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あなたが泣くのはどんなとき?

歳の近い同僚二人と世間話をしていて、「どういう作品が泣けるか」という話になった。

一人の同僚が、動物が出てくる映画を観ると絶対泣くと言った。「A Dog's Purpose」(邦題「僕のワンダフル・ライフ」)という犬の映画は涙無しに観られないから絶対に観た方がいいと彼は熱く語っていた。

もう一人の同僚は、大人になった今でも「ポケモン」のアニメを観ると泣くと言った。なんでも、ポケモンが進化するシーンが泣けるのだとか。彼は、ポケモンがご主人様のために頑張って進化しようとするその奉仕精神に感動するらしい。


僕の場合はなんだろうと思ったのだが、よく考えれば、どんな作品でも、感動的なシーンがあれば決まって泣いている。なんなら、感動的なシーンがないのに気がつけば泣いていることもある。

涙もろいのだ。特に直近数年間は、涙腺の蛇口が開いたままな気がする。

ドラマでいうと、昨年観た「愛の不時着」は毎話のように号泣しながら観ていたし、2年前に観た「ゲーム・オブ・スローンズ」は喜怒哀楽の感情がごちゃ混ぜになりつつ涙を拭きながら観ていた。

重松清の小説「とんび」で大泣きしたのは、先日の記事でも書いた通り。

10年近く前のことだが、新卒で今の会社に入社して間もない頃、映画館で「ドラえもん」の映画を観たことがあった。その映画の冒頭で、何をやってもうまくいかないのび太を目にして、僕は泣いた。
新入社員時代、思うようにいかないことだらけで落ち込んでいたタイミングだったので、「このダメダメ少年、ひょっとして、おれか?」と、のび太に共感してしまったのである。のび太に自分を投影する日がこようとは思ってもみなかった。

10代の頃、僕は殆ど泣かなかった。
ドキュメンタリー番組で泣いている母を横目に見て、「なんでおかんは泣いてるんだろう」と不思議にすら思っていた。

それが、新入社員時代にドラえもんの映画で泣いてからは、タガが外れたように、泣きまくっている。アラサーになった今の僕の涙腺は、泣いている人を見るだけでも、自動的にもらい泣きする仕様になっている。


最近では、飛行機の中で「花束みたいな恋をした」という菅田将暉と有村架純の邦画を観て泣いた。同棲する恋人同士のすれ違いの日々に、「こういうズレ、あるよね。わかるよ」と思いながら涙した。
この映画は、10代の頃だったら決して共感できなかったと思う。

一つの作品で一番泣かされたものを考えると、漫画「ONE PIECE」を挙げることになる。ONE PIECEで泣いた数は、間違いなく100回は超えている。
ONE PIECEは、全巻10周以上読み返しているが、何回読んでも絶対泣くというポイントがいくつもある。


いろんな作品を挙げてきたが、過去に泣いた作品を思い返してみると、自分はどういうものに泣かされているのか、何に感動しているのか、冒頭に紹介した同僚二人のようにわかりやすくまとめることができないと思った。

家族や恋人、仲間同士の絆に感動するのかといえばそれもそうだが、それだけでは決してなくて、誰かが努力して達成した何かも、誰かがうまくいかなくて苦しんでいる何かも、誰かの幸せも誰かの不幸も、なんだって僕は涙してしまう。

全然知らない赤の他人の結婚式でも、僕は泣ける自信がある。
その人の生い立ちやその人がこれまでの人生で苦労してきたであろうことから、果てはその人に寄り添ってきた家族や友人の心境まで勝手に想像して、「よくぞここまできた。あっぱれ」という気持ちで、涙をこぼすのだ。


冒頭の同僚との会話では、「ぼくはなんでも泣く」と答えておいた。
同僚が紹介していた犬の映画やポケモンの進化シーン、きっと僕も泣いてしまうだろう。
いや、ポケモンはファンタジー要素が強過ぎるので、泣けるかどうか怪しい気もする。というか、ポケモンのアニメと聞くとどうしても1990年代後半の「ポリゴンショック」事件が想起されてしまう。まあそれでも、大人になった今改めて観てみたら、同僚が言う通り泣けるような気もする。よし、同僚が感動的だと力説するポケモンの進化シーン、観てみようではないか。


この記事を書いていて、周りのみんなはどういう作品に触れたときに泣くのかが気になった。

あなたが泣くのは、どんなとき?


おわり

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