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小説「男2と私」@プロット沼

3153文字・45min


男2の台本の覚えが悪い。
実際に自分で舞台を全部演出すればいい。
と思った。
今まで小説を習ったのだから小説で舞台の世界を再構築する。

■途中にはさむ筆者後記
筆者が書くのもなんだが、下記の小説は、筆者の無意識(「間」の不安)を暗喩している。「私」は「オーディション(会場)」を暗喩している。「男2」は「筆者」を暗喩している。台本(戯曲)を小説に置換させるところも「筆者」そのままだ。
◉実際に戯曲を小説に書き(置き)換えてみると、戯曲と小説の構造(違い)がよくわかる。伝える相手が「読者」と「観客」では構造的な書き順はまったく違う。
◉戯曲では進行上、物語の推進力はほとんど「セリフ」しかない。役者がしゃべらない限り舞台(劇・物語)は進行しない。
装置で「物が落ちる」あるいは音響や小道具で「銃の発砲」は事件のきっかけだが、それだけでは「物事は進行しない」。劇の進行はセリフが担う。
◉小説では時を自在に止めることができる。だが舞台では否応なしに時間は過ぎる。セリフを止めれば観客はそこに意味をとらえてしまう。
◉書くことで自分を分裂させ、客観的に自分が丸裸にさせられているように感じて「書いている自分」や「書かれた文章」が怖く感じた。


あれは昨年の初夏の夕暮れ時だった。
私は銀座の美術画廊でひと仕事を終えて帰宅する最中だった。
今日は金曜日だ。家ではカレーのはずだ。
娘は、この春になって急にイギリスのロックバンドに目覚めた。来年はランドン(娘はどこで覚えたのか、ロンドンをなぜかランドンという)の高校に入学したいと言い始めた。この夏休みは貯めた貯金でイングランドにひとりで海外旅行に行く、と息巻いている。
「奈緒子はスコットランドは嫌いなのか?」
とは私は言わなかった。
五十メートルも歩けば目の前には自宅があった。

いつも見慣れた帰宅途中に、令和にはおよそ不釣り合いな、色褪せた木の電柱が立っていた。
木の電柱。
今思い返しても謎のままだ。

私は木の電柱でその奇妙な男と出会った。
その奇妙な男は自分のことをなぜか「男2」と名乗った。

「これ、落ちてたんですよ」

男2はいった。
私は男2を無視して立ち去ろうとしたが構わず男2は私に話しかけてきた。
なぜ私は男2を無視しようとしたか。
男2の瞳孔は開いていた。
男2は私を見ているようで、見ていないようだった。男2はまばたきひとつせずに眼球をくるくると巡らせていた。
これは私の個人的な推測に過ぎないが、男2は、自分は有名な役者かなにかだと思いこんでいて、この夕暮れどきの一般道は、劇場の舞台の上だと錯覚しているようだった。

男2は、道路の塀の前に立つ昔ながらの木の電柱にもたれかかかって私に話しかけて来た。木の電柱に貼られたホーロー看板は丸メガネをずらせた大村崑が片手にオロナミンCをもっていた。
男2は、なにやら手に何かをもっている様子で、
「君が手に持っているそれはなにかな?」
と私は男2に聞くと「見えないんですか? たぬきの置物ですよ」と答えた。私は男2に、今日ギャラリーで知り合った慈恵医科大学病院の神経内科の教授の名刺を渡そうと思ったが、やめた。

私が見た男2の印象は、河原乞食そのものだった。
私は四十になって蓄え始めたあご鬚を触って考えてみた。この令和の時代に、テレビゲームのドレイのような衣装を着た「河原乞食」などいない。
こいつはいったいだれなんだ?

私は男2に「カマ」をかけることにした。
私はあえて「間」を置いて、男2の出方を窺(うかが)った。

いま思い返せば、その男2の「間」は異様な間だった。
なぜなら、男2は私を見ていなかった。男2はまるで観客の前かオーディション会場でひとり演技をさせられている受験者のような不安定な「間」を手に余していた。
私が知るかぎり、男2が抱えるその「間」は「、」小説の句読点によく似ていた。どこに置いていいのかは男2の自由だ。だが、男2はその「間」の置き場に自信がない。
男2はその「間」を自分で置く自信がないものだから、木の電柱にもたれかかってみたり、この世には有りもしないぶたの貯金箱だかたぬきの置物だか訳の分からないものを持っている「フリ」をしていたのだ。
私は男2の瞳をのぞきこんでみる。すると男2は、逆に私の目の奥に、観客や面接官の顔色をうかがっていた。
「間」にはそんな男2の心の不安がうかがえた。

男2のオレンジ色に染まった上空で、鳩が鳴いた。
おそらくそれが男2の「間」の合図なのだろうと私は承知した。

「捨てられてたんです。そこの、空き地に」

急に男2はしゃべりだした。柱時計の窓から飛びだした鳩のようだった。

虚を突かれた私は息をのんだ。目をぱちくりとさせる。
すると男2はまた黙った。
この時点で私は、自分から男2に話かけることはすまいと心に誓った。それと私はいつしか空腹と妻や娘が待つ家に帰る気持ちは薄らいでいった。

「今朝早くに、気が付いたら空き地をぼーっと眺めてまして。……すると隅っこに、これが」

私は混乱した。男2は、その手に持つなにかはすでに「捨てられている」と断言した。
なぜそれが「捨てられたもの」だと断言できるのか? 私はさっぱり理解ができなかった。私は男2は虚言癖があるか泥棒だと踏んだ。
それとだが、この閑静な住宅地にジャイアンが友達を集めてコンサートを開くような空き地などないはずだ。
男2は、泳いだ目で私の背中を指した。私は背に寒気が走った。
ゆっくりとふりむく。
私は失禁しそうになった。
半年前に建てたばかりに佐藤さんの宅地が消えて、ジャイアンが友達を集めてコンサートを開くいていたのだ!
それからは私はもう男2の虜のなっていた。
観客は私ひとりだったが、銀座の画廊を商いする画商としては「絵」や「小説」を嗜むことは慣れている。これは観劇ではない。一対一の鑑賞なのだ!
そんなことを思っていると男2は勝手に喋り始めた。

「どうしてそんなに朝早く外にいたかっていうと、夜通し外にいたからなんです。同居人と喧嘩しちゃいまして」

私はまた驚いた。だがこの驚きは私のとってとても心地の良いものだった。「どうして」などと、こちらから訊ねてもないことを、男2はまさに演劇的な進行役でもって勝手に話しかけてくる。男はまさに演劇的機械仕掛け以外の何者でもなかった。

「同居人ていっても、もともと彼女の部屋にオレが居着いたわけだし、家賃も彼女が払ってるんで、閉め出されたというより、これが自然な状態と言わればそれまでなんですが……」

私は、すっかり地べたに膝を抱くようにして体育座りをしていた。私は男2の同居人に興味が引かれていた。ここまでくると、私はなぜ家の目の前で座り込んでいるのか? よくわからない。男2は自分がなぜ追い出された理由を出会ってすぐの赤の他人に話すのを知っているのだろうか?

「こういうことはこれまでにも時々あって、でも今回はついに部屋に入れてもらえませんでした……そのまましばらくマンションの前にいたんですが、部屋の電気が消えるのを見て、あきらめたんです。

私は、急激に男2に対しての興味が失った。コミュニケーションが成り立っていないのだ。男2は自分のことしか主張しない。これではテーマのない小説や印象のない印象絵画や大根役者の棒読みだ。
私は立ち上がって帰ることにした。

「それで……これからどうしようかと、公園のベンチで休んでいたら、いつしかうたた寝をしちゃいまして。……目が覚めたのが、早朝だったんです。……とりあえず公園を出て、歩き始めました。歩きながら、考えたんです。……どうしてオレはいま、こういうことになっているのか……」

私は、男2は考えているフリをしていると思った。

「悪いが、家で妻と娘が待っているんでね」
と私は男2にいった。

「じゃ。(会釈)」



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