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瞳の先にあるもの 第57話(無料版)

※書き下ろしなので、誤字脱字や展開など、今後内容が変更される恐れがあります。ご了承下さい。


 アンブロー王国で起きた魔法大戦から一週間。ようやくアマンダの意識が戻ったという知らせは、情報屋の元にも届いていた。かねてより持っていた、というより元からあった情報網はとても広く、早いのである。
 「ここにいたのか」
 凛とした声に視線を向けた子供の視線は、何事もなかったように再び空へと戻る。
 とある広場で大の字にで寝転んでいる情報屋に対し、バスケットを持ったリューデリアは、敷物を出して隣に座った。人の頭程の大きさをした鳥が二匹、木の上から覗き込んだが、主と同じようにそっぽを向いてしまう。
 「しんじらんないよ。四大魔法師のクセに」
 「その事も聞いたのだな」
 腹筋を使って体を起こした情報屋は、差し出されたサンドイッチを、お礼を伝えて頬張る。
 「ねえ。なんであの人たち、戦ったの」
 「皆を守る為と、おそらく魔道具の破壊する為だろうな」
 「魔道具はわかるよ。でも、ようへいたちなんて、赤のタニンじゃん」
 「他人であっても、無為に犠牲になるのは心が痛む。お主は何とも感じないのか」
 「ちょっとは罪悪感かんじる、けど。うーん」
 「どうした」
 「いやさ。アマンダのこと、なんだけど」
 と、口をすぼめる情報屋。食欲はあるようで、追加を希望する。温かいスープを魔法で出したリューデリアは、渡すともうひとつ出現させる。
 彼女の隣に座った子供は、持っていたフルーツと皿を魔法で取り出すと、いくつか間に置いた。
 しばらく、食事をする音だけが続く。
 「アマンダが、どうかしたのか」
 「え、えーっと。なんつうの、かな」
 「何か不思議に思っていることでもあるのようだが」
 「あ、それだ。疑問より不思議なんだよね」
 情報屋は、つっかえたモノが外れたようにスッキリした様子。
 「さっきの話の戻るけど、見ず知らずの人間助けるのってどうしてかなって」
 「そうだな、一言での返答が難しいが」
 リューデリアは言葉を選びながら、子供の性格に合わせる。
 「助けたい対象が広いのだろう。彼女は次期当主でもある」
 「範囲が広い、か。たしかにオレたちとは立場がちがうもんな」
 「そうだな。思考の立場だけでいうなら四大魔法師方と同じかもしれん」
 「同じ……。人の上にたってるってこと? 貴族令嬢だしな」
 「うむ。だから私たちより民を慈しめるのだと思う」
 いかに己を律し人々に尽くすかを考えているそうで、戦略書より難しいらしい。時折アマンダの様子を見に来ていたフィリアは、書物の説明をした後、そっちよりもこの本読みな、とあるおとぎ話を渡したという。
 なお、風の魔女も、時代は違えど軍に属したことがあるそうだ。
 「おとぎ話? なんで」
 「おそらく、小難しい理屈よりも分かりやすいからではないか? 改めて読んだが、人としての心構えの一部が書かれていたと思う」
 目深いフードの下で、おそらく目が点になっているだろう情報屋。数秒間固まると、首を傾げてしまう。
 「そんなタイソーなおとぎ話あったっけ」
 「ふしぎなバケツだ。お主も読んだことあろう」
 「あ~。聞いたことあるかも。よんだ記憶はないから、聞いたのかな」
 「かもしれんな。母君が良く借りておられたぞ」
 「じゃあ、ねる前に聞かされたのかも。借りていい」
 「勿論。私達に遠慮する必要は無い。たまにはゆっくりして行くと良い。父と母も喜ぶ」
 「うーん。そうさせてもらおう、かな。今は動かないほーがいいみたいだし」
 「そうなのか」
 「うん。ちょっと各国ともゴタついてんだよね」
 「ランバルコーヤが政権交代したからか、外では大騒ぎの様だな」
 「だろうね。今のところ、ここにはほとんど影響ないみたいだけど」
 「そうだな。直接的な影響はないだろう」
 「でも、あのクソタトゥがなにやらかすか、わかったモンじゃないよ。油断しないほうがいいって」
 「肝に銘じておこう。そうだ、父上にも進言してはどうだ。あの兄弟と連絡を取り合ってるようなのでな」
 「あ、そうなの。なんだよ、いってくれればいいのに」
 「余計な事に関わらせたくないのだろうな」
 「い、今さら感があるけど」
 「ふふ、最後まで反対していたからな」
 再度口をすぼめる子供。フルーツも食べ終わり、二人は揃ってリューデリアの家路へとつく。
 魔法の国は数百年前に創られた国。とはいっても、アンブローやランバルコーヤの様に国家として成り立っているわけではない。身の危険を感じた魔法師たちが、水の魔法師が大陸から分断させた大地へと寄り添った結果、大勢の人々が住まう場所になったのである。
 それぞれの得意分野を生かし、生活に必要なものを創りながらの生活は、決して楽ではなかったと伝えられているが、精神的な安息を得るには十分だったらしい。
 平和な日常を取り戻した魔法師たちの世代も代わり、戦争は遠い過去の話になりつつあった。
 だが、欲深い一部の貴族がまだ一定数存在していたのもあり、二度と悲劇を起こさない様に各国の代表と誕生した四大魔法師との条約が結ばれた、という歴史がある。
 なお、ライティア家が魔法師と深い繋がりになったのは、戦争が終わる前、つまり世代交代が行われる前。この出来事がきっかけとなり、世界は悪夢から解放されたのである。
 「あれ。こんなに近かったっけ」
 「お主の歩く早さが上がったのではないか」
 「ちゃんとセイチョーしてますんでねっ」
 「その割にはあまり身長が変わっておらぬが」
 「のびてっから、数センチぐらいっ」
 「お前の年頃で数センチは大して変わらんだろうが」
 「おわっ」
 「ただいま、父上」
 「お帰り、二人とも」
 「おお、おどかすなよっ」
 「何だよ。自宅の庭でまき割りしちゃいけねぇってのか。ちびっこ」
 「だれがチビッコだっ」
 斧を作業台にさすと、一般人より盛り上がっている腕で情報屋を羽交い絞めにする。バタバタともがく子供だが、全く解ける気配が無い。
 微笑ましさと呆れ半分半分に、リューデリアは先に家へと入った。
 「妙な事に首突っ込んでないだろうな」
 「な、ないよ」
 「相変わらず素直じゃないか。本当に外で上手くやってんのか心配だぞ」
 「やってるやってる。四大魔法師サマのオスミツキだから」
 「ならいい。しばらくは居るんだろ」
 「うん。ちょっとおとぎ話かりたくて」
 「おとぎ話を? まあ、深いものがあるからな、この国には」
 「読みかえすの」
 「オレはな。悩んでるときとかに読むと、解決の糸口をつかめることがある」
 「へぇ~」
 ドアを開けた男性は、中で掃除していた奥さんと言葉を交わすと、開けたキッチンにある飲み物とグラスを取りに行く。一方、情報屋はリューデリアに教えてもらったおとぎ話のことを聞いた。
 「それなら今リューデリアが探してるわよ。ご飯食べたの」
 「うん。さっきリューデリアと一緒に食べたよ」
 「それだけだと足らないんじゃない。材料あるから使っていいわよ」
 「うーん。サラダでもつくろうかな」
 「お肉も取らないと」
 「オレ、火の魔法ニガテだもん」
 「あ、そうだったわね。掃除が終わったら作ってあげるから」
 「おっ。ついでにオレのも頼むわ」
 「はいはい。なら材料をお願いね」
 「ああ。お前は何が食いたいんだ」
 「イカと鳥のから揚げ」
 「どういう組み合わせだ。まあいいが」
 「まるで飲兵衛みたい」
 「将来楽しみだな。わっはっは」
 「適度に楽しんでちょうだいね」
 「わかってるって。それじゃ貰ってくる」
 と、背中に投げかけた奥さん。情報屋が何かあったのかと尋ねたところ、少し前に酔っ払い共が集まって大騒ぎしたらしい。
 「隣の奥さんが水属性でしょ。お願いして一晩氷付けにして放っておいただけよ」
 カゼひくだろ、それ。
 と、子供。魔力で創造された氷は、詠唱者が思い描いた形に作ることが可能だ。おそらく、呼吸を止めない程度の仕置きがされた、と情報屋はすぐに理解した。
 「あったぞ。これだ」
 「サンキュ」
 「出来上がったら呼ぶから」
 「うん。それまでよんでくる」
 リューデリアから受け取ったおとぎ話の表紙を見ながら、情報屋は奥の部屋へと歩いて行った。
 魔法の国に戻った際に使わせて貰っているこの部屋は、リューデリアの弟と共同で使っていた場所。彼が数年前から行方不明になってしまってからは、ほとんど無人状態になっている。
 だがしっかりと清掃されており、部屋のほうが誰かを待ちわびていたとさえ感じられた。
 来る度に言葉にならない何かがくすぐるのが、不思議でならない情報屋。
 手にしているおとぎ話の表紙には、ふしぎなバケツ、と書かれ、子供受けしそうな可愛らしい絵も描かれていた。
 窓辺に椅子を持って行き、座ってページをめくろうとしたが、数秒程止まる。
 軽く息を吐き出して再度表紙に手を掛けると、今度は少々重く感じながらも何とか開いた。
 だが、読み始めると、あっという間に読み終えてしまう。
 本ってメンドいからあんまし好きじゃなかったけど。
 ゆっくり窓際に置いた情報屋は、リューデリアを探しに部屋を出る。軽食の支度をしていた彼女を見つけると、
 「料理中ごめん。ほかの本を貸してもらえる」
 「構わぬよ。どのジャンルが読みたいのだ」
 「さっきみたいなのが読みたい。もう少し大人むけでもいいかな」
 「分かった。代わって貰えるか」
 「うん。おねがい」
 先に彼女は手を洗い、サラダの盛り付けとから揚げの準備中だったことを伝え、自分の部屋へと戻った。
 「えーっと。なにいれよ」
 とりあえずキッチンにある具材をテキトーに切って入れてみる。どうも見栄えがよろしくないので、色々とちぎったりしてみたが。
 やば。ウサギがたべるようなノになっちった。まあいいか。
 いつからか奥さんが外掃除が終わり覗き込んでいたらしく、驚いた子供。ぶきっちょで可愛いわね、と言われてしまう。
 父親も揚げの材料を手に帰宅し、情報屋と奥さんで準備することになった。
 リューデリアも呼んで軽食を取った後、一家は各々の日常生活に時間を使い始める。
 子供は再度部屋にこもり、おとぎ話を読み漁っていた。
 子供は、慣れない読書を、しかもベッドの上でしたせいか、数時間後に眠気に襲われる。
 ふ、とすると、目の前に見たこともない光景が浮かんでいた。左右には見上げんばかりの滝があり、先には神殿らしき厳かな柱がある。
 どこだここ。こんな場所、世界にあったっけ。
 職業柄、色々な土地を旅しているため、地理には自信があった子供。しかも基本は空を飛んでいるため、より地形を把握出来るのだが。
 周囲に敵意はないし、魔力もかんじない。この水は、しょっぱっ。
 あまりの濃さに思わず距離を取った情報屋。手に当たった水の冷たさも感じる、妙な空間である。
 海の中にある神殿? そんな話、きいたこともない。四大魔法師はしってるのかな。
 ぬかるんでいる足元に気をつけながら、子供は好奇心と警戒心を抱きながら歩いて行く。
 扉にたどり着くと、あまりの巨大さに息を飲まざるを得なかった。渦を三つまとめた模様を頂点とし、全体には彫刻が施されている、巨人でも通れそうな大きさである。
 『ここに、彼らを連れて来なさい』
 「だれだっ」
 『オーディンの名を語る者よ。ここに、彼らを連れて来るのです』
 女性の声と同時に、強風に煽られる情報屋。普段は取れないはずのフードが外れ、頭部が露になる。
 慌てた情報屋は、フードを掴うと急いで顔を隠し、外れてしまったピンを急いで元に戻す。
 ひと息ついた情報屋の耳に届いたのは、相棒の鳴き声だった。いつの間にか来ていた鳥たちは、どうやら柱の上に留まっているよう。
 「彼らって。いったいだれのことを」
 『後日伝えましょう。さあ、早く戻りなさい。見つからないうちに』
 「見つからないって、だれに」
 そう言うと、柔らかい声は聞こえなくなり、視界も光で遮られて行く。
 ガバッと起き上がった情報屋は、首を左右に振った。見慣れた部屋に、手元には読んでいた本がある。
 無意識にフードを触っていた子供は、ちゃんとかぶっていると安堵した様子である。
 今まできいてきた声とはちがう。女神様みたいな感じだった。じゃあ、今までの男の声は、いったい。
 情報屋は本を脇に置きテーブルへと座ると、紙とペン、インクを引き出しから取り出した。

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