僕はやっぱり書けない。なんで君はそんなに書けたの。
 僕は彼女の母から受け取った用紙をバサリと置いた。ぎっしりと詰まった文字。文学的価値とか、内容がどうとか、構成がどうとかは正直よくわからない。でも、少なくとも安っぽい、ありきた

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ないものはなく。

ないものはなく。



 雪国へ引っ越した。
 そしてやはり引きこもった。生きるために必要なだけのアルバイトはした。冬は旅館で住み込みで、それ以外はアパートに住み週に三回、深夜労働をした。市街地まで自転車で行き、会社の什器の搬入出や、ショッピングモールのイベントの機材を運ぶバイトをした。大体二十一時に集合して朝五時に終わる。同じ八時間労働でも深夜の方は一.三倍は給料が良く、週三でも十分暮らせた。朝七時前に帰宅し、昼

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