瞳の先にあるもの 第61話(無料版)
※書き下ろしなので、誤字脱字や展開など、今後内容が変更される恐れがあります。ご了承下さい。
アマンダが倒れて半年が経過したアンブロー王国は、まだ建設中の建物があるが、ほぼほぼ日常生活を取り戻していた。
だが、ライティア家令嬢は、未だに目を覚ましていない。最も、この事は一部の関係者しか知らされていなかった。国内にいる見えざる敵に対する対処である。
なお、レインバーグ家長子についても同様である。しかし、長期不在という噂が既に立ってしまっていた。
ヘイノは週に一回、双方の様子をフィリアと共に見に行っており、エスコはリハビリの甲斐があって左手が少しずつ動かせるようになっている。例の弓を用いた戦いも慣れて来ていた。
「アマンダについては説明しづれーんだけど。まだまだ時間がかかるみたいだぜ」
「そう、か。体勢は時折変えているとはいえ、体も心配だ」
「問題ねーよ。血液がちゃんと循環してればな。体力は落ちんだろーけど」
「ならいいが。それにしても、精神体での活動、か。まるで雲を掴むような話だ」
はあ、と、フウリラ将軍。同じ精神体とはいえ、四大魔法師は本物の人間と全く同じように見える。とはいえ、昔は先だっての戦いの際、エスコのように透き通っていたらしい。
「あの人たちも百年ちかくかかったみたいだから、完ペキには無理だぜ。最低限の動きだけならできるぐらいだとさ」
「日常生活における最低限か? それとも戦闘か?」
「戦闘じゃねーの。この辺りはエスコ次第になると思う」
「そう、か」
再び青い息を吐く将軍。
「あんたも気をつけたほうーがいいぜ。なんせ、アンブロー最後のとりでだからな」
親友であるコスティは死に、同様のエスコは重体に近い重症。双方はアンブロー軍の各部隊の頭角でもあった。
「胆に免じておこう。私とて今倒れる訳にはいかん」
「だろうな。コラレダも、国王を落とせないからあんたを狙うように指揮系統をかえてきてるんだ」
「その事を陛下にお伝えしたのか」
「ああ、真っ先に。いわれてたんだよ。ヘイノに関わることがわかったら、すぐに伝えろって」
腕と面識のある者と信頼の置ける魔法師が付いた理由がそれか、とヘイノは思った。
「局面だな。コラレダを落とせば、この戦争は終わる」
「そう単純にいけばいいんだけど」
と、道具入れから丸められた羊紙の束を出す情報屋。目に入れたヘイノは、眉をひそめひじを机に突く。
「スピード重視でもってきたから、ちゃんとまとまってねーんだ。今時間あるか」
「いいだろう。中身は」
「内政関係が主で、それにつらなる各国の関係者のつながり」
まぶたに力を入れながら、
「ならセイラック様と伺いたい。君の方こそ時間はあるかい」
「そーいうと思って声かけといたよ。フィリアに連れてきてもらう。オレの都合は平気」
「気が利くじゃないか。それも都合が良い」
礼を言ったフウリラ将軍は、お茶菓子を用意しようと、表で番をしている兵に話を通す。
三十分後、参加者が揃うと、情報屋が掴んで来た中身を共有した。
「やはりか。しかし証拠が無い」
「長年居座ってるからね。証拠隠蔽なんてお手のモンだろ」
「んまあ、オレのはノゾキミってヤツだから。そのあたりはどうにもできねぇ」
「しかしそうなると、フィランダリアも危険な状態になります」
「タトゥっつーか、側近のねらいは内部崩壊させてスキをつくるコトだ。男爵ぐらいの連中の何人かは落ちてるぜ」
と、一枚の羊紙を三人の真ん中に置く子供。メモをしながら聞いているセイラックの筆が、より早く動く。
「アルタリアとゼノスには伝えたのかい」
「これからいく」
「そうかい。どこに目と耳があるか分かったモンじゃない。気をつけるんだよ」
「うん。話してるときは結界はってる」
「よしよし」
腕を組んで頷くフィリアをジト目で見る情報屋。大きく息を吐いて切り替えると、ここからが重要だという。今までのは状況だが、これから話す内容は、絶対に他言無用だと、珍しく口調が強い。
「ちょっと迷ったんだけど。フィリアもいるし、ちょうどいいから」
「どういうこったい」
情報屋は、一瞬言葉に詰まる。
「ちょっと待って。こんがらがってるから、まとめる」
と、懐からインクとペン、紙と木のボードを引っ張り出した。
セッティングしながら、風の魔女に魔力を飛ばす。
『神託なんだ。ただ、内容が今までと全然ちがって』
『どういう内容だったんだい』
『導きって、いえばいいのかな。いま書いてる人たちを神殿につれてけっていう。メンツが魔法師使えない人が大半なんだ』
『ヘイノも入ってるんだね? 分かった。それなら仕方ない。外交も関わりそうだ』
『そうなんだ。だからややこしくて。いいならはなす』
『ああ。まとめて行こう』
書き終えた紙を机と平行に差し出す子供。上のほうは、少しだけインクが垂れていた。
「このメンバーの意味は?」
「指名、っつーのかな。全員である場所にいってほしいんだよ。おそらく、戦争をおわらせるためのカギになると思う」
目を見開く、魔法師以外の将軍たち。
「動けない息子やアマンダも入っておるが。どういう事なのだ」
「うまくいえないんだけど。この前、新しい神殿をフィランダリアでみつけてさ。見たらアマンダが発した光ににてたんだ」
「他の根拠はあるのかい?」
「魔法師の感覚、だな。中から今まで感じたコトのない力を感じた」
「そなたにしては随分と曖昧な表現だが。ふぅむ」
「記載されている者達は全員半年前の戦いに関係しているが。それと関係あるのか」
「たぶんね」
普段の情報屋の言葉とは思えないヘイノ。いつもならもっと具体的できちんとした内容なのだが。
「情報屋よ。言いにくい何かがあるのではないか? 例えば魔法師関連、とかの」
「その通りさ。まだ子供なんだ、あまり詰めないであげとくれ」
「ちょっ」
腰を少し上げた情報屋に対し、手の平で制するフィリア。
「実は話を切り出す前に相談されていてね。アタシが許可したんだ。外部に漏らしちゃいけない事なんだよ」
「その事は歴史から来るもの、ですか」
「ああ。悪用されない為の秘匿さ」
「成程。なら言葉にし辛いのも致し方ありますまい」
と、若い大将軍は納得した様子。年配の将も、形だけ了承した。
「事態は刻一刻と変化してる。時間が惜しいだろ」
「一理ありますな。しかし、どうやって移動するか、ですが」
羊紙に書かれた人物は、アマンダ、ヘイノ、アードルフ、ヤロ、イスモ、ギルバート、エスコ、リューデリア、サイヤの九名。情報屋とハンナは案内と世話役人として同行するという。
「いつまでに行けば良い」
「なる早でいいと思うぜ。指定日はきいてない」
「ふむ。とはいえ、公爵家の者を手続きなしに行かせる訳にもいかんのう」
「そこなんとかなんない」
「無茶言うでない。法があるのだ」
「なら公爵家の人間じゃなくてさ、旅人ってノはどう」
「アマンダは難しいの」
「顔かくしてさっ」
「馬鹿を申すな。大貴族がその様な事をしたら、下手をすれば外交問題になるわ」
「え~。四大魔法師は気軽にいききしてんのに」
「アタシらは政治に関わってないからね。論点がずれてるよ」
「あ、そか」
「セイラック様。ご子息は既に現地入りされていますが」
「ちゃんと踏んでおるよ。護衛も付けて、そうか。だが、しかし」
「ええ、問題はそこです。ご子息はともかく、アマンダは公開されていない」
「ならば、作るしかないの」
「なにを」
子供以外の口元が、怪しく歪んでいる。
「心労で倒れた、が一番いいかのう。ヘイノ殿も付き添いやすいのではないか」
「イイね。この際だから婚約発表でもしちまうのもアリか」
将軍の頭の上に、大きな星が落ちる。
「こんやく? なんで」
「おぬしにはまだまだ早い話かもの。はっはっはっ」
「どうだかねえ~。年頃だから、わっかんないよ~」
「意味わかんないし」
「おや、まだ色気づいてないのかい。同じ年頃にイイコいるだろうに」
「はぁっ」
もしかしたらライバルになるかもしれんな。見目も良い事だし。
と、セイラックは心の中で思う。彼の顔は、目を閉じながらあごに手をあて、少し上を向いている。
「んまあ、この話はここまでだ。理由はおいおいとして、ヘイノも考えときな」
「ええ」
「ったくもう。おっさんおばさんはしょうもないんだから」
頭を抱えた情報屋の背後に、フィリアが出現する。そして、中指を少し上げた拳を二つ作って、子供のこめかみをグリグリしだした。
「あでででででっ」
口は災いの元。
この言葉が、男性たちの過去に起きた同じ出来事を呼び覚ましたのであった。
数時間後。情報屋は頭部側面に痛みを残したまま、フィランダリアへと向かう。二日前に連絡を入れておいた為か、すんなり国王と会うことが出来た。
「おお、良く来たな。直接会うのは初だろう。テディ、挨拶を」
「はじめまして。フィランダリア王国王子、ティディアムともうします」
「ああ、よろしくな。オレのことは情報屋って呼んでくれ」
「情報屋、ですか。お名前はおしえてくれないんですか」
「キギョーヒミツなんだよ。昔からの知り合い以外は名乗ってねぇんだ。身を守るためにな」
悪く思うな、と情報屋。王子はむすっとしてしまったが、私もこ奴の名前を知らぬぞ、とゼノス王がフォローを入れる。
「そうですか。残念です。いつかはおしえてくれますか」
「んー、そうだな。平和になったらいいぜ」
「世界が、ですよね。がんばります」
「テディ。私達は、この子と話がある。部屋に、戻ろう」
「はい。じゃあまた」
「あ、ああ」
ペコリ、とお辞儀をしたテディ王子は、アルタリアに付き沿われて地下にある応接室を退出した。以前、アマンダたちを迎え入れた場所である。
「驚いたよ。ずいぶんしっかりしてて」
「だろう。自慢の子よ。おぬしと歳も近い、仲良くしてやって欲しい」
「この国のキーマンだしな。覚えとかないと」
少し笑ってしまったゼノスは、相変わらずひねくれていると感じた。
水の魔法師が戻るまで雑談し、彼が合流すると、アンブローで話した内容を伝える。
「想像以上に侵食しておるな。各諸侯が対応してくれてるのだろうが」
「この国は忠誠心があつい人間ばかりって聞いたけど、気をつけたほうがいいよ。妙なにおいがするヤツの改良版がでまわってる」
「妙なかおり、だと。ランバルコーヤに仕込まれたというアレか」
「うん。より短時間で効果がでるようになったみたいなんだ」
「現場、を見に行ったほうが、いいかもしれない」
「ふむ。魔法師には効かぬのだったな」
「生粋のなら。ニセモンやちょっとかじったぐらいじゃムリじゃないかな」
「ラヴェラ王子は平気だったのだろう」
「あの人はスの魔力が魔法師並だからだって。ゼノスだととりこまれるよ、きっと」
「ほお。ならもし鍛えていたら、とんでもない傑物だったのだな」
「そ。もったいないけどね」
「グランは、かかってたから、その見解であっていると思う」
「あ、これはラガンダがだしてくれたんだ。オレじゃない」
「そう」
「で。もうひとつが神殿か。聞いたこともないが」
「おそらく、神話にある海の中の、古の神殿、だと思うけど」
「あ、なるほど。それで空から探しても見つかんないんだ」
「しかし、時期が悪い」
「理由はなんとかしてつけるっていってたけど」
「内密に運ばぬと、コラレダに言いがかりを付けられるのでな」
「うん。セイラックもその事を心配してた」
「戦争を終わらせられるのなら喜んで力になるが。少し時間が欲しい」
「そのあたりは連絡とりあってよ。準備ができたら移動するカンジでいいんじゃない」
「そうだな」
「了解。なにか気になることとかある」
「うむ、カロラの事だな」
「わかった、様子みてくる」
「頼む。近頃アルタリアですら行き辛くなっておってな」
「うえ~。ヘンなトコ徹底してんな、あいつ。なるべくコンタクトとってみるよ」
「ああ。だが、無理するでないぞ。あれもそこまでは望んでおらぬだろうからな」
「よし。んじゃ、これからライティアにいくから」
「忙しないな。今度はゆっくりしていくが良い」
「そーさせてもらう」
「そのままでいい。行っておいで」
「サンキュ。ごちそうさま」
立ち上がって一礼すると、情報屋は姿を消した。