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800文字日記/20220416sat/046テーマ「老いた顔と手」010

自分の顔を鏡で見る。自分の老いと醜さに驚く。頭はバリカンを当てゴマ塩だ。右目が潰れていて血が混じる。向かって右の上まぶたに二つと下まぶたに一つ脂肪を含む疣(いぼ)が突起する。上まつげは長いが色が薄い。左眉のなかに薄茶色のホクロがある。メガネのパッドがいい加減な角度で鼻梁を挟む。奥歯を強く噛むクセがここ何年も続き、下顎の奥の関節を動かすスジと筋肉が隆起する。頬と顎が二段腹に見える。

顔を左右に振って見る。頬骨より外側の肌に茶色や焦茶色が染みた老人斑が散見される。が、引きこもり生活が十年と長いので老人斑は、漁夫や農夫や土方衆やホームレスのような顔の黒さとは違う。

手鏡を置いて両手をみる。猫にやられた生傷が見られるが長くてきれいな十本の指だ。一見、年齢を感じる指だが良く見ると張りがあってまだ若々しい。しっとり潤いさえある。ここ数年、仕事といえる仕事をろくにしていない証拠だ。この間のコンビニバイトは三週間でやめた。それも来月でバイトをやめて丸一年だ。いつもの悪い癖の深爪のせいか、爪の根元に小爪が突き出ている。放置すると巻き爪になるので爪切りを出して切る。

また顔を見る。額の皺(しわ)の溝は深くない。老いを感じる。十年の引きこもりなのでほぼ誰とも会わない。だから表情の笑い癖とかで出来た皺ではなさそうだ。将来の不安や考えごとや過去の苛みで無自覚に眉を寄せ眉毛を上げていたのかも知れない。その時に癖になってしまった皺の形状記憶かもしれない。「おわー」「うぃー」「うぇー」「むぉー」「もー」。声を出さずに今で言う変顔を試みる。鼻をヒクヒクさせる。顔全体が疲れる。この顔面健康体操は、明日はやらないだろう。

ふと、十四年前に二歳の娘の前で振り下ろしてしまった右拳を見つめる。離婚する決め手になった妻の台詞がよみがえる。「『パパがママを殺した! パパがママを殺した! 』 二歳の娘がそう言ったのよ! 」頬を伝って大粒の涙が落ちる。(799文字)


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