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「悪と仮面のルール」中村文則 / 読書メモ



この作品は、前回の「悪意の手記」の上位互換ヴァージョンです。


つまり「悪意の手記」が短編で、構造を全く同じにしたまま中編小説に書き直している。

いろんな作家さんがよくやりますね。


でも、このシリーズ? に関して言えば、作品の出来に関して言えば「悪意の手記」の方が優っていたと思う。個人的な感想だが。


「テーマ」も「主人公の地獄めぐり感(その読者が追体験するドライヴ感)」も、「悪意の手記」のほうが不必要なものが排除されており、物語の純度が高く、濃厚に感じた。


今回は、構造の面白さはあった。筋は簡単で下記(ネタバレですので要注意)。

主人公は世界でたった一人の愛する女のために父親を殺す。成長した主人公は顔を整形した。女を損なおうと近づく者すべてを殺す

だが、「テーマ」は「悪意の手記」と同じく、成長した主人公はすでに父親を殺した、自分は殺人者であるという苦悩を背負っているわけだ。

登場人物も、基本は「悪意の手記」と同じもの(役割)を背負った人物が主人公を取り巻く。


何作か読んでみて分かったのは、大江健三郎さんとか村上春樹さんとかはよく「トリックスター」を出してくるんですよね。物語の裏表をひっくり返す「トリガー」役の。
ですが中村則文さんの作品にはそういうのはでてこない。
だから、ガラッという世界の転換は物語には、ない。


読者が多い村上春樹さんの作品で例に挙げれば、

タナカさん(海辺のカフカ)、騎士団長の幽霊(騎士団長殺し)、ふかえり(1Q84)、それらは二つの世界を繋いだり、穴の栓を塞いだり、ふかえりに関して言えば、読み方によってはメタフィクションとも読める、1Q84と呼ばれた世界において、空気のように流れる悪意(筆者村上春樹の手、具体的な登場人物で言えば牛河の視線)を見透かしたりと、いろいろな役割を果たします。そういったドラマチックな物語展開の派手さは決してない。けれど、どんどんと陰鬱な世界に読者を引き込む確かな引力はある。この作品はその後の、長編小説にスケールアップして「教団X」とかに繋がっていくんでしょうね。もしかしたらこの作家さんは、作品は別だが、筆者が描く一個の同じ世界の中で、別の事件や出来事として、物語をそれぞれ書いているかもしれない。


■筆者のテーマ

『意識は無意識の奴隷』(200頁)

これは、「教団X」にも「悪意の手記」も強調されて書かれてある。

「意識は無意識の奴隷っていうのはよくできた言葉でさ、人間の意識なんて弱いものだよ。結局俺は無意識の領域から内側から徐々に歪んでいくんだ。同種を殺した生物としての、拒否みたいなのかはわからないけど。……でもこの感覚は、重要なものだと思ったりするよ。ニュースでも見てれば、理不尽に殺される人間がいて、理不尽に人間を殺す人間がいるだろう? 戦争だってそうだよ。……なんかね、この歪む感覚は人間にとって重大なことのような気がするよ。この世界の根本にある……」


■物語のヘソ(個人の視点です)。物語の希望。(割愛してます)

「なんで生きるのか……、人それぞれだろうけど、俺の場合は消したくない記憶が、あるからかもしれない。(省略)……そもそも、お前が人を殺そうと思ったのだって、それは他者に関心がある証拠だろう? 自分の願望や思いが、他者の存在がなければ成就しないということだから。それに」

 僕は静かに息を吸う。

「俺達のような存在からしか、生まれないものもある。……(省略)どんな存在だって消える必要はないんだよ。……消えなくていいんだ。自分を変えることができるのなら、少しずつ変えていけばいい。変えたくないのなら、別に変えなくたっていい。社会の役に立つかどうかなんてどうでもいい。そういう自分の考えをどこかに発表しなくたっていい。知り合った誰かに静かに言うだけでもいい。ただ頭の中のその思考が、この世界に存在するだけでもいい。お前は自棄にならずに、ちゃんと考えることのできる人間だろう? ちゃんとウダウダできる人間だろ? 幸福に閉鎖だろうと、なんでもいいじゃないか。(省略)」

(335〜336頁)



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