居場所複数あるがゆえの安心感
こんばんは、ライアンです。
今日は人間生活を送る上で必ず所属するコミュニティについて。
コミュニティと言っても、学校、大学、会社、バイト先、インターン先、サークルなど様々あると思います。
今日は、僕が属するコミュニティの一つ長年お世話になっているバイト先での卒業を祝う会がありました。
※もちろん、まだまだ3年生の僕は送る側です 笑
コロナの影響で卒業式など続々と中止になる中、社員さんを中心にして大学生アルバイターの卒業を祝おうという趣旨の会でした。
すごくいいバイト先に巡り合えたなぁとしみじみと感じています。
その環境を作っている社員さん、バイト仲間たちに感謝です。
全員の関係性も良好で、僕自身も第二の実家くらいの感覚を持っています。
さてさて、話は少し遡って2019年の3月ごろ。
僕はある岐路に立っていました。(半年契約で)半年続けていた営業のインターンを続けるか否か。
当時の僕は「成長のための成長」を求め続けていたため、苦手としていた営業スキルを身に着けるためにもその営業インターンに参加をしていました。
でも、成果が上がらないこと、それに焦って押し売りのような最低な営業をしてしまう自分、求められる再教育課題、睡眠の不足、等々。
苦しい心理状態にありました。
でも、その苦しさも成長する過程の成長痛であると思い込もうと努力をしていました。
そんな僕を救ってくれたのがバイト先の人たちでした。
自分の弱さにつながる話を家族には打ち明けられないし
インターン先の人には言い出しにくいし
困り果てていました。
そこで、バイト先の社員さんたちに相談したところ
親身になって聞いてくれて、それぞれの社会経験をもとに色々と提案をしてくれました。
当時の自分は時間の殆どを、インターンのことに充てていたため
インターン先の雰囲気=社会の常識
であると誤認していました。
本当にそうなの?
世間を見ればこういう風なこともあるよ。
と、バイト先の社員さんたちが外側の常識を持ってきてくれたおかげで、僕はそのインターンを辞めよう。という決心をつけることができました。
そう、何かに心底から困ったとき。
頼りになるのは別のコミュニティにいる信頼できる人なんだってことを実感しました。
コミュニティの数だけ常識があるし、コミュニティの数だけ自分がいる。
もしあの時に僕が信頼できる別のコミュニティに属していなかったら。
インターン先が世界の全てであるように感じていた以上、そこから出たら死んでしまう、成長なんてできないんじゃないかと誤認を続けていたと思います。
長い人生、何かから逃げ出したくなることあると思います。
そんな時にすぐに自分が身を置ける場所が複数あるのって大切なことだと思うんです。
”コミュニティ”っていうと、いわゆる意識高い集団に属さないといけないのかなと浮かぶかもしれないですが
もっとゆる~く”高校時代の友達”、”バイト先”、”習い事の教室”、”よくいく店の常連さん”ぐらいの感覚でいいと思うのです。
最近話してない、会っていない昔の友達に連絡してみるのもいいかもしれないですね。
コミュニティ云々は置いておくにしても、お互いに近況を知れるのは刺激的なことだと思うのです。
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