今朝のできごと -ささみ随想-

7時半をまわってやっと起き出してきた息子が、鼻をつまみながら階段を降りてきた。私はキッチンで犬の為の”ささみ”を茹でていたところだ。
息子は怪訝な顔でこちらに近づいて来る。

「おはよう。」と声をかけたけれど返事はない。代わりに、
「何、この匂い。」と相変わらず鼻をつまんだまま鍋の中を覗き込む。
「ささみ茹でてんの。N(犬の名前)のだよ。」
「う~。この匂いいやだぁ~。」
そう言って大げさにソファに倒れ込んだ。

「そう?そんなに匂ってる?」
確かに、犬のNは好物が茹でられているのが分かっているからか、さっきから私の足元をウロウロしている。あまり犬的嗅覚を発揮しないNだけれど、これは分かるみたいだ。犬っぽくてよろしい。
でも、それほど鼻をひんむくような匂いかしら。

茹で上がりで火を落とし、あとは余熱で中まで火を通すのでそのまま放置しておく。その鍋の上に立ち上がっている湯気をスンと吸い込んでみる。
まぁ、多少じとっと獣っぽいのかな。
でもソファでひっくり返るほどではあるまいて。そう思って苦笑する。
息子は匂いに敏感なのだ。

***

まだ三半規管が整っていない為か、息子はよく車酔いをする。この前の週末もスーパー帰りのほんの10分の距離で「気持ちが悪いから窓を開けたい」と言い出し、雨の中顔だけ出してビショビショになりながら帰って来たのだ。

息子の場合は三半規管というより、匂いの方が気になるのだと思う。
今は大きくなって代替わりしたけれど、昔使っていたチャイルドシートは描写を控えたい程何度も吐いたもので汚してしまっていた。その度に洗って乾かしても多少匂いは残ってしまう。金輪際車には乗りませんという訳にもいかず、我慢もさせたので可哀想な事をした。大人でもその匂いは嫌だもの。

酔い止めを飲めるようになってからは随分それもなくなって、最近は薬に頼らなくても大丈夫な時も出てきた。近所の行き来ではほとんど使わないようになっていたけれど、油断すると時々こういう不意打ちを食らうことになる。

運転する夫は別の意味でも悲しそうである。
なぜなら、息子が友達のお父さんが運転する車には喜んで乗り込むのを知っているからだ。自分の苦々しい匂いの記憶と結びつかない車であれば、案外平気の体なのだ。息子といえば、友達と同乗できる喜びでテンションがあがって、歌ったり、おしゃべりしたりで酔う暇もないぐらいなのだから。

我が家の車は義理の父母と共有して乗らせてもらっているのだけれど、夫が独身時代から大事に乗っているものである。結婚してから、私・犬・息子と家族が増えても、大きな故障もせずずっと我が家の足になって走ってくれた。幾度かは私の郷里までの超ロングドライブも果たしたので、思い入れも深いのだ。

画像1

息子の中で、うちの車だけがなんだか”嫌なかんじ”になっているのが夫は悲しいのだった。

それでも、うちの車と同じエンブレムのディーラーの前を通ると嬉しそうに「あ!ヘビとバツ※あった!!」と嬉しそうに教えてくれる。
※この表現を私達夫婦は気に入っている。
小さい頃にディズニーのカーズに夢中になって、保育園の卒園式では将来なりたいものが「カーレーサー」だと胸をはって宣言した息子である。
(因みに2年生の今ではプロサッカー選手も加わり二択になった。)

***

ソファで鼻をつまんだままテレビを見ている息子にドシンとなだれ込んで、「そんなんでカーレーサーになんかなられへんよ~!」と言いながら激しくこしょこしょしてやった。
「や~め~て~」「ひぃ~!」
笑い声が響きわたる。

犬はキッチンで茹で上がった”ささみ”を待っている。
ジッと。



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