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個性は存在しない。

個性は存在しない。

コラムなので分かりやすく書きます。

そもそも個性は健全なひと健康なひとには存在しない。

目が不自由だから耳が発達しなければいけなくなった。これは欠落の補強です。

スポーツ選手でいいます。イチロー(ちょい古いけど)。

イチローの打率は個性でもなんでもないですよね。ただ、それまでのパワーでのヒット(ボールを芯に当てるアジャスト)はおそらく既存のコーチからでの指導ではイチローに不向きだった。他のパワーヒッターはそれで3割弱のヒットを打ち返して一流選手になっていた。

だからイチローは自分なりの、重心の捉え方、胴体力、バットの作り(巨人の篠塚や落合モデルを研究)、効率の良い物理の力の伝わり方の研究を独自に重ねただけですよね。個性でもなんでもない。それは現在の最高のパフォーマンスをするメジャーリーガーの日本人が証明している。彼が進化するときは体力が衰え始めたときだ。結果が出ない。それが身体の欠陥につながってくるからだ。あるいは体が全盛期で更なる成績を求めるのならば必要かもしれない。だがそれに気づくだろうか? 無敵の金メダリストは負けて(あるいは負けそうな脅威が眼前に立ちはだかって)初めて自分の進化を求められる。負けに向かって。(ちょっと文学チックに書いてしまいましたが、トップランナーは常にそういう運命にあると思います)つまり、

個性は存在しない。

欠落、弱点、逆境を補う力、それを社会では個性だと言っているだけで、そもそも個性というのはドーナツの真ん中の空洞のようなもので、存在しない。


ドーナツが美味しいのっていうのは、やっぱり真ん中の空洞があるからなんだと思うんですよね。

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