瞳の先にあるもの 第16話(無料版)
縛られた部隊長と共に、アマンダ、ヤロ、イスモ、リューデリアは、彼女の魔法でエスコの元へと赴く。あちらの様子は、事前に魔法で様子が分かったためだ。
シュン、という音と急に大人数が姿を現したため、彼は驚き、馬から落ちそうになるが。
「ああ、君たちか」
「エスコ様、相手の将を捕らえました」
「そうか、よくやってくれた」
降りながら話した彼は、ヴァロスを引き受け、一度ラザンダールに戻ると告げる。
「疲れただろう。君たちも一緒においで。砦のほうには既に人を放ってるから」
「そうですか、わかりました」
アードルフとサイヤなら、彼女がリューデリアの元にすぐ移動できるようになっているし、ひとりなら同伴可能らしいので、問題はない。
アマンダはエスコに従い、ラザンダールに戻ることに。
ふ、と空を見上げたリューデリアは、一部に強く、鋭い視線を送った。
町に戻ってからは、次の指令が出るまで、各自自由行動となる。
アマンダは、考えたいことがあると言い部屋に、イスモとヤロはそれぞれ町に散策に。
遅れて戻ってきたアードルフは、サイヤに一部始終を聞くなり将軍たちのところへ行き、彼女は薬を取って来ると、家に戻った。
もうひとりの魔女リューデリアは、町の外にある湖の近くまで来ていた。
焼け野原になった場所ではなく、うっそうと茂っている森の真ん中辺りだろうか。
「ここなら大丈夫だろう」
姿を見せぬか、と彼女。少し離れたところの草が、ガサガサと動く。
発した原因は、情報屋だった。
「何のようだよ」
「お主、いつから上空にいた」
「いつって、はじめからさ。情報がほしいし」
「情報、か。何の為に」
「何って、ショウバイだもん。いろいろ知っとかないと」
はあ、とため息をつくリューデリア。
「いったい何を考えておる」
「何って、あんたなら察しがつくだろ」
そうだな、と言いながら、魔法で小さなテーブルと椅子、そして飲み物を出す彼女。入れた紅茶はとても温かく、情報屋の体を、ほっと包み込む。
その様子を、昔のことを思い出しながら、年長者は見守っていた。
しかし、以前と違いひねくれてしまった子供は、まるで雰囲気が違っている。
「ちゃんと食べているのか」
「うん」
「ベッドで寝ているのか」
「ときどき戻ってるじゃん」
「そうだな」
リューデリアの紅茶は少しぬるくなっており、それでも、喉の渇きだけは潤す。
「考え、直す気はないか」
「ないね」
カチャ、と少し乱暴に置かれるコップ。中は空になっている。
「お主はまだ子供なのだぞ。無理をしては」
「子供じゃない。戦えるし、ちゃんと生きていける」
「人は独りでは生きていけぬのだ」
「そんなことない、オレは四年近くひとりで生きてきたっ」
テーブルを叩きながら立ち上がる情報屋。珍しく息を切らしながら話す子供に、大人の女性は悲しみの眼でしか見れなかった。
「私たちが憎いか」
「ちがうよ。あんたも村のみんなも、悪くない」
小さな拳がつくられる。
「悪いのはあのクソ野郎だけだ。あいつさえいなければ、あいつさえこなければ、オレは、オレたちはっ」
左手でテーブルを打ちつける。ある感情で震えている右手を、リューデリアは握る。
「もうよすのだ。命を無駄にしてはならぬ」
「あんたは、どうなんだよ」
温もりから逃げるように、右手が縮こまる。
「あんたは憎くないのか。コスティをうばった奴のことをさっ」
「そ、それは」
束縛から逃げるように、右腕が横に払われる。
「だったら、だったらオレの気持ちがわかるだろーがっ」
肩で息をする情報屋は、まるで狭い鳥籠に閉じ込められもがいている小鳥のよう。どのように籠から出してあげれば良いのか分からず、リューデリアは目を閉じる。
静かに、
「仇を討っても、死んだ者は戻らぬ。子供でないのなら分かっていよう」
「ぐっ」
ふたつの拳が、行き場のない感情のまま震え、しまいには全身に広がる。
彼女は立ち上がり、子供の小さな両肩に手を添えてかがみ、
「私と共に来ると良い。あの者たちも歓迎しよう」
「それはできない」
情報屋はリューデリアと距離を取り、目深いフードの端を掴んでより顔を見えなくさせる。
「情報を売ってるのはアンブローだけじゃない。コラレダにも、他の国にも売ってるんだ」
「何故だ。何故そのようなことをする」
「一番コウリツがいいからさ。どこにもつかずはなれずで」
眉をひそめる魔女。幼い頃から利発なところはあったが、しばらく会っていないせいなのか、何を考えているのかが、彼女には想像すら出来なかった。
確かにどこにも属さなければ自由に動くことも可能だ。しかし、反対の意味もある。
「何と危険なことをしておるのだ。最悪、すべての国を敵に回すかもしれぬのだぞ」
「それはないよ。今は三対一だから、アンブローが滅びればすべては終わるところまできてる」
風が、強く、何度も二人の間で音をならす。
子供のマントと女性の髪が、幾度となく揺れたあと、神託、という単語を、情報屋が発する。
「そういわれたんだ、アンブローは滅びるって」
「本当に、そう言われたのか」
「マジメなはなし。コスティの死がきっかけとなって、アンブローは総崩れする、はずだった」
だった、と、語尾を上げて返すリューデリア。
神託というのは、運命の女神から授かる予言のことを指す。神の言葉を聞き、魔法師たちに伝えるのが、本来の形である。外界である諸国との接触は、よほどの緊急事態がない限り外に出てはいけない掟があるためだ。
しかし、この子に関してだけは例外であり、国の者全員が承知している事実でもある。
ちなみにリューデリアとサイヤがアンブロー軍にいるのは、アマンダを守る為である。
「理由はオレも調べてるんだけど、未来が読めなくなったらしい」
「いつからだ」
「つい最近。たぶんアマンダが家をでてからだよ」
「つまり、彼女が運命を変える、と」
情報屋は首を横に振る。
「わからない。こんなこと、神の目をもらったときからなかったから」
「サイヤや父上たちには伝えたのか」
「まだだよ。サイヤには一緒に話そうと思ったんだけど」
そうか、と受け手側。アマンダと行動を共にしてからというもの、情報屋の魔力をよく感じると思っていたリューデリアは、
「それであの子の周りを探っているのか」
「まあね。もちろん、外部者には神託のことはいってないよ」
神託に関しては、魔法師の間でのみ知って良いことになっている。その為、どんな理由があろうとも外界に住まう人間に漏らしたのなら、それなりの処断をしなければならないのだ。
とはいえ、神託を使い、都合の良いことをしようとしているのは、彼女も気がついている。
「おぬしは何を望むのだ。本当に復讐だけなのか」
「だけって、どういうこと」
「こちらが聞いている。何を考え、何をしようとしているのだ」
数歩下がる情報屋。
「べ、べつに何も」
顔を明日の方向へ向ける子供。最後がとくにしりすぼみになっていることを、彼女は聞き逃さなかった。そして、恐ろしいことを考えているのでは、と、見抜く。昔いたずらをして隠そうとしたときにも、同じ態度をとっていたからだ。
「馬鹿な真似はよさぬか。そんなこと、お二人は望んでおらぬ」
「何でわかるんだよ」
「よく話をして頂いたからな。お二人とも共存を望まれていた」
「何がキョーゾンだ、できっこないだろ。できなかったから魔法師の国ににげたんじゃないか」
「何があったのかまでは知らぬ。だが、希望は捨てていなかった」
「ネゴトは寝ていってくれよ。ここまで国同士の関係がこじれたんだ、ムリだって」
再び強風が、お互いを裂く。
決意が固いことを知ったリューデリアは、もはや言葉は届かないと悟る。話して通じないのであれば、今はそっとしておくのが良いと考えた彼女は、
「ふむ。そこまで言うのなら自由にすると良い」
「そうさせてもらうよ。あんたやサイヤには迷惑かけないよーにするから」
「そのような気を使うでない。困ったことがあるのなら、遠慮することなどない」
「う、うん」
想像していなかった回答だったのか情報屋は一瞬、戸惑う。年上の、よく見ていた優しい笑顔に、何とも言えない感情が沸き起こる。
ふと、リューデリアが、
「サイヤが今から戻るそうだ。ここに来てもらい、今の話をしよう」
「神託のはなしだけにしてくれよ」
「うむ」
年長者は子供のわがままをを聞き入れ、魔法でサイヤに連絡を取る。数分後には、大きなかばんを持った女性が現れ、二人の目を丸くさせた。
「どうしたのだ、その荷物は」
「薬関係よ~。薬草全般に調合書に、あとは液状物も~」
「はあ。そこまでもってくる必要があったわけ」
とりあえず詰め込んできたのよ~、と笑いながら話すサイヤ。肩を落とす同郷者たちに、変わらない表情のまま、
「神託がどうこうって聞いたけど~」
リューデリアが神託の道筋が見えなくなっていることなどを話すと、先程までの顔が変わるサイヤ。感情面の話を出されなかった情報屋は、内心ほっとする。
「原因がアマンダっぽいのね~」
「たぶんな。本当なら、今回の戦いで戦争はおわってるんだよ」
「う~ん、そう言われてもね~」
たしかに、と情報屋。神託を受け取る本人がわからないのであれば、その外側にいる人間に理解できる術はないだろう。
「今まで神託が外れたことはなかったのだ。何かが起こっているのは間違いないのだが」
「そ。だからはなそうと思ってさ」
「なるほどね~。ま、私たちにできるのは、今まで通りのことだけだけどね~」
空をのんびりと眺めながら口にするサイヤだが、彼女の言う通り、魔女たちに出来ることはそれだけなのだ。
「そうそう、っと。情報屋、お願いがあるんだけど~」
「な、なんだよ」
本名が出かかったことにビクつきながら、子供は聞き返す。
「私が軍にいる間、薬草を摘んで家に持っていってほしいのよ~」
「なんでオレが」
「おお、それなら私の代わりに買い物も頼む。母上の腰が悪化してな」
「だから、なんでオレがっ」
いいじゃないのよ~。私たちもアマンダのことを調べてあげるから~、と、サイヤ。その受け答えに、リューデリアはくすくすと笑うだけ。
過去の経験から教訓を得ているのか、情報屋はしぶしぶ了承し、アマンダのことを頼む。
「ついでに家から三人分のリンゴも持ってきてね~」
「チューモン、おおいっつーの」
そう投げ捨てると、姿を消した子供。残った女性たちは、テーブルの片付けをしながら、変わってしまった情報屋の心配を言い合う。
しかし、まだ純粋さや従来の気質が残っていることが、家族同然の年長者にいくらかの安心感を残したのも事実。
深い傷を負った翼を、どうすれば癒せるのか。
リューデリアは、ずっと考えていた。
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