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「上陸者たち」の筆者の筆名につながる「解説」 / 20240711thu(4090文字)


 解説: 池袋直樹 

 おっぱいがいっぱい。から始まる小説は初めてだった。人それぞれ見方があると思うが、その作家が優れているかどうかを考えるとき、ぼくは、どのくらい海外作品の豊かさを恥肉、いや血肉にしているかを見る。物語やキャラクターはひとつの役割ではなく多面的な複雑な人物像になっているか、である。それはひとことで言うならば、どのくらい海外作家の影響を受けているのか、ということになるのだろうけれど、ただ影響とひと口餃子を咥(くわ)えたまま餃子臭い口で述べても、作家はなかなかじぶんの核心部分は語らないものだ。だから、ぼくはこちらのおっぱいをもってくるわけだ。ぼくがここでいうおっぱいとは、ものさしだ。たにんのおっぱいではなく、じぶんのものさしのおっぱいだ。触れたおっぱいは多種多様であるほど良い。引きだしに揃えておくおっぱいのサイズもさまざま豊富なほうがいい。そうやってぼくはおっぱいを想う。そのように読むと「上陸者たち」は海外作品のおっぱいを想起させる。かれはこのデビュー作品つまり処女作品で海外作品のおっぱいのレベルに達してしまっている。デビュー前の水面下においてかれはすでにいろんなおっぱいを吸っていたことを意味する。ちゅっぱちゅっぱちゅっぱちゃっぷすとある程度の実力を具えていたことが言える。
 おまんこ。これも重要なキーワードだ。文脈によっては自主規制の黒塗りになるし、戦中の日本や中国では発禁、北朝鮮においては禁書、ローマバチカン市国では焚書となる。わたしの紀要論文《ローマ法王の暴露インタビュー『大司教と枢機卿の羊たち:少年の尻は神のおまんこ。少女の穴は豚のおめこ』騒動事件》に書いてある通りだ。
 わたしに課せられた原稿はあと三枚だ。このあいだブンダンバーに飲みに行って、カウンターでなんと、偶然にケーシー高峰に出会った。とおもったら泥酔したナンシー関だった。どのみち、どちらもわたしの知り合いではないので、むこうもわたしをまったく気にかけなかった。だがしかし、これがひょっとこどっこいなのだ。ふたりとも、すでに死んでいた。この世にいない人物に居酒屋でばったりと会うなど! こりゃァ読者もわたしのおっぱいにいっぱい喰わされた! がっはっは。
 以上、長々と書いてしまったが、わたしはかれの作品の核心にすっかり詳しく触れたつもりだ。だからわたしの原稿料はもっともっと天高く、成層圏をつきぬけるまであがるべきだ。と強く冀求する。
 さいごに「上陸者たち」の「第一部」「第二部」では「そして(行動や出来事の順序を表す接続詞)」が一度も使われていない。筆者からわたしに解説を頼まれたとき「そして」だけは使わないでくれ。と注文が来た。ここでわたしは、かれとの十年来の関係である添削教室の講師と生徒との私怨を晴らしたことになる。がっはっは。とはいえ、これは、おどろき、桃の木、山椒の木! 事実であった。ひまな読者がいたら四百字詰め原稿用紙換算九百頁(三十六万字)におよぶテキストのなかから「そして」があるかないかを隅なく探してみるといい。わたしをふくむ文芸新人賞の下読みたちが口にタバコをくわえ片手にえんぴつをにぎってコピーされた原稿用紙にぽろぽろと灰を落としながらレ点で弾いていく。これはほんとうに暇つぶしになる。
 本稿のなかに「そして」が五十箇所あった時点で、それ以降の原稿は読まずに落とす。これはエンタメ小説の第一次選考(われわれ下読み)の原則だ。ちなみに名文家で知られる川端康成の中編小説「眠れる美女」には「そして」は三十三個使われている。いまでは人気作家である乃南ヨルの女刑事の名作「燃え尽きた刃」では、一ページになんと「そして」が六十五個もある。純文学で言えば中上健三郎もおなじだが、かれはともかく乃南ヨルなる作家はどこからデビューをしたのか? いまだに謎だ。ともあれエンタメ作品は売れたらば結果オーライだ。この世の中、売れたらなんでもありなのだ。もしこれをよむ読者がいまだにデビューする前の書き手ならば「すべてはデビューをしてから」「悪魔に魂を売れ」「本来のじぶんには目をつぶって編集のちんぽこをしゃぶれ」これは覚えておくといい。腐り切った文芸界など文芸もろとも死に絶えればいいのだ。
 数年前、わたしは早治大学文学部英米文学科准教授また立智大学非常勤講師をやっていて、学内の学生には「出席すれば単位をくれる」という触れこみで人気ではあったが、教授陣からは、あいつは実力もないし知名度もないと言われてとても肩身のせまい身をしていた。「きみにチマチマと陰口をいってくるそんな輩なぞは現象学とロシアフォルマリズムと記号論でこねくりまわして明後日の方角に消してしまえばいい」とわたしに優しく声をかけてくれるのは文学部唯野仁教授ただひとりだった。そんな唯野教授がご退官をなさって大学の大舞台からいなくなったというニュースを耳にしたとき、わたしの研究人生はいまここで終わった。そう思った。また哀傷したそんなときにかぎってわたしは応募ガイド社に目をつけられた。口車と札束の往復ビンタに乗せられてわたしはエンタメ小説に魂を売ったのだ。「おれでも凄い小説が描けるんだ! 」などと豪語する素人相手にエンタメとはなんたるやを教え育てるエンタメ小説教室の講師をやることになった。エンタメ小説添削講座にてわたしはデビュー前のかれの過去の作品を見た。それは「消えた小説」という摩訶不思議な小説だった。「がっはっは。量を書くだけがきみの才能だね」というコメントは控えて、二、三のダメ出しを書いて送ったら十一ヶ月のあいだ床に臥せったらしい。それ以来、かれはわたしを心底、怨(うら)んでいるそうだ。昨日、風呂場のフタをあけたら浴槽のなかで真っ黒な絨毯がうねっていた。ゴキブリだった。バスタブのなかで何千万何億匹と黒くうねるゴキブリ。あれは積年のかれの怨みだと推断する。文芸評論家のわたしの視点から推察するに、真っ黒なゴキブリの一匹一匹の数はかれがボツにした文字数と合致している。が、文芸界ではそんなものは努力とは言わない。努力と成果は正比例しない。それが文芸界なのだ。がっはっは。それでもかれは新人賞を獲ってしまった。この曙書房の伝説の敏腕編集者である龍洞三、おっとこんなところで本名を書いてしまった。ひっく。へい! マスター! ジャック・ダニエルとヘネシーをもう三本ずつ、追加してくれえ! まあ。ひっく。いいか、三下の講断社になんぞ、書きなおしなんぞ、めんどくせえ話だぜ。でもよお。ひっく。まったく世も末だぜ。このおれさまの目が黒いうちはあいつだけはデビューはさせまい。ひっく。そこかしこの一次選考と下読みたちにアンテナをはりめぐらせて、二次三次選考至る所に根回をして、ときに最終選考ではおれ自身が乗り込んでいって、ひっく。いままでずっとやつのデビューの芽を潰してきたのだが。ひっく。とうとうあんなクソガキが文芸新人賞か……。ひっく。あれから四十年か……。ぺっ。おれはやつのデビューの芽を四十年のあいだ潰してきた。ひっく。そのおかげで日本の文芸界を四十年は足踏みをさせてきたわけだ。がっはっは。ひっく。え? なに?
 ここで営業をかけてくれと編集から横槍が入った。本来ならばそんな無粋なことはわたしの信念においてはやりたくない唾棄すべきことではあるのだが、いま筆者が剛拳鋭意執筆中である「第三部」のネタバラシをしよう。
 上陸者たち「第三部」は下記のような「エントロピー小説」になるそうだ。そんなもの糞食らえだが。編集者がなぜかわたしの愛人宅に送りつけてきたかれの資料原稿をここに添付しよう。

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例:
「青ねこ名探偵のカラフルレストラン殺人事件簿」

 128頁:
 はっはっはっはぁ。きみはずいぶんと長い廊下をくねくねと走ってきたわけだが。この第三の宴会場にもどってくれば、そこはもぬけの殻だった。「ここで事件を解決するのに重要な《フクロウ型の白い鍵》を銀色のナイフと引き換えにきみに託す」そう言っていたイヌワシ警部に、きみはまんまと逃げられてしまったわけだ。きみがもつ手荷物のなかには銀色のナイフひとつしかない。おい! 前をみるんだ。壁の張り紙を! 《容疑者は銀色のナイフをもっている!》と書かれてある。なんっと! これできみは第一容疑者になってしまった。これは罠か? 真犯人はイヌワシ刑事かも知れないぞ。おっと、そんなこといっている場合じゃないぞ。目の前を見るんだ! きみの目の前に、三つの扉がある。さあ、きみはどの扉にすすむ?

緑の扉➡︎29ページへすすめ!
赤い扉➡︎301ページへすすむんだ!
黒い扉➡︎3ページへ急ぐんだ!

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 これは駄作だ。読者よ。これは読まぬが仏だ。「上陸者シリーズ」は海外エンターテイメントの上質の部分を吸収した俊英による駄作シリーズになるにちがいないぞ。乳首の先がツンと天に釣りあがった瑞々(みずみず)しい釣鐘型おっぱいにみちみちた青春小説でもなく、おまんこぽろりするハードボイルド・ミステリー小説でもない。文体はただ《行動や出来事の順序を表す接続詞「そして」がないだけの小学生でも書ける簡単な文章》で、登場するキャラたちが舞台でごった返して、ひどく難解に感じるだけのフェイク作品だ。偽物小説だ! クズ小説、パルプフィクションだ! だがしかし、くるりんぱ。である。
 だがしかし、その筆者にしかもちえぬ独自の文学形式は、やはり筆者にしか語れないジャンルの新たな地平に、新たな旭日を充てる。それは、裏切らない。
 世に無数の夢のおっぱいが萎みゆくなか、筆者が奏でるおっぱいは無限の彼方へ膨張しつづける。筆者の魂がつむぐ言の葉は、われわれが未だ見たことない夢のおっぱいのタネなのだ。
 ひっく。文芸なぞ世界から滅んで消えてしまえばいい。ニンゲンは野生のドウブツとはちがうんだ。ひっく。ほめなきゃ伸びねえ。ひっく。

(文芸評論家)

短歌:
おっぱいは
ゆめのことだと
おもうなよ
おもえば叶う
無限おっぱい

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