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プロット沼 / 死んだ男の手記(ニラ栽培農家6)コンビニの夜勤の面接&ダメ出しノート。202303321tue269


3050文字・45min


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男はひとつ咳をして、これから面接を受けるコンビニエンスストアの前に立った。扉は開かなかった。そのコンビニのガラス扉は、推し戸だった。


春。男は九州から北関東の実家に帰った。療養をする間もなく男は東京の下北沢にアトリエを持つ劇団のオーディションを受けた。映像プロダクションというよりもバブル期を彩った老舗劇団だ。シェクスピアやベケットや別役実などの不条理劇をやる劇団だった。当日、男は演劇での再起を審査員たちに熱く訴えた。恥ずかしいとは思わず全身全霊でぶつかった。結果は落選だった。男は肩を落とした。食事はなに一つ通らない。いま思えば、審査員は腕を組んで顔を見合わせて男を笑った。男は腋を汗でぐっしょりと濡らせ笑い返すしかなかった。思いだすと怒りがこみあがる。恥を捨ててまで熱意を伝えた男をなぜ奴らは鼻で笑ったのか。理解ができなかった。男は劇団の主宰である名優下で劇を学ぶために応募したのだ。男を笑った社長だかなんだか知らない人間が男は憎い。そう思った。優秀な企業や組織は自分たちと対極の価値観を持つ人間を選ぶはずだ。そうでないとその組織は自分たちだけの価値観に固陋(ころう)して、時代に乗りおくれてしまい、ただの抜け殻になる。既得権益にすがりつく老害集団になるのだ。奴らはいますぐに売れるようなイケメンとイエスマンばかり集めているに違いない! 主宰の役者は仕事で忙しいことは分かるが、なぜ自分の劇団の入所希望者を見なかったのか? 応募者の熱意や可能性を摘む。そんな劇団はもう終いなんだよ! てめえら下北劇団なんかくたばっちまえ! 男はそうなん度も頭で連呼した。そう自分に連呼することでしか男は自分の精神を平静に保つことができなかった。それでもいくら男が無能だと連呼する審査員たちを、出席しなかった主宰を軽蔑したところで、落選した現実はやはり男の実生活に大きく重くのしかかってきた。男は日に日に屈辱感と悲しみで打ちひしがれた。拒食になったり過食に陥ったりする。少しでも生命力を保持させようと欲情をさせようとしてAVを見るが勃たなかった。日中は急に目の前が真っ暗になって過呼吸に陥って道端で吐いた。夜は闇の底に突き落とされた気分になった。九州に三年引きこもって二年目でようやく治った幻聴がぶり返した。右の耳の後ろから妙な声が聞こえる。それは五センチほどの人形の鼓笛隊だ。やはり怖くて振りかえることができない。絶望という言葉があるが、こういう時にこそ相応しい言葉だと男は思った。あの時と一緒だ。男は思った。


男は過去十五人の精神科医に診てもらった。とある心療クリニックで男は医師に身振り手振りで自分の症状を訴えた。その医師は男を見て笑った。今回のオーディションもおなじだった。人間は過去の障壁をおなじ形でリカバリーするのは不可能に近い。失敗すれば傷口に塩をさらにぬりこむだけだ。小説やテレビドラマでは主人公は過去のトラウマや障害をラスト絵に描いたように克服するがそんな典型小説・大衆迎合テレビドラマなどクソ喰らえだ。と男は思った。


男は自分にはやはり小説しか社会と接することはできない。諦観に座った。それで九州に三年のあいだ籠(こ)もっていた療養し、帰ってきて一週間で男は九州に行く前の症状に戻った。この島流のようだった三年間はなんだったのだろう。男は涙を堪(こら)えた。


それでも一週間もすると、少しづつ復調の兆しがある。季節が春に変わって散歩をして周りの植物たちが男を励ました。そこで男は近くのコンビニの夜勤に応募したのだった。

■ここでまだ、ドアの外
(以下、本当のラフスケッチです)

6
天気、駐車場のスケッチ、駐輪場のスケッチ、男の母の言った言葉「あのコンビニ二回強盗が入ったのよ」裏の家のニラ農家のユリカの言葉「レジの人がガイジンでしょ。その友人がやったんじゃないって噂です。夫が言ってました」

7(外観描写をすべし)
男は店内に入る。正気のない顔の老いた女がレジをしていた。客は男ひとりだった。レジに「面接を受けにきた蒼井です」というとレジの女は事務所に入って行った。そのまま数分出てこない。

8(外観描写をすべし)
客が入ってくる。また客は入ってくる。一人はレジに行くが、立ったまま。男は面接に来たので一歩引いてコンビニ内を見渡す。客は困った顔で笑う。書類を持った客が入ってくる。男はコンビニのバイトの経験者だ。ありえないスタッフだと思う。教育もどうなんだと訝(いぶか)る。

9(外観描写をすべし)
事務所からスタッフの女が出てくる。男を事務所に案内するために手招きをする。男は、客が優先じゃないのかと思うがスタッフに従った。

10(外観描写をすべし、何が置いてあるか?)
事務所は暗い。背の低い女が私服でデスクに座っていた。ドーランのような分厚い化粧だ。四十にも五十にも見える。だがおそらく三十代だと思われる。男はこの女を見て首を傾げる。この女はエリアマネージャだろう。なぜコンビニの制服をきていないのだろうか、と訝(いぶか)る。

11
「蒼井さん。コンビニの経験はありますか?」
(電話で言ったはずだ)
「はい」
「昼はできますか?」
「看板を見て夜勤の希望です」
「トレーニング中は日勤はできますか」
「それはできます」
ここまで話して、男はやる気が失せた。オーディションに落ちたという問題とは関係はない。この店で働いて自分の未来が変わるとは思えない。それだったら裏の農家の手伝いでも行って日々、土や草刈りやニラ狩を手伝った方がいい。男は思う。
「昼は、まだ未定なんですが、昼間は忙しくなるかもしれないので、まだ未定なんですが」
男は嘘にならにような嘘をついた。
「では、そちらが決まり次第、ご連絡をください」

12
男は扉を押してコンビニを出た。
男はその足で裏のトシオの家に向かった。

■ダメ出しとフィードバック


◉ぜんぶ筆者のト書きだ。筆者(蒼井)は一人称小説を書くのはホント向いてない。いくら書いても《蒼井くんは一人称小説は書くな》その確認にしかならない。

◉このト書きを一人称の独白で語らせずに、三人称、描写とセリフで組み立てる。

◉2段落はまるまる要らない。

◉男の独白は全部カットできる(一旦、全部バラして、物語の時間の流れのなかで要所要所でエピソードにして散りばめたほうが進行上効果的だ)。

◉一見、このドラマ性のなさそうな1〜12段落を読ませる文章に組み立てる。それが本来の小説家の力量だ。

◉昨日、家にあった村上春樹さんの編訳本『恋しくて』(中公文庫)の自筆短編『恋するザムザ』を読みなおした。改めて目が覚めた。村上春樹流だと思うのだが、一段落でテーマ(それも外観描写のテーマ)を入れて書いている。個人的にまた《多崎つくる〜》を再読したくなった。一個のテーマ(段落)に午前の四時間、次の段落に午後の四時間をかける(それらは、ラフスケッチ後の第二稿以降の推敲作業の段階だと思うが)それが村上春樹さんの執筆スタイルだと思った。病気持ちで体力のないぼくには今は真似できないが、作家の理想の執筆スタイルだと思う。

◉補足。村上龍さんの短編集『空港にて』の『コンビニにて』はコンビニ内の描写は秀逸だと思った。

◉2段落などは、戯曲の長台詞の練習台で書いてますので、読者の皆さんは読みづらいとは思いますが、申し訳ありません。戯曲や台本で、迫力ある長台詞を書くってむずかしいですね。セリフの根拠(ドラマ性、キャラの背景)が強く重くないとなりません。むずかしいです。

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