「会社員を辞めて、アイドルになろうと思う」

髪を金色にしてアイドルをしているなんて、うそみたいだ。

大学を出て、いい会社に勤めて、安定した収入を得て、親を安心させる。そういう選択をするのが人生の「正解」だと、ずっと思っていた。
そう言われて生きてきたから。宇都宮でかけられたこの呪縛は簡単に解けることはなかった。

高校3年の夏、御茶ノ水に憧れて、東京にこれからの夢をぜんぶ詰め込んだ。
EとかDとか、可能性を表すアルファベットに振り回されたり、塾の受講費を計算して泣きながらイディオムを覚えた。
合格祈願のお守りを握りしめて、春には紫紺の色した自由を手に入れた。

大学4年の春、内定獲得競争では最下位をひた走っていた。
7月になっても、心も体もリクルートスーツに閉じ込められたままだった。
内定もないまま卒業旅行の計画なんてさせないでよ、って、何も悪くないグアムを恨んだ。
最下位で切ったゴールテープの先には、何より望んだ"安定した収入"が待っていた。

ずっと心のどこかに閉じ込めていたアイドルになりたいという夢と、宇都宮の呪縛を、「環杏」に変えた。回せ!グルーヴ開発部という最高のアイドルグループは完全セルフプロデュースだった。会社員をしながら、アイドルと、アイドル運営をしていた。寝るよりも食べるよりも休むよりも、歌うと踊るをしたかったから。ステージに立つしあわせを知ってしまったから。
「お世話になっております、環です。」を打つスピードはどんどん速くなった。
呪縛の苦みはいい隠し味になったけど、結局呪縛のままだった。
回せ!グルーヴ開発部の終わりが、世界の終わりみたいに感じた。

わたしの世界が終わった後も、会社員をつづけた。
だって、「大学を出て、いい会社に勤めて、安定した収入を得て、親を安心させる。そういう選択をするのが人生の「正解」だと、ずっと思っていた」から。


去年の夏、黒髪の、笑顔が素敵な人に会った。
たくさん悩んで、たくさん泣いて、心に問いかけて、宇都宮の呪縛とはもうさよならをしようと決めた。
その人の思い描く世界を創るために、その人と夢を叶えるために、
「やるからには全力でアイドルを全うさせていただきますのでよろしくお願いします」という一文を打ち込んで、送信ボタンを押した。

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