あんせむ

新参です、よろしくお願いします。 ご縁がありますように。

あんせむ

新参です、よろしくお願いします。 ご縁がありますように。

マガジン

  • あと、半年。(縦読みver.)

    『あと、半年。』縦読みver.です。 各記事、1番下の画像を開き、右へ順にスワイプしてお読みください。

  • あと、半年。

記事一覧

薄青のグラス。(3)

 「ちょっと〜!起きて〜!」  「ん……」  身体を揺すられめ目を覚ました。ほぼ同時にアラームが鳴り響き、俺はまだ開ききらない目で必死にそれを止めた。好きだったは…

あんせむ
2週間前
6

薄青のグラス。(2)

 あれから一晩をオフィスで過ごし、次の日には家に帰ることができた。さらに翌日はちょうど休みだった。今週は保乃と出かけてみようかな。いや、絶対出かけよう。昨日感じ…

あんせむ
1か月前
17

薄青のグラス。(1)

 「ああクソ…こんなの終わらねえよ…」  山積みのファイルの隙間からスマホを探し出す。照明がほとんど落とされたオフィスに、ぼうっと明るい画面が浮かぶ。22時40分。…

あんせむ
1か月前
18
+7

あと、半年。(⑦ 縦読みver.)

あんせむ
2か月前
3
+26

あと、半年。(⑤〜⑥ 縦読みver.)

あんせむ
2か月前
3
+19

あと、半年。(①〜④ 縦読みver. )

あんせむ
2か月前
2

あと、半年。(7)

 6月。  今日は久しぶりに、人と会う約束をしている。  靴の紐を締めて、彼女に向いて別れを言う。  「いってきます」  すっかり梅雨も明けて、じりじりと夏らしい…

あんせむ
2か月前
9

あと、半年。(6)

 1月。  新たな年に浮かれた街の空気がしんと消え、ピンと張った空気が肌に痛い日だった。  「玲」  俺が手を握ると、彼女は辛そうな顔を笑顔で誤魔化しながら、こ…

あんせむ
2か月前
6

あと、半年。(5)

 12月。  緩和治療のおかげもあって、彼女はあれから思いのほか元気に過ごしていた。体調が良い日には外出もできた。俺は毎晩彼女に会いに行き、日中も時間を見つけては…

あんせむ
2か月前
7

あと、半年。(4)

 11月。  差し込む朝日の光で目を覚ました。  「おはよ…」  彼女の前髪を優しく分ける。  「…んん……」  彼女は目を閉じたまま眉を顰める。彼女は顔色が悪く、辛…

あんせむ
2か月前
8

あと、半年。(3)

10月。  そこかしこの山が鮮やかに色づき始める頃。2人で少しだけフェリーに乗って、小旅行に来た。  「ついた〜」  フェリー乗り場を軽やかに歩きながら彼女が言う。…

あんせむ
2か月前
8

あと、半年。(2)

 9月。  晩夏とはいえ、まだまだ暑い。道ゆく人は浴衣に甚平、汗の滲んだTシャツ。やはり花火大会は賑やかだ。  「まだ花火大会あったんだな」  「ほかにもあったけど…

あんせむ
2か月前
8

あと、半年。(1)

 あと半年。  「…だから、今のうちにいっぱいやりたいことしたいなーって思って」  「……」  俺は彼女の目を見て頷くのがやっとだった。その時は蝉が騒がしく鳴いて…

あんせむ
2か月前
15
薄青のグラス。(3)

薄青のグラス。(3)

 「ちょっと〜!起きて〜!」
 「ん……」
 身体を揺すられめ目を覚ました。ほぼ同時にアラームが鳴り響き、俺はまだ開ききらない目で必死にそれを止めた。好きだったはずの曲なのに、変に血圧が上がる。
 「あう……」
 時計を見ると、出発予定の30分前。
 「やべ…」
 「もう、用意遅いんやからはよして!朝ごはんのパン置いてるから!」
 「お、おう…」
 俺は眠い目をこじ開けるように、上がった血圧の勢い

もっとみる
薄青のグラス。(2)

薄青のグラス。(2)

 あれから一晩をオフィスで過ごし、次の日には家に帰ることができた。さらに翌日はちょうど休みだった。今週は保乃と出かけてみようかな。いや、絶対出かけよう。昨日感じた嫌な空気を払拭しておきたい。

 「ただいま…」
 「あー!おかえり〜!」
 保乃はソファから立ち上がって、俺を出迎えに来てくれた。靴を脱ぐ俺に、「ん」と両手を広げて待っている。俺は靴を脱いで、保乃の胸に飛び込んだ。
 「はぁ〜…」
 保

もっとみる
薄青のグラス。(1)

薄青のグラス。(1)

 「ああクソ…こんなの終わらねえよ…」
 山積みのファイルの隙間からスマホを探し出す。照明がほとんど落とされたオフィスに、ぼうっと明るい画面が浮かぶ。22時40分。今日も帰れないだろう。

 大学を卒業し、就職して3年目。任される仕事も増えた。ここ最近は繁忙期で、彼女との時間はおろか、ろくな食事すらとれていない。それでも、大切な彼女のためと思ってなんとか毎日生きている。

 「あ…」
 俺は溜まっ

もっとみる
あと、半年。(7)

あと、半年。(7)

 6月。

 今日は久しぶりに、人と会う約束をしている。
 靴の紐を締めて、彼女に向いて別れを言う。

 「いってきます」

 すっかり梅雨も明けて、じりじりと夏らしい陽が顔を覗かせるようになった。今日も高く青い空に、白い雲がぽつぽつ。やや暑い日差しが心地よい日だった。

 「久しぶり〜、元気してた?」
 彼女は、森田ひかる。玲の親友だった。玲がいなくなってから、何も手につかなくなった俺を助けてく

もっとみる
あと、半年。(6)

あと、半年。(6)

 1月。

 新たな年に浮かれた街の空気がしんと消え、ピンと張った空気が肌に痛い日だった。

 「玲」

 俺が手を握ると、彼女は辛そうな顔を笑顔で誤魔化しながら、こっちを向いた。
 
 「ん……」
 彼女は指で俺の手の甲を触って、手を握り返してきた。

 「寂しくなかった…?」
 
 「大丈夫…」
 彼女は微笑んで言う。

 「これ…こないだの写真」
 俺は河原で撮った写真をポケットから取り出し

もっとみる
あと、半年。(5)

あと、半年。(5)

 12月。

 緩和治療のおかげもあって、彼女はあれから思いのほか元気に過ごしていた。体調が良い日には外出もできた。俺は毎晩彼女に会いに行き、日中も時間を見つけては彼女のところへ通った。休みの日は泊まり込み、朝から晩まで一日中一緒に過ごした。なにより、彼女といられる時間を1秒も逃したくなかった。

 「今日天気いいなー」
 「うん、気持ちい〜…」
 病院近くの川沿いの遊歩道を歩く。つんと冷たく乾い

もっとみる
あと、半年。(4)

あと、半年。(4)

 11月。

 差し込む朝日の光で目を覚ました。
 「おはよ…」
 彼女の前髪を優しく分ける。
 「…んん……」
 彼女は目を閉じたまま眉を顰める。彼女は顔色が悪く、辛そうな顔をしていた。

 「………痛い…?」
 「……」
 枕に顔を伏せて彼女は頷いた。俺は彼女の頭をそっと撫でる。
 「…じゃあ、今日はお家にいよっか…?」
 今日は隣の県の温泉に行く予定だった。宿もとってあるし、いろいろ行く場所

もっとみる
あと、半年。(3)

あと、半年。(3)

10月。

 そこかしこの山が鮮やかに色づき始める頃。2人で少しだけフェリーに乗って、小旅行に来た。

 「ついた〜」
 フェリー乗り場を軽やかに歩きながら彼女が言う。
 「あ!鹿!かわい〜」
 鹿と戯れる彼女を見て、俺はカメラを構えた。パシャリとシャッターを切る。
 「かーわいい……」
 俺は撮った写真を見てつい呟いた。
 「えへへ…私が?」
 彼女が口元を覆って照れたように聞く。
 「んー…?

もっとみる
あと、半年。(2)

あと、半年。(2)

 9月。

 晩夏とはいえ、まだまだ暑い。道ゆく人は浴衣に甚平、汗の滲んだTシャツ。やはり花火大会は賑やかだ。
 「まだ花火大会あったんだな」
 「ほかにもあったけど、どこも今日が今年ラストらしいよ?」
 白い花柄の浴衣に身を包んだ彼女が、俺の手を握ったままこちらを見上げる。
 「そりゃラッキー」
 ベビーカステラの甘い匂いに、すれ違う人の持つビールの匂い。少し遠くから聞こえるお囃子と客寄せの大き

もっとみる
あと、半年。(1)

あと、半年。(1)

 あと半年。

 「…だから、今のうちにいっぱいやりたいことしたいなーって思って」
 「……」
 俺は彼女の目を見て頷くのがやっとだった。その時は蝉が騒がしく鳴いていたはずなのに、何も聞こえなかったような気がする。俺は自分の奥歯を噛み砕くくらいに噛み締めたまま、彼女の手首を強く、優しく握っていた。

 「えへへ…」

 あと、半年。

 8月。

 灼けるようだった浜辺も、陽が落ちて薄暗くなった。

もっとみる