碧
その日に思いついた話題を気ままにつぶやきます。流し読みにぜひ。
私の思い出とともに、体験した不思議な話を書き綴っていきます。気軽に読んでいただければ幸いです。
とてもとても長い間が空いてしまいました。 私生活がとても忙しくなったのが大きな原因です。 じゃあnoteなんかやらなきゃよかったじゃんと思うかもしれません。 一緒に活動していた方達には申し訳ない気持ちでいっぱいです。 でも私はそれでも自分の思っていることをできるだけたくさんの人に伝えたい。そう思っています。 しかし私は発信し続けたいです。とても効率が良いとは言えませんが、何かを発信し続けていきたいと思います。 次はいつになるかわかりませんが、また読んでくれると嬉しいです
Who cares if one more light gose out ? In a sky of a million stars It frickers , frickers Who cares when someone's time runs out ? If a moment is all we are We're quicker , quicker Who cares if one more light gose out ? Well I do
お久しぶりです。しっかり毎日生き抜いております。そして明日も生き抜きます。お互いに頑張りましょう。いや、頑張らなくてもいいので、毎日を生き抜きましょう。落ち着いたらまた何か投稿します。ぜひまたその時に。
久しぶりの投稿になってしまいました。今回は少しテイストを変えてみました。その時々の気持ちで表現の仕方が変わるのってワクワクして楽しいですね。またボチボチ更新していきます。
ありがとう!どうも!サンキュー!助かるよ!素晴らしい!いいセンスだ! 最高だね!さすが!信じられない!すごい!そうなんだ!綺麗!かっこいい! いろんな言葉がある中で、周りに良い影響を与える言葉が私は好きだ。 いろんな伝え方がある中で、笑顔で触れ合うことが私は好きだ。 いろんな人がいるこの世の中で、愛が溢れている人が私は好きだ。 人として生きていくには、誰かと触れ合うことは避けられない。 それが楽しい人もいる。それが苦しい人もいる。 でもどうせそれが避けられないなら
旅行に行った時にとても良くしてくれた店のおばちゃん。旅館のおじちゃん。昔、お世話になったけど、今は会うことがなくなった先輩や先生方、後輩、仲の良かった友達。今どうしているんだろう。そう考えたことはみなさんありますか。 私はふとそういたことに思いを馳せます。その時、イメージされるその人たちの姿は当然、その当時のままの姿ですよね。私までも、当時のままの気持ちを今でも持っています。今は当時と比べ変わっているのに。思い出される光景や感情、匂いなどは全て当時のまま頭の中に残ってい
中1の時に自己紹介シートみたいなものを書きました。その項目の中に、好きな数字を書く欄がありました。 私が書いた数字、それは・・・・ 13 正直今思えばなぜその数字を書いたかは覚えていません。でも、その時は13という数字がパッとでてきたんです。そして自己紹介の時に発表しました。好きな数字は13です、理由は特にありません、そう感じました、と。その時のクラスの反応はちょっと不思議な雰囲気になりました。 いや、好きな数字に理由を持つって難しいし、思いつかなかったからな
皆さんは日本語に魂が宿る、つまり言霊という概念を信じていますか。私は信じています。信じている人、信じていない人、聞いたことあるけどよくわからない人、色んな捉え方があると思います。そこで、軽く言霊の紹介を踏まえて、私なりの見解を書いていこうと思います。 言霊(ことだま) 言葉に内在する霊力 普通にGoogle先生に聞くと知ることができます。調べると、他の事もわかってきます。 万葉集の中にある歌集において「事」と「言」が同一概念として使用されていた。原因は漢字が導入
久々の更新になってしまいました。実はここ数日新しい活動を始めようと思っていまして、その準備等々していました。 今後ですが、ここnoteにて文章を書いていくかつどうと、spoonというアプリで音声を投稿していくことに決めました。今のところどちらも活動を始めたばかりですが、頑張って2つとも更新していこうと思います。 そのspoonのアカウントは、@aoimystery です。もし気になる方がいれば検索、フォローをお願いします。そこでは自分の滑舌を鍛えるために、朗読をして
荷物持ちじゃんけん、校庭で遊んだボール片付けじゃんけん、ジュースおごりじゃんけん、残ったお菓子争奪じゃんけん大会、いろいろなじゃんけんを皆さんもしたことがあると思います。今回はそんなじゃんけんにまつわるお話です。 私も幾度となくじゃんけんをしてきました。勝率なんて考えてませんが、たぶん五分五分くらいじゃないかと思います。 これから先に皆さんに読んでいただく内容は、またしてもぶっとんだ内容です。頭を柔らかくして、またおかしなことを言ってるぞくらいで大丈夫です。 実
何を言ってるのかわからないかもしれませんが、私は一人一人が持つオーラのようなモノを感じ取ってるような瞬間があります。私自身曖昧な感覚で、それを皆さんに伝えようとしている時点でとても不安定な記事となっていることをご了承ください。 なんとなくソレを感じ始めたのは、小学生の頃です。クラスにいる人の中で、話したこともないのに、この人とは波長が合う気がする!とか、この人とはもしかしたらうまくいかないかもしれない・・・。みたいな感覚があったんです。 いやいやそれは自分の思い込み
小学生時代を経て、一つ大人へ近づいた私ですが、学力は皆無でした。結局小学生の頃に勉強をしなかった癖が、人の話を聞かなかった癖が、中学生時代の最初に影響を及ぼします。 中学1年生になると、お迎えテストという謎のテストを受験させられます。ここで私は出鼻を挫かれます。小学生のテストはぶっちゃけ誰でも100点取れるような簡単なテストでした。なので勉強しなくてもテストで点数は取れると思っていました。しかし、この中学生のテストで自分の謎の自信は砕かれました。 私が通っていた中学
登校拒否の1年生を経て、2年生になった私は友達と呼べる人も増え、学校生活に馴染んできました。話せるクラスメイトも増えると、楽しくなってきて勉強も楽しくやるようになってきました。2年生は九九を暗記するのが勉強における大きめのイベントになると思いますが、私は1番に覚えたいと思い必死に家でも練習しました。残念ながら完全暗記したのは2番目でしたが、すごく楽しく勉強に取り組むことができました。 そして3年生になると、父親の影響でサッカー少年団を始めました。元々ちゃらんぽらんでふざ
ここからは具体的に思い出を綴っていきたいと思います。 私の小学生時代ははっきり言って優秀な生徒とは呼ぶことはできませんでした。宿題は言われてもやらないし、一人一人作るポスターや新聞なんかもみんなが作り終わってから作るような生徒でした。恐らく先生たちからすれば、相手にもしたくない。そんな生徒だったかもしれません。 幼稚園の時はすごい人見知りでなんでも先生や親の言う通りにしていた私ですが、なぜ小学生になってそのように人の話を聞かない人になってしまったのか。自分でも不思議
これもまた2歳〜4歳の頃のお話です。すごく短いお話になります。 私は昔、線路に程近い家に住んでいたことがあります。面倒くさいですが、出かける際は必ず線路を通らなければならないような立地でした。その線路は一直線になっていて、踏切に立つと遥か先までまっすぐ見通すことができます。 ある日家族で出かける時、私は車の助手席側の後部座席に乗り込みました。当然その踏切を通ります。でもその時は違ったのです。踏切に入った瞬間、あたりはスローモーションのようになり、左側の窓から一直線に
その夢を初めてみたのは、幼稚園年中のころだったかと思います。その夢というのは、熱を出して寝込んだ時に今後も必ず見る夢となります。 その夢はとても恐ろしく、無数の縦に伸びた黒い線が断ち切られる夢です。その後黒くてぐちゃぐちゃした丸くもなく、四角くもない物体に追いかけられるというか、巨大になりすぎて取り返しがつかないような、とても不安になるシーンへと繋がります。(この夢がなんとも表現し難いので、伝わりづらくてすみません。) その夢は必ず私を不安にさせ、孤独感を与えていき