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「竜胆〜」Vol.4【マクガフィンの練習】

前回までの流れ、

プロの作家に文章指南を受けている。宿題である。

「マクガフィンをどうにかやってみろ」

いまのぼくの執筆レヴェルじゃ、このハードルはチト無理だと思うのだが…。

でもやってみた。

マクガフィンの道具『ブラックボックス』は「猫」にした。

成功か、どうかは明日また訊くことに。

ということは下記の提出分は事前に「失敗作」となるのだが。

時間のあるかたは、どうぞ。

明らかに失敗作と自覚している部分を記す。

❶視点が不統一(焼汰と円の視点の混在)

最初からずっと焼汰の視点で語られていますが、途中と最後に円の視点が入り込んでしまっている。

❷登場させた人物に筆者が把握できていない。

例)労働者風の男、茶道の宗匠、など。人物構成はまだ不明瞭である。本来であれば削除すべき人物。といってぜんぶ削除してしまうと、マクガフィンの練習にならない。ので物語に登場させて動かせてます。

❸話がまったく違う話になってる(全然ダメ)。

落語の三題噺じゃないんだから。レジュメなし、プロットなし、ストーリーなし、計画性なし。笑。

❹筆者の思考の流れ(筆者メモ、備忘録)。

最初の部分で、焼汰が円に怒るくだり、「この店はきみの城だろ! 好きにすりゃあいいじゃねえか!」や、労働者風の男の江戸前調のセリフ「「もう生まれるんだろ、たまごは、その腹じゃあ、五、六匹は産むんじゃないかあ。なんなら一匹もらうぜ、円ちゃん」などからの連想から最後の、

「京都の円さんのお笑いのセンスは粋じゃないね」

こういう連想からアイデア(マクガフィンの「箱」、のひとつ「まじない」)ができたわけだ。が、その発想の流れ(まぁ、この点においては普通、作家の企業秘密なのだろうが)を備忘録でここに記した。



【マクガフィン】=マトリョーシカのように、読みすすめるたびに謎がめくられていく物語の構造のこと。いわゆる「パンドラの函」。


竜胆の予約席(2022/01/04Tue_22:37)


京都の北区大徳寺裏の路地裏の、古くさい町家づくりのならびのひとつに小さな珈琲店があった。のれんに「粉屋」とかいあるだけで、観光客が通りすぎてしまうほどの間口しかない。粉屋は地元の常連客しか訪ねてこないような小ぶりな店構えだ。 

昼過ぎ。

のれんに手をかけた焼汰は、曇りガラスのドア脇の煤で黒ずんだようなふるい柱に、日曜大工で雑に付けられたような歪なランタンに目を留める。

赤胴色したランタンは、いまは昼なので明かりはついていない。

京都の裏路地の小さな店にはあまりにも不釣りあいな、赤い銅製の大きなランタンをみて焼汰は、初めてこの店を訪れた日のことを思いだした。 

いつもなら図書館で書くのだがその日は雨だった。自転車は盗まれたばかりで足がなくその日は家から歩いてすぐのこの店「粉屋」にきた。焼汰は店の隅のテーブルに原稿用紙を広げるとすぐに輸血のときにもらうようなボールペンをにぎって、藁半紙のような紙のうえに、文芸賞に応募するための小説をつづっていた。

女店主は粉屋にくる客の質がどうの、客の態度がどうの、仕事がわりに合わないのと愚痴をこぼしているようだった。焼汰は顔をあげる。愚痴をつづける女店主の瞳に、さざ波のような軽蔑が浮かぶのを見逃さなかった。

「あら、小説家さんかしら、いいご身分ですね。好きなことをして生活できるなんて、私のような忙しないコーヒー店の経営者からしたら、雲の上の人だわ。ねぇ」

円は、焼汰のガラスコップの水を満たしながら、離れた席に座る常連らしい男に大きく、声をかけた。男は労働者らしくカーキ色の制服を着ていた。

その男が、円の言葉に、まったくだと、えへらへらと笑った。焼汰は椅子から立ち上がると、

「この店はきみの城だろ! 好きにすりゃあいいじゃねえか! テメエのそんなクソみてえな愚痴なんかだれも聞きたかねえんだよ! 」

椅子から立ちあがった焼汰は地響きがするほど怒鳴りつけていた。空気が固まった。周りをみるとランチどきの満席だった。焼汰が立ち上がった拍子に、カップからコーヒーがこぼれで、原稿用紙のうえに茶色の水たまりができた。そこへ腹の膨れた大きな雌猫がのろのろとやってきてこぼれたミルクをなめた。焼汰の大声で店内は水を打ったように静かになった。

「あーこわ、兄さん」

カーキ色の労働者風情の男は焼汰に笑った。嫌味のない朗らかな笑みだった。

「もう生まれるんだろ、たまごは、その腹じゃあ、五、六匹は産むんじゃないかあ。なんなら一匹もらうぜ、円ちゃん」

カーキ色の労働者風情の男は円に阿るようにいった。円は雌猫を抱いてレジの脇にあるひな壇にみえる背の高い棚の定位置に戻した。そこは天窓から陽が当たる一番温かい場所だった。

「お店でいい子にしてるのよ、たまご、交通事故になんかあっちゃだめよ」

円は腹が異様に膨らんだ雌猫をさすった。

「大丈夫だよ円ちゃん。カウンターから、このおれがしっかりとみはっていますよ、たまごが外に飛びだしていったってこのおれがはたらく京都じゅうの土建現場からもね」

労働者風情のカーキ色の男はへらへらと話を合わせていた。

「ごちそうさま、大きな声を出してすみませんでした」

焼汰は急いで筆記具をまとめて店をでようとした。

「あ、こんな時間か、仕事に戻らないと。おれも、おいとまするわぁ円ちゃん、ランチ代はここに置いておくぜ」

焼汰はレジで会計を済ませた。レジ前に立ったときに足になにかが絡むような気配を感じたが焼汰は、そのままドアベルを鳴らして路地にでた。

雨が降っていた。雨は、夏の昼なのに、冬の朝のような小糠雨だった。焼汰は労働者風情のカーキ色の男と一緒に「粉屋」をでたそのとき、悲劇はおきた。

「キーッ! 」 ぐしゃ。

黒いSUVのタイヤが路面を、まるでプラスチックで黒板を削るような甲高い音でこする音が鳴って、そのままの勢いで走り去っていった。

ぐしゃ。それは人間が本能的に受けうけつけられないような嫌な音だった。ソフトボール大の堅いなにかが潰れる鈍い音だった。

焼汰が振りむくと、SUVは京都の狭い裏路地から姿を消していた。

「ひっ! 」

焼汰が労働者風情の男をみると、男は、電柱に手をついてさっき食べたランチをぜんぶ吐瀉していた。雨の道路に、米粒のようになったパスタが味噌汁の具のように散らかっていた。

路上に、頭蓋骨が、紙のようになって潰れたやたら腹の膨れた雌猫が死んでいた。雌猫はまだ温かかった。死んだ全身からゆらゆらと湯気を立ちのぼらせていた。雌猫の死骸の膨らんだ腹がまだうごめいていた。

その日の夜、円は焼汰の部屋を訪れた。

粉屋から歩いて一分のアパートの二階に焼汰の部屋がある。円が訪ねてきたのは深夜十一時を回る頃だった。

あれから半年が経つ。夜明け前に円は焼汰の部屋から帰っていく。そんな生活が半年つづいている。

曇りガラスが張られた重たい錆びた真鍮の緑青が青くふいているドアノブを押しながら焼汰は表に掲げてある手書きのランチメニューのボードをはずし粉屋のなかに踏み入れた。

カラン。音が鳴った。

ドアベルが、焼汰の来客をしらせた。

「いらっしゃいませ」

聴き覚えのある舌足らずの女店主の、円の声だ。

ドアは重くしずかに閉まったのにドアベルは店内に鳴りつづけた。ランチタイムが終わった店はしずかだ。

ドアから外してきた手書きのメニューボードを円に掲げて見せて焼汰は、レジのキーボードのうえに裏返しにふせた。

「ありがとう」

卓から食器をさげた円は、カウンターへ潜って、また洗い物をつづけた。

「もう終わりだろ」

カチャカチャと食器を洗う音が聴こえる。円の、腕の先に伸びる、五本指の意思をもった白い海星が、くねくねと食器の泡のなかでもがいている。

「そ、もうこんな時間だもの、なにそんなところに、つったっているのよ」

円は顔をふって焼汰を店内へ招いた。下手くそな営業スマイルいっぱいの元気な顔でランチタイムは三時まで、という。柱時計は三時四十五分。なんで外のメニューボードはまだかかっていたんだ? といいかけたが、やめた。

円は、泡のついた手のままステレオのスイッチを入れた。

店内にハービーハンコックの「処女航海」が静かにながれる。

焼汰は、店が休み日にやってきていつも座る窓際の席をみやった。

奥のカウンターから円が顔をだした。ほらショウちゃんの席はこっち。と合図する。

「コーヒーくれよ」

焼汰は止まり木の席に腰をおろしていってうなぎの寝床になっている店内を、ぐるり、みまわしてみる。

店が、ひと月前と違っていた。巨大な空洞の生き物のように感じた。半年前からみればさらに変わっていた。円と出会った半年前はレジ横に業務用焙煎機はなかった。「粉屋」はいまでは自家製焙煎豆を全国へネット販売するまでになっていた。焼汰の左手の壁には壁龕ができ、隣の長屋に接する壁面にミニサボテンやミニ盆栽や文庫本が立てかけられ、町屋造りの白壁をキャンバスに、地元の美大生のモダンな絵が描かれてある。右手には大きな炭を塗ったように照った大黒柱があって背の高い棚に名盤ジャズのレコードが立てかけてあった。

「いつものね」

焼汰はカウンターに座った。

「また、どうしたんだい今日は、まさか小料理屋でも始める気かい? 」

なぜか割烹着を着ている円を焼汰は揶揄った。

「賭けに負けたのよ」

円は笑っていった。

「アウンサンスーチー」

焼汰はいってみた。

円は、十字の蛇口をひねって水を止めた。水は、排水溝の穴へうずを巻いて消えた。

「円さん家の猫の屍体」

唐突に、焼汰はいった。右隣でナポリタンを食べていた老人がタコ型の赤いウィンナーソーセージをプッと吐きだした。

「ななんじゃね、ま円さん家の猫の屍体っていうのは」

老人は頓狂な声をだした。

「ただのまじないです。すみませんでした」

焼汰は老人にふかぶかと頭をさげた。老人はカチャカチャと不器用なフォークの音を立てナポリタンを啜った。

「円ちゃん、ずっと言えなかったんだがね、円ちゃんから譲りうけたチーズなんじゃが、先週、亡くなったんじゃよ。白血病でね、どんどんと痩せて苦しそうで可哀想でな、わしはこの目で見れんかった。最後は獣医の注射でな、この世とお別れじゃった、すまんのう」

老人は声を振り絞っていった。

「宗匠。お心遣いありがとうございます。幸せです。チーズも。お茶の師匠のお家にもらっていただいて、美味しい和菓子をたくさんいただいたと思います。それに少しでも、一日でも生きながらえただけでも」

目を細めて円は笑った。老人はレジを済ませて帰っていった。

食器を洗いおえた円はぬれた両手をふって水を弾いた。焼汰は、円の瞬く間に手のひらから水分が蒸発して渇いていく。その円の手が、赤切れでカサカサに、醜い老いた猿の手のようにみえる。

円は手の表と裏を割烹着でぬぐった。老婆のように皺が畝ってもりあがった血管が蜘蛛の巣のように浮きでている。

焼汰が円の仕事が慣れた仕草を褒めると円はウィンクをしてみせた。

焼汰が午後の光が射しこむ格子窓をみやると、やわらかな光が、窓際のテーブルを温めているのがみえた。それから、遠くから、まるで盛りのついたような、だれかを追って叫ぶような、わが子を救ってと命乞いをするような、雌猫の鳴き声がきこえてきた。いや、ただ単に路にだしてある金魚の甕を狙っているのだろうか。焼汰は目蓋をとじる。焼汰は禅寺の僧侶が瞑想に落ちるように耳をふかく峙てた。不思議なことに雨の音が聞こえてきた。雌猫の声は救いがたい悲鳴のような鳴き声だった。確かに、路地のほうから聴こえてくる。遠くで生き別れた仔猫を呼んでいるような鳴き声に聴こえる。

「マヨネーズを、探しているの? 」

皿をふき、カップを後ろの棚にならべながら円はいった。肌クリームくらいつけろよ。円の荒れた手を見た焼汰は喉まででかかったがなにもいわなかった。マヨネーズ。焼汰が、頭の潰れたたまごの腹を割いて取りだした五匹の仔猫の一匹だ。もう六ヶ月になるのか。

「ん、ああ、どうしているかなマヨネーズくんは、店にいるのかい」

焼汰は円に話をあわせた。

「ほら、あそこ。また少しふとったみたい」

鼻先でレジのうえをしゃくった。

黒く光る大黒柱に寄りかかるようにレジの脇にあるひな壇にみえる背の高い棚、そこには手製の玉の腕輪や数珠や個人詩集の冊子がならべられている。マヨネーズは、その棚の一番うえで丸くなっていた。

マヨネーズは仔猫のくせに、いやにのろのろとうごく。円にいわせれば母猫のたまごにそっくりだという。マヨネーズは目をつぶったまま丸めた手をなめ、大きな欠伸をし、風船のようにふくらんでまた眠った。

柱時計をみると三時五十分になっていた。

ぽこぽことサイフォン容器が沸騰している。

音楽かけてくれないか。いうと円は「いつものしかないけど」といってマヨネーズが寝ている棚に手をのばしてとったレコードをかけた。小さいボリュームで古いジャズがながれだした。

焼汰は椅子をくるりとさせカウンターに折った両肘をついて周りを見渡した。横目で、さっき雌猫の叫び声が聴こえた窓ぎわをみる。

レジ横の黒電話が鳴った。

「ちょっと待てる? 」

円は、焼汰の反応をまたずにバーナーの火を止めた。

「待てるけど」

がなりたてる電話の横の棚で寝ていたマヨネーズが起きあがった。

突然、焼汰にするどい怒りがこみあがる。目の前の包丁で、円の前にさしだしたマヨネーズを滅多刺しにしてやりたい欲望を焼汰はぐっと押さえた。焼汰に湧いた暴力を嗅ぎつけたのかマヨネーズは棚からとびおり、焼汰の腕に首を擦りつけてきた。焼汰はマヨネーズをやさしく撫でた。

円がレジから焼汰をふりかえって「今日の夜もいけるみたい」と口パクでいった。焼汰は店をでた。

レジ横にある焙煎機の電源を落とし、ガス抜きをした豆を袋に詰めて今日の仕事を終えた円は柱時計を見た。深夜十一時を過ぎていた。

店の奥の暗がりから母を求めるようなマヨネーズの鳴き声が聴こえてくる。

円は焼汰の部屋をおとずれた、たまごが黒のSUVに惹かれたあの日の夜を思いだしていた。

あの日はまだ焙煎機がなかった。一日中降りつづく雨で、ビニール傘をさして焼汰の部屋に向かった。

焼汰の布団は茶色い血に染まっていた。五匹の仔猫がひとつの皿を囲んでミルクと飲んでいた。円が焼汰の書生机をみると、血に塗れたハサミがひとつ置いてあるのが見えた。

「たまごの屍体はどうしたの? 」と円は焼汰に訊ねる勇気が湧かなかった。だが、円の動揺を察したのか焼汰は、笑ってじぶんの腹をさすってみせる。

「たまごはここだ。おれが食べたんだよ。ごっくん。とね。うまかったぜ猫ってのは。味は鶏肉に似てるんだな。たまごがおれの滋養になっていい小説でもかけたらなぁ、タイトルは「円さん家の猫の屍体」とか。どう? 」

まったく笑えなかった。

「円さん家の猫の屍体、を十回くりかえしていってみ」焼汰はいった。

「円さん家の猫の屍体、円さん家の猫の屍体、円さん家の猫の屍体、円さん家の猫の屍体… 」円は十回くりかえした。

「元、ミャンマーの国家顧問は? 」

合いの手を入れるように焼汰は訊いた。

「知らない」

 円は首を振った。

「アウンサンスーチー」

焼汰は自信たっぷりの満面の笑みで答える。

「円さん家の猫の屍体とアウンサンスーチーのどこが面白いの? 」

円は訊くと、焼汰は窓を開けた。雨はあがって深夜の高いところにまるい月が見えている。

「バカだなぁ、考えちゃあダメなんだよ。京都に住む円さんってのは粋がないねぇ。それ面白い?って訊くなよ。そこなんだよ。京都の円が円さん家の猫の屍体であるユエンは」

それから、焼汰は、円に、「円さん家の猫の屍体」をまた何十回も、何百回も連呼させた。

知らぬ間に円は、なんだかバカバカしくなって、本当に腹から笑いがこみあげてきた。三毛の二匹の仔猫はミルクを飲みつづけブチの三匹のほうは母猫の血が染みついた焼汰の布団で固まって眠っていた。円は五匹の仔猫をダンボールに入れて抱えて帰った。


今日の焼汰も同席していたチーズの件は残念だった。けれど、そのほかに大阪と広島と神奈川にいった先の里親から写真が届いていたのだった。

焼汰の住むアパートの階段に足をかけ、見あげたとき、円の背筋が凍りついた。影絵のような男の影が、ハサミの影を振りおろしていた。





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