見出し画像

第4回 第二章 (『ノラら』堀戸から見た世界 ) ~感情か感性か、僕らの音楽~

『ノラら』
第二章:堀戸から見た世界
第四回



「最近のピールの音楽は好きじゃない
 みたいなこと言ってたの
 吉岡さんですよ」

「そんなこと……言うたなあ。
 せやねんな、そりゃええねんで別に、
 テクノに傾いていくのも
 変化のひとつなんやろうけど。
 本人らは実験的に
 試してるだけとかなんかもしれんけど、
 俺にはそれがなんか
 型に嵌めただけの
 恣意的な音に聞こえるねん。
 湧き出て来るもんを
 音楽にせずにはいられん衝動とか、
 どうしようもなく伝えたいものを
 突き詰めて溢れ出て来たみたいな
 あの1stアルバムが、
 ジプシー音楽からの流れを汲んだ
 オルタナロックっぽい楽曲に
 なってったんやと思うねん。
 あいつらって多分
 『Yenish Mamas Session』とか
 『Romani MANCHESTERS』とか、
 そのへんのアーティストから
 露骨に影響受けたんやと思うねん。
 そういうこと感じ取った上でも、
 あの最初のアルバムとかは
 素直に凄いカッコええなって思ったねん。
 最近出してる曲はどれも
 小手先に惑ってしまってる感が
 否めんというか…。
 もしかしてお前等は
 表現したいことがもう
 なんも無いんとちがうか?って思てん、
 もう枯渇してもてるんとちがうか?って。
 兎に角もう、
 グッとこーへん。
 テクニックで魅せて
 誤魔化してるだけにしか思えへんねん」

一階の食堂を抜けて外へ出ると、
暑さに耐えかねて
陽炎に化けた舗道が
僕等の全身を包み込む。

吉岡さんの横顔を
見詰めていた紗英さんの目は、
いつの間にか
あさっての方角へ飛んでいた。
僕も反射的に
左上前方を振り仰いでみたが、
そこには青々とした桜の枝先が、
薄まる青空の下で
時々揺れているだけだった。

「今のピールの音楽に
 ヨッシーの心が
 反応しなくなっちゃったのは、
 ヨッシーの辿ってる成長過程と
 ピール自身の辿ってる成長過程が
 逸れちゃったからとかじゃなくて?」

紗英さんが吉岡さんを振り返りながら、
さっきの話を繋いでいく。

「一般的な部類の音楽の枠ってものが
 あるとして、
 そこからスライドさせたような
 あの逸脱気味のセンスや
 技巧とかに私は惹かれたかな、
 純粋に。
 完全に技巧に走り切ることも
 結局は難しいことだろうから、
 そこには心から湧き出るものも
 混じってはいるんじゃないかな。
 抑制されてはいるかもしれないけど、
 そこに物足りなさを感じるよりも
 クールさを感じる。
 心地いいと感じる。
 初めて堀ドンから借りて聴いた
 ピールのカセットが
 最近のアルバムだったってのも
 影響してるかもしれないけど、
 実際わたしは後で聴いた初期の曲より
 最近の曲のほうに惹かれたよね。
 あの借りたアルバムの三曲目なんて、
 思考停止させられちゃって、
 トランス状態って
 このことを言うんじゃないかと思ったよ。
 ほら、『考えるな!感じろ』って
 言うじゃん…
 とにかくビジネス的にも
 ピールの思惑は成功してるんだと思うよ。
 従来のファン受けを狙って
 同じ曲調ばっかりやってたなら
 私みたいな新たな層のファンは
 獲得できなかっただろうし。
 ピールがそんなことわざわざ
 狙ってやったとも思えないけどね」

急に立ち止まった紗英さんは、
両腕を前方にくの字に曲げて
空手の構えのようなポーズをして見せた。
アチョーと、言っている。
吉岡さんが、
ブルースリーの名台詞やなあと言って、
同じようにアチョーと
型を取ってふざけている。

「いくら真似しようとしても、
 真似しきれないんだもんなあ」

両腕を構えたまま、
今度は左足を地面と水平に
前方へ蹴り出してみせる。
太陽の順光に照らし出された
ひと房の栗毛が
紗英さんの背中で軽快に揺れた。

「中学生の頃に
 ローマの休日に出てた
 オードリーヘップバーンに憧れてさ、
 ロングだった髪を
 ショートにしたんだよね。
 自分もクセ毛だから
 あんな風にくるんとまとまった
 キュートヘアになれると思ってたのに、
 いざ鏡みると
 両サイドの短髪が
 横にボンと拡がっちゃって
 エスパー魔美みたいに
 なっちゃったんだよね。
 髪質の問題もあるけど、
 結局顔立ちも彼女とは正反対の
 ぼやけた日本人顔だし、
 そのころバスケやってたから
 肩も腰も張って来てて、
 オードリーとは似ても似つかない
 容姿だったし。
 だんだんクセ毛自体が
 嫌になって来てさ、
 美容院で縮毛矯正かけたの。
 それから十年近くかけ続けることに
 なっちゃったんだけど、
 なんかストレートな髪の自分が
 自分じゃないみたいな感覚が
 ずーっとあって、
 ようやく最近縮毛矯正あてるの
 止めたんだけど。
 この顔にはこのクセ毛だわって。
 ちょっと話がずれちゃったけど、
 どんなカテゴリーにも
 真似て初めて分かることは
 あるのかなと思う。
 ダンスだって音楽だって、
 やり出したキッカケは
 憧れの対象との出会いが
 あったからなはずだし。
 まずはそれを
 真似せずには居られない衝動こそ
 尊いなあって思っちゃう。
 そこから何者かを知るための
 四苦八苦が始まるんだろうけど。
 …と偉そうに言ってみる」

ひたすら空手の真似事をしながら
歩く紗英さんに向って、
吉岡さんが「なるほどなあ」と
ぼんやり返答する。

「音楽ってそういう人達が
 脈々と作ってきたもん
 なんやもんなあ。
 好きになった曲が
 どんな人間によって作られたのかって
 大分気になるとこやわな。
 アーティストを好きになる
 トリガー的な曲に出合えることって
 俺には滅多にないけど。
 圧倒的に曲だけを好きになることのほうが
 多いからなあ。
 その曲つくった作者の
 他の作品聴いてもいまいち
 ピンと来んことのほうが多いから。
 まあそれなりに
 いいなと思った作者のリリース情報には
 注意払うけど、
 暇つぶしに調べてみる程度の
 欲求でしかないわな」

吉岡さんの呟きが終わった頃に丁度、
僕等の働いている棟の
エントランスへ辿り着く。
直ぐ右横にある階段から
流れ出てくる僅かな冷気が
茹(う)だりかけの三人を正気に戻す。


「堀戸はなんでピールが好きになったん?
 結構珍しいやん?」

ピールの音楽が珍しいのか、
ピールを聴いている僕が珍しいのか、
どちらでも問題ないのか。

「てか堀戸の場合、
 俺とは違って曲の向こうに
 どんなアーティストがおるんかとか
 別に気にしてないんやろ?
 きっと音楽の自動生成AIが
 今よりもう少しマシな歌を
 作れるようになったら、
 取り敢えずそれ買ってみるタイプやろ。
 俺は多分そういうの無理やねんな。
 AIでつくられた曲の
 一体何を聴き摂ればええねん。
 一曲聞きが
 多くなってしまったとはいえ、
 やっぱりそれなりに
 曲に潜んでる作者が
 何者であるのかを聴き摂って、
 そこと繋がって
 感化されてるふしはあるからなあ」

エントランス奥に
エレベーターがあるのだけれど、
それは工場のリフト用途
もしくはお客様用途にしか
使ってはいけないので、
手前にある階段で三階まで上る。
吉岡さんの僕に向けての
何とはなしの問いに
答えようとしていたが、
三階に着くと吉岡さんは
そそくさと喫煙所へ向かってしまった。
紗英さんは
着替えをしに更衣室に行ってしまった。

僕だけが呆気なく
技術開発部前に到着し、
その部屋の扉を開けた瞬間、
薄暗い室内へと同化していく。
節電対策の一環で
昼休みはあらゆる蛍光灯が
消灯されるため、
部屋はひんやりと静まり返ってみえる。

みんな実験室と事務所の
そこかしこで昼寝を謳歌している。
僕は実験室中央南側にある水道で
両手を洗い終えると、
自席に戻って
リュックからカセットの
ポータブルプレーヤーを取り出し
ヘッドホンを装着する。
再生すると
四曲目Remeadowの序奏が
曲中途から始まった。

さっきの問いを考えながら、
僕は目を瞑り背もたれに体を預けた。
いや、考えてなどいない、
結局ぼうっとしているだけだ。
Remeadowの世界を漂いながら、
自動生成してくれるAIを
買ってもいいかもなと思ってみる。
ただ、そこから生まれる音楽の中で、
僕の探している探し物を探したりは
しないんだろうなと
まどろっこしいことも思う。

カフェに流れている音楽を
頭の片隅で聞き流すように
それらを聞くのかもしれない。


僕はRemeadowを聞きながら、
微睡みかけた脳内で、
月面を歩いている僕を見ていた。


——僕は、宇宙服に包まれて
 月面を前進しようとしている。
 非常にスローな動作で
 我ながらもどかしい。
 西へ進めと
 地球で微睡み中の僕が
 指示を出してくるから、
 月に居る僕は、
 律義にも西へ進もうと努力する、
 月に西なんてあるのかと思いながら——

僕が今聴いているカセットの中で、
僕が今まで聴いてきた音楽の中で、
一体僕は何か
探し物なんて
していたことが
あるのだろうか。
作者は作者以外であるはずがない、
と僕は理解している。
なのに、
好きな曲の何処をとっても
何故僕自身を
感じることができるのだろう。
四曲目が終わって
五曲目の常動曲が
幼稚園の発表会のように
静かなピアノで始まった。
この曲がElijionの作品ではなく
AIが作っていたとしても、
今と微分変わらず
背もたれにもたれて
この曲を聴いているだろう。

——僕は月面でいつの間にか
 マイケル・ジャクソンのように
 振舞っていた。
 ここでなら思う存分踊れるだろう。
 全身を前進に傾斜して、
 ムーンウォークがスローモーションする。
 進んでも進んでも後退していく。
 月にもスマウォをしてきたせいだろうか、
 月なんかにまで、
 僕はわざわざ
 地球の時間を
 持ち込んでしまったみたいだ。
 未来にも現在にも過去にも、
 この音楽が流れていたような気がする——

月にいる僕からは、
地球の僕が未来のカフェで
紅茶を飲んでいるのが見える。
過去の家では
水を飲んでいるのが見える。
どっちの僕も室内にかかった音楽を、
無表情で聴いている。

なんだ、
僕はどんな音楽でも関係ないんだな。
その音楽を選んだ偶然は、
必然的傾向にあるというだけのことだ。

——一向に進まない
 ムーンウォークのせいで、
 折角月にワープしていた僕は、
 どんどん地球に巻き戻されて行った——


昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、
フロア内の全蛍光灯のスイッチが入れられ、
室内が一気に明るくなる。
夢から醒めた室内のそこかしこで、
仕事を抱えた従業員達は
仕事の続きをするために立ち上がり
動き始める。
そんな現実の中で、
僕は少し
ムーンウォークしてみたい衝動に
駆られたが、
そういえば
僕は踊れないのだと気付いてやめた。



【YouTubeで見る】第4回 (『ノラら』堀戸から見た世界)


【noteで読む】第3回 (『ノラら』堀戸から見た世界)

【noteで読む】第5回 (『ノラら』堀戸から見た世界)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?