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国会(招集日)の襲撃シーン / 20240619wed(5838字)+短歌(31字)

短歌:

書けぬなら
執筆箇所を
載せてやれ
とはいえ それは
手抜きでおます

 辰は指を折ってなにかをかぞえている。
「だめだ。まるで戦場みたいだ。なんでこんなにごろごろと死体が湧きでてきてるんだ。それも第三だけがひっきりなしにいそがしい。男たちはみんな脳を撃ち抜かれている。これじゃあ第一じゃ使いもんにならん。おんなこどもだってみんな暴行痕が見える。なんだこりゃア」
 辰さん。まだニュースを見てないみたいだぜ。まわりの男衆はで鍋を掻きまわし、こそこそと笑う。
「予定だと、明日から、さらに死体が運ばれてくるぞ。なぜだ? 」
 くすくすと笑い声が聞こえる。タケさァーん。いま一度、さっきのニュースを辰さんに聞かせてやれよー。所長がこれじゃァ、おれたちの仕事があがったりだぜ。みんなは笑った。
 中央の茹で釜にタケがまた湯気のように現れた。タケはポケットから出したケータイを横にして辰に見せる。
 サムネには《天皇陛下をお迎えして開会式 第二三九回:通常国会召集》とある。辰はタケの視線にうなづいて、ヘッドフォンを外す。画面をみつめる。
 画像の左上に《中継》とあった。
 画面は参議院本会議場で満席だった。
 カメラの視点は撮影テストのように扉にアップ。
 カメラの視点が引かれると、議員らが各々の席で歓談をするのがみえる。
 おなじような映像が五分間続いた。
「これ、いつまでつづくんだ? 」
 辰が棒で釜をまわした時だった。タケは黙って辰をみている。
 ぱんぱん。
 議場の裏の廊下から、軽い発砲音がきこえる。
 間を置いて、ぱん。
 下手の大扉が半開きに開いた。銃を構えた黒い特殊部隊が現れた。五名だ。ヘルメットを被ったフル装備姿だ。
 扉の奥で、特殊部隊に敬礼する儀仗が見える。廊下のこちら側から銃を向けられているのか、儀仗の白い手袋が震えていた。五名の特殊部隊が演壇に向かって歩き、演壇に向かって直立でならぶ。
 満席の本会議場は違和感を感じ始め、ざわつく。だが、その場を立ち上がったり、叫び声をあげる議員はひとりもいなかった。
 辰は、息をのむ。
「おい、これって…」
 タケは辰の言葉を遮った。
 映像の、上手の大扉が開く。議員はどよめきながらも一斉に立ち上がった。儀仗と黒服が登場する。後ろに天皇陛下が登場。儀仗は上手でくるりとまわって敬礼した。老いた燕尾服は演壇へぎこちなく歩く。天皇は敬礼のなか、演壇から階段を登り金色の縁取りの椅子に座る。
 天皇は議会にむけ一礼をして椅子に座る。
 狐のような目はなにかを訴えているようだ。
 燕尾を着た老人が天皇に向けて紙筒をあげた。天皇が会釈をすると演壇から老人が喋りはじめた。
「ごほん。えー、天皇陛下のご臨席を仰ぎ、第二百三十九回の開会式を行うにあたり…」
 ぱんっ。
 燕尾の男は倒れた。
 特殊部隊のうちの二名が天皇を取り囲んだ。
 天皇の両脇を抱えて議場の上手(かみて)に移動させる。特殊部隊の片方は天皇をまるで高級ホテルの支配人のような礼儀正しさで出口へ案内する。
 本会議場から天皇の姿は消えた。
 国会議員たちはホッとしたように天皇を見守った。まるでどこかの道祖神か庚申塚のように。
 間があった。
 国会議員たちは両隣の顔をたがいに見つめあった。
 それからだった。
 参議院本会議場に、五名の特殊部隊が雪崩こんできた。
 一気に、銃声の嵐が始まった。
 国会議員の大虐殺だった。
 カメラはゆっくりと右に左に舐める。
 一瞬、虹の帯の画面になった。また国会大虐殺シーンにもどった。まるで放送回線を外部で強制的に操作されているような映像だった。
 タケは動画を止めた。
「ここ三日間、この国会議事堂大虐殺動画がすごい勢いで世界に拡散されてます」
 再生数は五億回を超えていた。アップされるたびに削除される動画だったが、母国の中央政治に不満や怒りがある諸外国では高い人気を得ていた。削除されるたびにまたアップされるイタチごっこだった。
「おれはこの動画が拡散されることにまったく興味はない。だが」
 辰は動画を見、目を細めた。
「へえ」
 タケはうなづいた。
「おれがこの動画に興味があるのは、武器はもたぬが多数派であるニンゲンの習性ってか……。この武装集団は十名だ」
「はい」
「占拠された国会議事堂の内部に日本人が五百人いたとする。警護もいるんだから銃をもつ警護が百人いたとして、国会議事堂には六百名の日本人がいたとする」
「へえ」
 タケは言った。
「その六百人全員が命を捨てて十名の外敵に立ち向かえば、外敵は排除できたんじゃなかったってことだ。人体の片腕が腐ってそのまま放置してりゃあ確実に死ぬ。だが、思い切って切断しちまえば生き残ることはできる。今回のケースは国会議事堂だから人体で言えば脳みそに近い箇所だったが」
「へえ」
 タケは言った。
「グシはどう思うよ」
「へえ。おれはひどく頭が悪いし、画像の内容のむずかしいことはよくわからねえです。ですが、たぶん」
 グシは黙り込んだ。
「たぶん、なんだ? グシ。いいから自分の意見を言ってみろ」
 辰はグシの意見を促した。
「ここにいる奴らって、なんだかんだいってやっぱり、てめえの命が一番大事だったんじゃないんですかね? 」
「ははは。道理だな」
 辰は笑った。ぱちっ。ぱちっぱちっぱちっ。ぱちっ大部屋の電灯がリズミカルに明滅した。
「でも皮肉なもんだぜ。選挙で必死で《わたしたちはお国のためにがんばります! 》つって訴えて何百万って国民の信任を得て、国会に登院してだ。これからって晴れ舞台で《わたしはやっぱりテメエの命がイチバン大事です》って全世界に晒(さら)すってのは」
 辰は、ほかの茹で釜で働く男衆を、舐めるようにみまわした。みんな辰からそそくさと目を逸らした。
「ま、外国でこの国会議員大虐殺映像を見て、日頃のモヤモヤがスカッとするニンゲンがわんさかいるってことだ」
「へい」
 タケは部屋の片隅にある茹で釜へと消えた。
 グシはヘッドフォンをつけて作業にもどった。
 ぱちっぱちっぱちっ。ぱちっ。大部屋の電灯は明滅した。
「おらあ、もうやってられねえだ! 」おらもだ! んだんだ! だべ! 隅の釜で灰汁を取る作業に追われる男衆らは長尺の棒を壁に投げつけた。
「ぐずぐずとぬかすな。辰さんだって、だまってやってるんだ。部署の配置は籤(くじ)で決まったんだろうが」
「籤はイカサマ籤だったってはなしだぜ」
 大釜の向かいで死体の灰汁をすくいとる男が、噎(む)せた。死体を煮た蒸気をすいこんだようだ。男はだまって作業にもどる。
「タツさん」
 グシは言うが、辰はヘッドフォンをつけていてグシの声は聞こえない。辰はハミングをしている。
「タツさん! 」
 辰はヘッドフォンをはずした。
「どうしたい、グシ」
「おいらじゃねえす」
 グシは階段口を目でしめす。扉口に男の影がみえる。だが湯気でぼやける。
 天井の方々にさがる裸電球がぱちっ。ぱちっぱちっぱちっ。明滅する。
「あれ? もしかして忍さん? なんでまた忍さんがここに? ムショのなかじゃあ」
 忍とよばれた男はがっはっはっと笑ってまた、ぱちっ。電球を点滅させた。
「おれがここにいちゃあ、わりいのかい」
「忍さんはどこにいてもかまいやしません。おれたちの仕事の邪魔さえしなければ」
 忍は中肉中背で白い高級スーツ姿で丸坊主だった。近づいてきた忍の、顔面の両側にはミニトマトがつぶれたような傷痕がみえる。銃弾で撃ちぬかれた痕のようだった。忍はレイバンのサングラスをはずして、目をつぶった。辰のヘッドフォンから漏れ聞こえる音に耳を澄ませる。まわりからひそひそ声が聞こえる。あれが伝説の井岡忍さんだ。伝説って生きてるもんなんだな。もごもご。
「辰おまえー。いうようになったじゃねえか」
 忍は豪胆に笑って辰のこめかみを小突いた。辰は大釜の茹だるなかによろけた。っとっとっとっと。忍は利き腕をのばして辰をひっぱりもどした。引いた腕の先で忍はおやゆびとひとさしゆびをつなげて、仏がよくやる手の輪っかをつくった。世の中やっぱりこれよのおォ。忍はわらった。ゼニってことっすか。辰もわらった。
「法務大臣が変わったんだよ。こんどの法務大臣はまったくのダメ大臣よ。銭ですぐに右に左に日和る風見鶏だ」
「じゃあ出所したんすね」 
 辰はわらった。うしろで、確定死刑囚に出所ってありえるのか? このまえは札幌で死刑執行の直前にいちど破獄をして東京拘置所に収監されたって風のうわさで聞いたぜ。ざわざわ。忍さんと辰さんの会話だ。冗談にきまっとろうが。だよなぁ。がっはっはァ。でもよ。じっさいに死刑確定囚がおれたちのまえに現れてる。なぁ。お、おう。またどよめきが生まれる。 
「タツはジャズも聴くのか。年次総会じゃあ演歌ばかりうたってたが」
「これ、ジャズっていうんですか」
 忍は片手を拳銃の形にして辰のこめかみを小突く。次いで周りの男衆にパーを作ってみせた。だれも笑わなかった。
「また始まった。おとぼけの辰か」
 辰は、首にかけたヘッドフォンを、忍に渡そうとする。忍はここからでもきこえるよ。と、音漏れに目をつぶってまた耳を澄ませる。
「レイ・チャールズだ」
「レイ・チャールズ」
「曲はイン・ザ・ヒート・オブ・ザ・ナイト」
「おれは学はさっぱりです」
「たしかこの曲は、むかし、サスペンス映画の冒頭に使われてたっけか。黒人の刑事が白人社会の田舎町から人種差別に遭いながらも、殺人事件を解決していくっていう。タイトルは忘れちまったが。なんていんだっけか? デカいの? 」
 グシは啞(おし)のように黙った。はっと思い出して、グシは尻のポケットからメモ帳をだして、ジャズ、レイ・チャールズ、イン・ザ・ヒート・オブ・ザ・ナイトは辰さんの好きな曲、と記した。
「赤毛のモヒカン頭のおまえだ」
 伝説の井岡忍に、腕(かいな)を叩かれた巨体はビビってあとじさった。しかし伝説に触れた嬉しさか、あ、ありがとうございます。訳もわからずにことばを漏らし、顔は興奮で上気する。
 辰は、ヘッドフォンをまた被ってさけんだ。
「インザ、ヒイイイト、オブダ、ナアアアアアア〜イト! 」
「それだよ! それ! 思いだした。『夜の大捜査線』だ。そうだよな? デカいの。おまだよ」
 忍はグシの太ももをぺちぺちと叩く。おまえ。と伝説の井岡忍に呼ばれたグシは怯えながらも、ええ、きっとそうだと思います。と強くうなずいた。
 井岡忍は磊落(らいらく)に笑って、辰の肩をひきよせる。足元にある死体をローファーのかかとで思いっきり蹴りあげた。死体は大釜の茹だった湯気のなかにぬるりと沈んだ。
「辰、ちょい、オメエの耳を貸してくれや」
「おれ、いま仕事中で…… 」
「あんまカテエことぬかすねえ。明日はおれもおめえもこの死体とおなじになってるかもしれねえんだぜ」
 かっこいいな。やっぱ忍さんのセリフは。まわりの男衆は忍のセリフに聞き惚れているようだ。
「へえ」
 辰はうなずいた。
「で、銀の字はどこだ? 」
「これから親不知に寄って、東金沢です」
「東金沢って石川の兼六園のところのか」
「ええ」
「これからか? 」
 忍は白く光るゴツい腕時計の文字盤に目を落とした。辰も首をのばして忍の腕時計をのぞきこんだ。その文字盤には大小のダイヤが無数に散りばめられてあって時間がわからない。グシと目があった。
「いまから出発して東金沢の昼日中の高級ソープランドでおあそびってか」
「まあ」
 辰は笑ってうなずいた。
「銀め。まっ昼間からったく。あのイロ気狂いが」
 忍は笑った。ここから東金沢までどれくらいかかるよ。辰っちゃんの有名な安全運転で。忍は首を曲げて、ポキポキと音をだす。ええ、おかげさまで来月の誕生日にゴールド免許を更新します。すっとばして走らせても、およそ一時間二十分かかりますね。
「で、今日もおまえが運転か」
「ええ、まあ」
 辰は言った。忍は百畳の作業場を見渡した。きらきらと光る腕時計をつけたほうの片手を、湿ったコンクリートの天井に掲げた。
「おい! この部屋にいる男衆で、車の免許をもってるやつはいねえのか? いたら手を挙げろ」
 忍は大声を張りあげた。手を挙げたのは、となりにいる辰だけだった。
「はぁ、銀の野郎。一番にはたらいてる男衆どもによ、運転免許ぐらいよぉ。取らせよろよ」
 忍は白いスーツの内ポケットから分厚い札束をだした。その角をトランプをめくるようにパラパラとめくる。札束をふたつ、辰にわたした。
「ここにポッキリ二百万がある。いま、辰にわたした。おまえらァ、いまからジャンケンしろ。恨みっこなしだ。勝った四名(四本指をかかげて見せる)に、この忍兄さんが運転免許をとらせてやる。ジャンケンをして勝ったら無料の教習所にいけるぞ。ではこれから第一回井岡忍ドライバーライセンスカップといこうかァ」
「よォ! 井岡忍カップですね! 」
 作業場一面に、拍手が沸いた。いいから、はよ、ジャンケンをやれ。忍が手を挙げると、まわりの男衆は、いっせいにジャンケンをやり始める。
 タケとグシと新人のシライが勝った。勝った男衆はもうひとりいたが、その男は茹だる大釜のなかに浮かんで死んでいた。それを見て忍はおおきく肩を落とした。膝に両手をついて項垂れた。
「だめだよー。こういうことをやっちゃあ。いまはどこでもうるさいんだからよ。銀に追求されて、詰められたら、おれの足元だって危ないよ。こういう問題ってのはよ、だれのせいにすりゃあいんだあ? おい! この事故で、いったいだれが、責任を取るんだあ! 」
 第三事業所内は水を打ったように静まりかえった。
「おれは、だれかの背中を推したやつは責めない。ここは罪を憎んでヒトを憎まずとしようじゃねえか。大会は毎月やる。表向き辰が主催するってことで、その費用はおれがポケットマネーからだす。この忍兄さんがよ、ここではたらくみんなが運転免許を取れるようにする。ジャンケンはただのまつりだ。安心せえ」
 忍は、白いスーツのポケットに片手をツッコんだまま辰の片手をにぎって掲げてみせた。まるでボクシングのタイトルマッチ戦のレフリーのように。やっぱすげえ、東京作業所の元総責任者の井岡忍は格がちがうぜ。男衆の声が漏れ聞こえてくる。忍は辰のポケットにさらに百万円の札束をいれた。辰の肩を抱いてよせる。
「じゃあ、出発する前にすこし話そうかじゃねえか。オカミのほうで動きがでたんだ」
「いってらっしゃいませ」
 地下室にいる作業員は膝に両手をついて声を揃えた。


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