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800字日記/20221122tue/136「やど探し迷走録(後編)」

起きた。八時。外は曇りだ。また部屋さがしか。ゆううつでR。布団に寝そべって下巻に突入した文庫本をぱらぱらとめくる。窓から射す日が、手紙をにぎりしめるぼくの顔にあたる。膝をネコに小突かれたのを潮に、立ちあがる。

「舞ちゃんもYOASOBIを聴くんだってよ」
ネコは年甲斐もなく嬉しがる主人の姿を無視して餌皿へと向かう。
「あれナニ君。もしかして、焼いてんのぉ? 」
しゃがんで文通仲間の手紙をネコに鼻の前でひらひらとさせる。
ネコは固まったまま主人を見あげている。
「朝のオアソビはここまでですね。では朝のそうじを始めましょう」
ふかぶかとお辞儀をする。ネコはじっと黙って主人を見あげる。
「そうじの前にご飯だね」
しっぽをふってネコは餌皿に近づく。
米を研いで炊飯器にスイッチを入れる。洗濯機をまわしてそうじを終わらせる。机に座る。昨日、契約申込書を送ってくれた新潟の不動産屋のFさんに詫びメールを送る。ちょうど炊きあがったご飯を納豆で口にかっこむ。洗濯機が鳴る。かけふとんと敷きマットをベランダに干す。するとネコは洗濯機にあがる。「彼」のブームらしい。逆毛にそって掻いてやると「みゃぁ」と甘え声で鳴く。

賃貸物件を富山全域で探す。またたく間に時は過ぎる。気がつくとFさんから「気にしないでください。私の話で新潟に興味を持っていただいて嬉しいです。蒼井さまの言葉を励みにしてこれからも仕事に邁進します! 」ディスプレイを見て目頭が熱くなる。ネコが横目でぼくを見ている。「戦士の休息だ」とあっかんべーをして富山の検索に本腰を入れ始める。

夕方になる。いま自分はいったい何をしているのだ。執筆もせずに。懐疑の念が湧く。富山である必要があるのか? ある文藝新人賞の受賞者の言葉を思いだす。「ここで告白します。主人公は瓦礫を歩きますが、じつは私は3.11の被災者ではないんです」。それが文の芸だ。読者を騙したもん勝ちだ。

自分が見た風景、感じたものを描けばいい。

(800文字)

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