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瞳の先にあるもの 第10話(無料版)

 水晶から連絡が入ると、サイヤは彼らを迎えるための魔法を唱え始める。すると、ここを離れたときと同じように光の柱が現れ、一定の範囲を包み込んだ。
 光の柱がなくなると、傭兵たちは姿を現したのだが。彼らは、部屋を見渡すなり、絶句。天幕のところどころに穴や焦げた部分があり、足場には血の跡が転々としているのである。
 「何が、あった」
 「リューデリアが暴れだしそうになること数回、ってトコ」
 「トコ、じゃねえよ。死ぬかと思ったぜ」
 白い光に包まれながら座り込んでいるヤロ。額には汗をかいており、疲れ気味の顔だ。
 「そこで何やってんの」
 「避難してたんだよ。受けたら死んじまうらしいからよ」
 「他の二人はどうした」
 「外にいる。カセも効かなくなっちまったから」
 アードルフとイスモは顔を見合わせる。後者は、持っていた籠を情報屋に渡し、後は頼んだ、といった。
 「早かったな。んじゃ、とりあえず休んでなよ」
 そう言って情報屋は表に身を投げ出す。外には、杖を持って座っているリューデリアと、彼女の前に立ち、手にした杖に力を送っているアマンダの姿したサイヤがいる。
 「サイヤ、薬草」
 「あら~。助かるわ~」
 代わって~、と現状に似合わない口調の彼女。オレがっ、と反論する情報屋に、有無を言わさず杖を握らす。
 「オレじゃおさえられねーよっ」
 「心配しなくても、ちゃんと結界は貼ってあるし~、アマンダも協力してくれてるし~」
 『情報屋さん、お願い。リューデリアを助けてあげて』
 彼女の両肩には、上から体重を乗せて押さえつけているアマンダの姿が。そして、息を切らしながら片膝をつき、精神を集中させている魔女の姿もある。
 顔が見えない者の脳裏には、今より幼い自分と遊んでいる、アマンダ以外の女性の姿が。
 情報屋は杖を地面と平行に持ち、舌打ちをする。
 「とっとと作れよな」
 「任せて~」
 アマンダの体が籠を持って天幕の中へ駆け込む。うわ、と驚きの声とともに、イスモとアードルフが出てきた。二人とも、細かいことはさておき、リューデリアを抑えているのだと、すぐに分かった。
 気配に気づいた情報屋が、
 「ちょうどいいや。あんたら左右からリューデリアをおさえてくれよ」
 「どうやって」
 「アマンダが、って見えないんだっけ。肩から力ずくでおさえてくれれ」
 ガクン、と情報屋の体制が崩れ倒れそうになる。代わりに彼女の周りから小さな火が飛び交っており、さらには立ち上がろうとしているではないか。
 何かヤバそう、とイスモは口走り、アードルフも続いて、魔女を抑えににかかる。座らせると火の玉も落ち着き、情報屋も肩幅に足を広げて再度立ち直った。
 「すまぬ」
 「女性を抑えつけるのは心外だが。我慢してくれ」
 「承知している。気にせずとも良い」
 「あの火の玉も出さないでくれるとありがたいね」
 「うむ」
 『あ、情報屋さんっ』
 今度は情報屋の足がいうことを利かなくなって来ているよう。杖を文字通りにも使い、息を切らし始める。
 だが、急に子供の体が軽くなった。彼の杖は再び地面と平行になり、柄に大きな手がふたつ、増えていたのだ。
 「これで何とかなるだろ」
 「あ、ああ」
 ヤロの力を借り、情報屋が杖に力を込める。すると杖が光だし、リューデリアたちを囲っている円が光を増した。
 そこに、草の根が踏まれる音が響く。
 「おまたせ~っ」
 口調とは裏腹の速さでリューデリアに近づくサイヤ。液状化サラダが入っていそうな深皿を手にし、彼女の口元に持っていく。一度むせたが、少量がのどを通ると、自らの指で皿をつかもうとする。
 「大丈夫そう、ね~」
 「に、苦い」
 「が~ま~ん~」
 「ってか、すごい臭いだね」
 絶対飲みたくない、とイスモ。味を変えてるヒマがなかったの~、と、サイヤは笑顔で言い放つ。彼女の状態が落ち着いたことを確認すると、サイヤは座り込んでいる情報屋の元に歩いていく。
 「お疲れさま~。はいこれ」
 「はぁー。つかれた」
 頑張った頑張った、と何かを渡しながら子供の頭をなでるアマンダの体。ガキあつかいすんなっ、と手を振り払うと、情報屋は前にいる人物からもらった袋の紐を解き、何かを口に入れる。
 頬を変形させながら、
 「つうか、早くアマンダを戻したほうがいいんじゃねーの」
 「そうね~。話はそれからだわ。リューデリア、動ける~」
 「うむ、水晶を使えば問題なかろう」
 しばし待っててくれ、と、男衆たちに伝える魔女たち。二人が天幕の中に入ると、全員その場に腰を下ろした。
 「ふう、やっとゆっくりできるぜ」
 「確かに。ところでヤロ、何しにきたか覚えてる」
 「あん。な、何だっけか」
 ため息の替わりに目をゆっくり閉じたアードルフが、
 「リューデリア殿の説得だ」
 「そ、そうだっ。それそれ」
 「お前、やっぱり忘れてただろ」
 「あんた、すっげー頭わりぃもんな」
 「んだとっ」
 「はいはい、抑えて抑えて。でもさ簡単なんじゃないの。今回はさ」
 楽観的な雰囲気が漂う中、ただ一人だけは今後のどのように展開するのかが目に見えていた。
 穏やかな空気が流れる中、天幕から一瞬、強い光が放たれる。注目を引くには十分だったようで、八個の目は発光元に向けられた。
 しばらくすると、アマンダとリューデリア、そして、見知らぬ女性が歩いてくるではないか。
 「うまくいったみたいだな」
 「当然よ~。リューデリアだも~ん」
 「皆、迷惑をかけてすまなかったな。礼を言う」
 「本当によかったわ」
 「アマンダ様、お体は」
 「大丈夫よ。心配かけたわね」
 「とりあえずさー、中はいろうぜ。コイツらがいることバレたらマズイじゃん」
 口調はともかく、全員が提案に従った。
 ひとまず身を隠した来訪者と魔法を使う者たちは、初顔同士で自己紹介を済ませる。
 ボブへヤーをしている赤髪の魔女、リューデリアは、
 「そなたたちが来た理由は察しておる、が」
 が、とアードルフ。
 「協力は出来ぬな」
 「姉ちゃん、それはねえんじゃねえのか」
 「恩なら他の形で返そう。魔法は戦の道具ではない」
 「ふうん。助けてやったってのに、その態度か」
 イスモッ、とアマンダの声。両手を広げ肩を動かした彼は、それ以上話さなかった。
 「いいのです。わたしたちはこの軍をとめるためにきましたから。今は敵将を教えていただければ今は十分ですわ」
 おいおい、じょ、とヤロの口が止められる。アードルフの手の甲が遮ったのだ。
 「それは情報屋に聞けば良いだろう」
 「へーへー。わかりましたよ」
 「あとは、どういう風にうちとるかですね」
 うん、と何かを納得したアマンダは、リューデリアの手をとり、
 「どうか気になさらないで。たたかいたくないのにたたかう必要はありませんもの」
 「そうか。ではせめて、この天幕を拠点にして欲しい」
 「ありがとうございます。助かりますわ」
 いつも通りの、軟らかい笑顔。アードルフは、コスティが亡くなってから滅多に笑わなくなった幼い主に、幾分かの安心感を覚えた。
 「そうと決まればとっととねるぜ」
 「おいコラ坊主。情報はどうした」
 「つかれてんの。わりぃけど、今の状態じゃあ数日は力、もどらないぜ」
 「マジかよ」
 「武器を振り回しすぎたら疲れるだろう。それと同じだ」
 「兄貴、よく知ってるね」
 「ライティア家にいる魔女に教えてもらったからな」
 「情報屋さん、ありがとう。ゆっくり休んでください」
 アマンダの言葉に驚いたのか、情報屋は彼女を見、しばらく動きが止まる。その間、数秒位だろうか。
 口をへの字に変えると背中を向け、左手を振った情報屋は、天幕の奥へと入っていく。対してアマンダは、逆の方角へと向かい姿を消す。
 外に出たアマンダは、肺一杯に空気を吸うと、深呼吸をした。そして再び中に戻ると、椅子と紙と羽根ペンを借り何かを書き始める。
 不思議に思ったサイヤは、飲み物を手に持ちながら、
 「何してるの~」
 「今後のことをかんがえていますの」
 「紙に書くと考え、まとまるものね~」
 二人の様子を、昔からの知り合いのように様子を見ていたリューデリアは、バツが悪そうにしている。彼女の表情を読み取ったのか、アードルフは、
 「どうしても協力して貰えないのか」
 「何故そなたが言う」
 「アマンダ様の従者だからだ」
 「ならば好きなようにさせれば良かろう。コスティの妹なのだからな」
 「コスティ様をご存じなのか」
 「何度か会っていたのでな。良く、妹の事を話していた」
 最後を消え入りそうな声でいう魔女。息を吐き出し、天幕の奥へと歩いていく。
 そのやり取りを観察していたイスモは、アードルフに近づき、何か考えがあるんじゃない、と話す。
 「まるでお嬢様を試してるみたい」
 「成程、一理ある」
 力を貸すに値するかどうか、もしかしたら、彼女はそれを見定めているのかもしれない。魔女が何を考えているのかは不明だが、どうにしても目の前の危機を乗り越えなければならないのは確かだ。
 「ねえねえ。情報屋の力が戻らないことには何もできないなら、今は休んだほうがいいんじゃないの~」
 「うーん。そうですね、そうします」
 いつのまにか手の動きが止まりかけていたアマンダに、再び声をかけたサイヤは、傭兵たちに少し待ってもらうように話し、彼女を奥へと連れていく。
 しばらくしたのち、寝袋を手にしながら、
 「すぐに用意できたのがこれだったの~。ごめんね~」
 「いや、十分だ。助かる」
 男たちはそれぞれ寝袋を手にし、今出来ることを実行した。
 夜が明け、小鳥のさえずりに目を覚ましたアマンダは、周囲を起こさないように、ゆっくりと起き上がる。そろそろと、足音を消し、外に誰もいないことを確認した後、天幕を揺らした。
 太陽の光と新鮮な空気で体を癒すと、今後のことを考え始める。部隊の壊滅とリューデリアについてだ。
 アマンダの個人的な意見は、リューデリアを巻き込みたくはなかった。だが彼女の、ひいては魔法師たちの協力が得られなければ、アンブロー軍はほぼ確実に負けてしまい、ひいてはライティアにも被害が及ぶのである。
 「せめて、魔法をふうじこめる方法を教えてもらえないかしら」
 「ムリムリ」
 慌てて剣柄をつかみながら振り返るアマンダ。立っていたのは情報屋だった。
 「スキだらけだなー。そんなんじゃ生き残れないぜ」
 「び、びっくりした。いつからそこに」
 「今さっき」
 「そ、そうですか」
 まだ心臓の鼓動が早く、落ち着かないアマンダだが、ゆっくり呼吸をすることで何とか抑えようとする。
 「さっきの話だけど。ひとりの人間ならともかく、大人数の魔法を使えなくさせるなんて物理的にムリだ」
 「やっぱりそうなのね」
 「どーすんだ、あきらめるのか」
 「いえ。もう一度話してみます」
 民を守らなければならないもの、とアマンダ。少し寒いから温かい飲み物を持ってくる、といい、中に戻る。
 残された情報屋は、手を腰にあて、
 「キゾクさま、か。思ったより考えてんだな」
 感心したように、だが、口元は意地悪く動いた。
 日が登りまた沈むこと二回。ようやく情報屋の力が戻り、活動出来るようになった。その間、リューデリアの付き人として戦場に立ったサイヤは、上手く敵兵を誤魔化し、アマンダたちを匿うことに成功。彼女たちの存在とリューデリアが呪縛から解き放たれたことも知られることはなかった。
 ラザンダールから出発してから四日目の夜。
 「この隊をひきいてるのは、ゼッシュ・アーガスト。ただのデブだよ」
 「情報屋さん、それじゃわかりません」
 「たいした力をもってない小物ってコト」
 「確かに聞いたことないね。有力者に取りいってる下級貴族なんじゃないの」
 そのとーり、と情報屋。イスモの受け答えに、ヤロも首を縦に動かす。
 「じゃ、俺はここで」
 「イスモ、お願いします。気をつけて」
 目を見開き、しばらく少女の顔を見る暗殺者。まばたきを数回すると、微笑みながら天幕の外に出た。
 「アマンダ様、我々も」
 「ええ」
 アードルフの言葉に主は頷き、ヤロも右手の拳と左手をパシッと合わせ気合いを入れ、子供は面倒くさそうにため息をつく。
 魔女だけが残った空間には、言葉にならない思考と切なさが残されていた。

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