あと、半年。(1)
あと半年。
「…だから、今のうちにいっぱいやりたいことしたいなーって思って」
「……」
俺は彼女の目を見て頷くのがやっとだった。その時は蝉が騒がしく鳴いていたはずなのに、何も聞こえなかったような気がする。俺は自分の奥歯を噛み砕くくらいに噛み締めたまま、彼女の手首を強く、優しく握っていた。
「えへへ…」
あと、半年。
8月。
灼けるようだった浜辺も、陽が落ちて薄暗くなった。砂は心地よい暖かさだけを残し、波は薄くなった夕日をチラチラと映すだけ。
「きゃー冷たい!」
「ちょっ…やめろって着替えないから!」
「えいっ」
目に潮水が入って俺は悶絶する。
「えっ…ごめん…大丈夫…?」
彼女が口元に手を当てながら俺を覗き込む。
「いやいや…大丈夫だわ…」
俺は目を擦りながら、取り繕った。
「覚悟しろよ…!」
俺も負けじと海水を掬ってかけ返した。
「うわっ…!も〜う…えい!」
「お、やんのか……?うりゃっ」
海水の掛け合いがしばらく続いて、互いにびしょ濡れになった。
「もう……びしょ濡れ……えへへ…」
「だな……帰ろっか」
帰りの車で、彼女は楽しそうに鼻歌を歌っていた。
あと、5ヶ月。
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