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瞳の先にあるもの 第78話(無料版)

※書き下ろしなので、誤字脱字や展開など、今後内容が変更される恐れがあります。ご了承下さい。


 『イスモ殿。そちらはいかがですか』
 『膠着状態です。狩るか、狩られるかのにらみ合いになってますよ』
 『そうですか。グランが暴れているお陰で人手を割けそうなのですが、如何致しますか』
 『罠を見抜ける人がいるなら、背後からお願いしたいんですが。いますかね』
 『残念ながら暗殺者の罠には疎く。合流して頂けるなら』
 『了解です。申し訳ないんですが、迎えにきてもらうことってできます。動くと狙われるんで』
 『畏まりました。イスモ殿の傍に移動します』
 『助かります。合図送りますね』
 一旦通信を終えると、イスモは周囲を見渡して二人分の空きのある場所を目で探す。少し離れた場所にあったので、元部下に視線を送り、後ろを警戒しながら移動した。
 彼が通信魔道具をトントンと叩いてから数分後、サンプサが瞬時に姿を見せた。
 「お待たせ致しました。奴らはこの先でしょうか」
 「はい。俺が同行します」
 「お気遣い痛み入ります。今、距離を確認します故」
 と、サンプサ。ゆっくりとしゃがみ込むと、土に手を付けた。
 「距離感が分かりました。一度移動して部下達を待ちましょう」
 「了解です」
 執事は彼らに魔道具で連絡を取り、合流する間、イスモはコラレダ側の動きを観察していた。
 数分後にランバルコーヤ兵が到着すると、敵の囲い込み班と追撃班に別れてもらい、後者には特に素早い動きが得意な人間を集める。その際、サンプサから炎の加護と称される守りを付けられた。ラガンダに仕える、彼の一族のみが使用できる奇跡の技だという。
 当然、イスモにはその正体を理解しているのだが、余計なことは言っていない。暗器がしょっちゅう飛んで来るから油断しないように、と注意だけ伝えた。
 彼は仕掛けられた罠の大体の位置を教え、解除するまで待機と指示。素直に従ったランバルコーヤ兵は、その場所ぎりぎりまで移動する。
 沈黙の時間が、流れる。
 呼吸を整えたイスモは、一気に身を躍らせワームの破壊を行う。無効化する直前、投げナイフが放たれるが、狙われた頭部は既になく近くの幹に突き刺さった。
 切った糸状の鋼鉄線をそのままに、他に設置されている罠も破ると、複数方向から同じ獲物が襲い掛かって来た。しかし、予測済みの彼にはかすりもしない。上にある枝に飛び乗ったからでもあろう。
 木々が大きく揺れる音がした後、何者かの悲鳴が上がった。暗闇に慣れて来たランバルコーヤ兵が、おびき出された暗殺者をのめしたのである。
 暗殺者が施した罠を外すには、魔法以外ではこうして地道に潰す他ない。グランの様な鋼鉄並みの肉体を持つ人間ならいざ知らず、普通の人間では暗殺者が扱う毒も脅威だからだ。
 捕らえられた者は、すぐさま外側を張っているグループに引き渡された。
 小休止を挟みながらこの一帯の障害を排除し終えると、
 『イスモ殿。暗殺者達はこちらに向かって来ています』
 『こっちにですか? 何でまた』
 『おそらく、解除可能者を始末しようとしているのではないかと。グランの所にも現れたそうです』
 『あ~。ソレだと全部こっちにきそうですね』
 『ええ。何分彼を倒せる訳がないので』
 元ランバルコーヤ国王であるグランにも、魔法を使う素質はある。魔法師は主に力を外に放出して使うが、中には内側にためて己が力を高めるタイプもいる。アルタリアとグランがまさしくそれで、彼らは物理攻撃に特化する傾向があった。破壊力の上昇は当然の事、見えない鎧を身に纏っている様な状態なので、強靭な守備力を誇るのである。しかも二人の場合、自然界にある毒なら中和してしまう。
 暗殺者が用いるものは、植物から抽出した液体を塗布している場合が多い。故に、相手側からしたら手も足も出なかったのだろう。
 実際経験したイスモは、エスコに連絡を取る。
 『了解、向かうよ。アマンダ、聞こえるか』
 『はい。イスモはエスコ様の位置から東側にいますわ。それと、ちょうど背中からももにかけて、暗殺者らがおります』
 『わかった。始末しながら合流する』
 『イスモ殿、十時の方向から足音を感じます。お離れ下さい』
 『鬼ごっこの要領のほうがいい?』
 『はっはっはっ、面白い表現ではないか。わしが鬼共を葬ってやろう。姫君、腰の位置におるが、東に行けば良いか』
 『お願いいたします』
 『心得た。小僧、貴様は適度に引き付けるのだぞ』
 『了、解です。おたくらは一度サンプサさんのところに戻ったほうがいいよ。今は人がいると狙われるからね』
 『了解した。気をつけられよ』
 ほぼ同じ場所に浮かぶ天上の星は、明るく照らしている。
 イスモと行動していたランバルコーヤ兵たちと周囲を張っていたグループも、一度サンプサの下へと戻る。彼らは後処理をする為に、方々へと散開して行った。
 ふと、執事は空を見上げる。ある時間を境に上空への攻撃が止んだ理由は何なのだろうか、と。
 大地を通じて聞き取った話では、暗殺部隊長が元部隊隊長に個人的な恨みがあるらしい。手柄を求めているとはいえ、空に避難している者達のほうが遥かに大きいはず。
 にも関わらず、わざわざ地上でゲリラ戦を仕掛ける理由があるのか。そちらのほうが得意だからなのか。それとも、個人的な恨みしか見えていない状態に陥っているとしたら。
 『グラン、聞こえますか』
 『何だ』
 『念の為、暗殺者達とは距離を取って下さい。あの香料が使われているかもしれません』
 『香料? わしに使われていた、あれか』
 『可能性ですがね。貴方が敵になってしまったら厄介すぎます』
 『ふむ。臭いならばフィリア様か。なれば足止めしておけ』
 『畏まりました』
 念には念を入れ、全体に共有したサンプサ。主の命に従い、グランとぶつかろう集団の足を、土が多く付いた木の根で絡め引っ掛ける。腕にも這わせ、連中を宙ぶらりんにした。こうすれば暗がりでも見分けがつきやすいだろう。
 とはいえ、相手もそれなりに警戒していたのか、一部に切り抜けられてしまう。
 エスコに連絡しようとした時、ちょうど彼らが通り掛かった。
 『サンプサ殿、お怪我は』
 「御心配には及びません。今ご連絡しようと思いまして」
 先程のやり取りを伝えると、将軍は頷く。
 『フィリア様から既に加護を頂きましたので、こちらで対処しましょう』
 「ありがとうございます。私めはここで情報収集を致しましょう」
 『お願いいたします。クレメッティ様、参りましょう』
 『エスコ、またクセが出ちゃってるよ~』
 いささかほんわかした雰囲気を残しつつ、将軍と白鎧の騎士たちは、合流を急ぐ。
 四大魔法師と彼らは同じ精神体でも、魔力の有無がある。考えうる万が一は避ける判断は、さすがというべきだろう。
 人間同士の戦いが順調になると、ゾンビが気になってくる。
 『アルタリア様。ゾンビのほうは如何でしょうか』
 『少しずつ、解除している。一気にやると、アマンダが反応しかねない』
 『左様でございますか。確か、我々の様に操れる訳ではありませんでしたな』
 『うん。それに、アンブロー側の足まで、止めかねない』
 と、アルタリア。彼の足元には、氷が張っており、目の前には、左肘から先がない状態の腕がある。しかし、外皮として剥がされたゾンビは、どこにもなかった。
 『こちらに、アマンダやヘイノが、君達の情報を、送ってもらっている。もし、誰か来そうだったら、教えて』
 『畏まりました。では、そちらはお願い致します』
 『任せて。頼んだ』
 この調子なら、実際の夜明けと共に明るく照らされそうな気はするサンプサ。とはいえ、安堵は終わらない限り、気を許す事は無いが。
 上空にいる将軍二人からの連絡が入って来ないという事は、今の所上手くいっているのだろう。
 いくつかのグループに分かれたコラレダ暗殺部隊も、徐々に姿を消していき、残るは一つとバラけた幾人かになった模様。こちら側に付いた暗殺者たちも、今は個別に動いて撃破している様だ。
 最後のグループとなった敵は、やはりイスモを追いかけている。私怨も相まってなのか、せめて何かしらの功績をそこまでして求めるものかと、サンプサは再度疑問に感じた。
 が、もし例の香料のせいで理性のタガが外れているのであれば話は別になる。普段から理性的な人間であっても、簡単に感情を爆発させてしまう、恐ろしいモノなのだ。
 『イスモ殿。その先では森を出てしまいます。迂回出来ますか』
 『何人来てるかによりますよ。陣形次第じゃあ捕まりますんで』
 『アードルフだ。お前の真正面を軸にし左カギの陣形になっている。距離的に迂回しても間に合いそうにない』
 『オ、オッケ。できればそのまま指示してほしいんだけど』
 数秒後、
 『ご了承を頂けた。このまま誘導する。まずは森を抜けた直後に右転、その間にエスコ様方が到着する見込みだ』
 『了解』
 と、返事をし、引き付けに集中するイスモ。夜目が効く魔法をフィリアが施し、ようやっと効果が表れたのだ。
 軍の指揮と特に暗殺関係のそれは、やりかたが若干異なる。その為、ヘイノは経験者であるアードルフに魔道具を持たせ、自身はゾンビと暗殺者の両方の観点から見る事にした。
 なお、アマンダは将軍の補佐をしている。
 眉をひそめた彼女は、
 『サンプサ様。恐れ入りますが、エスコ様と同じ方角にむかっていただけますか。何か、が動いています』
 『畏まりました』
 「どうした、アマンダ」
 『アードルフが指定した付近なのですが』
 と、指でさす令嬢。ヘイノとリューデリアが凝視するも、何も見えず感じない。
 何か、という曖昧な表現自体、褒められるべきものではない。とはいえ、彼女にしか感じない、ゾンビに関する何か、があるのは確かだ。
 「わざと追い込んだか」
 「魔法で先手を打つ」
 魔女が攻撃魔法を放とうとした途端、下から光の矢が一斉射撃される。慌てて結界を張り事無きを得るが、援護が中断されてしまう。
 その間にたどり着いたイスモの前に、倍の背丈はあろうゾンビが地面から出現する。さすがの俊敏さも、スピードが乗った状態ではすぐに方向転換は難しい。
 従者の目に、振り上げられた腕がスローモーションに映る。絞られた瞳孔の先には、尖った爪が拡大される。
 瞳に振り降ろされる動作が加わろうとした瞬間、彼の足元に衝撃が走った。体の重心が後ろに持っていかれ、ゾンビの腕は視界から消える。
 代わりに入って来たのは、背中から後頭部への順の痛みと、不自然に隆起している土の塊だった。
 恐る恐る身を起して覗くと、ゾンビの頭部側面に光の矢が刺さっている。
 『無事かい』
 聞き覚えのある声に、現実味を帯びた意識がはっきりする。顔を向けると、半透明のエスコが立っていた。
 『間にあってよかった。とりあえず離れるぞ』
 「あ、え、あ、はい」
 ストン、と、近くにクレメッティが降り立つ。迫りくる棒の様なモノを剣で払い落しながら、
 『下がって下がって。グランにあげるから』
 『あげるって。犬のエサじゃないんですから』
 『似たようなもんもん。ちゃんと敵を与えないと不満がたまって後が怖い』
 「そなたは人を何だと思っておるのだ」
 リクエストとばかりに棒を叩き切り落としたグラン。ゾンビからは叫び声が上がる。
 「若い頃ならまだしも、さすがに今は抑えられるわ」
 『ホントかねえ。気性の粗さは昔のままっぽいけど~』
 「そなたに関しては、気のせいではないかもしれんな」
 目が点になるクレメッティだが、意識は横に向けられる。
 前を彼らに任せ、エスコと息を切らしているイスモは距離を取った。そこに、サンプサが合流する。
 「ご無事でようございました。む」
 ライティア家の従者が彼の袖を掴む。しかし、その力はあまりに弱弱しい。
 「イスモ殿、如何なさいましたか」
 「に、にげ、どく、が」
 口にした直後、全身の力が抜ける従者。執事が抱えると、顔が青白く口の周りが薄く紫がかっている。
 『なっ。サンプサ殿、イスモを連れて上空へお逃げください』
 「畏まりました。恐れ入ります」
 『ヘイノだ。エスコ、グラン殿と白鎧の騎士らと共にゾンビの撃破を』
 『こちらリューデリア。フィリア様、残りの兵達を合流させても宜しいでしょうか。彼らの援護に回ります』
 『いいよ。まず全員で移動して来ておくれ』
 東の空は、白み始めている。

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