なぜこれから、素材の研究者がスタートアップを興すべきなのか

"インターンのAT"あらため、ANRIの土本(@Tsuchi_noco_)です。インターン時代は研究領域に近い電池脱炭素関連の記事を書いていました。
博士号を取得して長らくお世話になった大学を卒業し、スマホのバッテリーのように期待に胸を膨らませながらVCとしてのキャリアを歩み始めました。
(※本来、バッテリーが膨らむのは良く無いです。膨らむ原因としては有機電解液の分解、正極材料の劣化、混入した水の分解等によるガス発生が挙げられます。ご自身のスマホがこのような状態になった場合はぜひ買い替えをお勧めします)
今後は投資担当者としてエネルギーや素材、データサイエンスの領域を中心にご支援していきます。お気軽にTwitterFacebookからご連絡ください!

さて今回は、「研究者の視点で、これから素材の分野でスタートアップを作るのはかなりアリなのでは?」という話をしたいと思います。
1つはなぜ素材の領域なのかという点、そしてもう1つは、国や投資家ではなく、実際に起業に携わる研究者にとってスタートアップがどんな意味を持つのかという点についてお話しします。
もちろん全ての研究者に起業しましょうと言いたいのではなく、ただ、起業が決して突飛なことではなく、研究成果の社会実装を考える上で合理的な選択肢となり得るということをお伝えできればと思います。

なぜ素材か

今から10年,20年の間に新たに大きな価値を生むものとして、脱炭素と生成AIがあると考えています。前者に関しては言わずもがな、素材が主役と言える領域です。特に電気(太陽光発電、蓄電池、熱エネルギー貯蔵)、運輸(蓄電池、次世代燃料、燃料電池)、産業(製鉄、セメント、二酸化炭素回収)のセグメントでは素材の良し悪しが事業の核となり得ます。活用が分かりやすい蓄電池のようなデバイスに限らず、これまで評価されなかったプロダクトの製造・廃棄における環境負荷やエネルギー効率が評価される市場が形成されていくため、幅広い素材にビジネスチャンスが巡ってくると考えています。

Breakthrough Energy Venturesが2016年に発足する際に発表した"テクニカルクエスト"(要求技術の一覧)

また、ChatGPTをはじめとするLLM、そしてStable Diffusionなどの画像生成AIは瞬く間に世間に浸透し、スマートフォンの登場以来の地殻変動を引き起こしつつあります。生成AIはアプリケーションの部分だけ見ると素材と無関係のようですが、実現のための計算能力には大量の半導体と電力が必要となります。全電力消費の2%を占め、4年ごとに倍増しているとされているデータセンターの電力消費は、生成AIの活用拡大によってさらに速いペースで増加していくことが予想され、より省電力な半導体とクリーンな電力への需要に拍車をかけるでしょう。つい先日、Open AIと提携してAzureやOfficeでLLMを活用するMicrosoftがHelion社の核融合発電電力の契約を結んだことも話題になりました

社会実装の手段としてのスタートアップ

研究成果を社会実装に繋げたい時、スタートアップが合理的な選択肢となるケースも実はもっとあるのではないかと思っています。化学・素材の研究室の多くは、社会実装の文脈では大企業との共同研究を行なっているケースが多く、わざわざ自分たちでスタートアップを作ることはほぼありません。ですがそれが、逆説的に社会実装を妨げてしまっていることが指摘されています

分野別のアカデミア特許出願数と単独・共願の内訳(参考文献1より)
国別の単独・共同出願割合(参考文献1より)

特許を企業と共願すると、ライセンスする際に単純にステークホルダーが増えて交渉ハードルが上がりますし、そもそもライセンス拒否されてしまう可能性もあります
そして日本の大学、特に素材に関する領域(化学)は企業との特許共願が異常に多いのが現状です。「イノベーションエコシステム形成に向けた産学橋渡しの現状と課題」(国立研究開発法人科学技術振興機構)によると、素材を含む化学の領域はアカデミア特許出願が最も多い研究領域ですが、同時に企業との共願割合が非常に多いことが分かります。さらに世界に目を向けると、米国やドイツでの共願の割合が10%前後なのに対し日本では52.0%と段違いに高いです。もちろん、企業は資金力の無い大学に資金提供を行なう対価として特許の権利を得ているだけなのですが、現状では共同出願の特許は単独の特許と比較して収益に結びついていません

そのため、第三者の意向を受けずに自身のコントロール下で研究成果の社会実装を行うには、事業のコアとなりそうな特許は単独出願し、適切なタイミングで起業して大学からライセンスを受け、さらにスタートアップとして知財を固めていくという動きをすべきということになります。
資金面で言えば、テクノロジースタートアップに投資するVCもここ数年で増加し、スタートアップ育成五カ年計画の影響もあり国の補助金も増えつつあり、国プロで研究室として受けることができる最大級のグラントの額(~年間1億円)を超える資金を投下することが可能な環境が整いつつあります

特許の帰属による実施許諾と収入の違い(参考文献2より)

そうは言っても簡単な話ではなく、研究を遂行しながら適切なタイミングを探り、CEOを立てて起業して知財を整理して…というのは現実的でないことも事実です。知識のないままに資金調達を行えば資本政策で詰むリスクも大いにあります。
だからこそ、シードVCである我々の存在価値はそこにあると思っています。早い段階から研究者とコミュニケーションを取り、社会実装に向けたベストな選択肢の模索をお手伝いできればと思っています。
尚、研究者が起業する際の知財戦略資本政策については弊社元島の記事が参考になりますので、ぜひご覧下さい。

研究成果に見合った経済的リターン

私がまだ学部生だったころ、ある教授のもとに訪れた企業研究者の話を聞く機会がありました。給与の話になった際、その企業研究者は「そんなに多く貰っていないけど、xx先生よりは多いですかね」と言い放ち、私は、失礼だなと思いつつ、それを聞いた教授の苦い顔が忘れられなくなりました。
大学の研究者というと、お金に無頓着な仙人みたいにイメージされることもあると思いますが、私個人としては研究成果相応の対価を受け取り、夢を見せることで若い世代を引き込む存在であってほしいなと勝手ながら思っています。
脱炭素領域の事業は日本ではまだある種の社会貢献、大企業のイメージアップキャンペーンの一環のように受け止められることもあるかもしれませんが、少なくとも海外の投資家はそうは思っていません。特に近年は純粋に”儲かる” ”伸びる”投資分野だと考えられているように見受けられます。

脱炭素をめぐる投資家の動向

慈善活動家としても知られるBill Gates氏ら世界中の大富豪が2015年にBreakthrough Energyを立ち上げたのに続いて、純粋なリターンを求めるVCたちも続々と気候変動スタートアップへのコミットを表明しており、つい先月(2023年4月)には大手VCらがVenture Climate Alliance (AUM合計$62.3B)を立ち上げています。彼らは本気で次のユニコーンが脱炭素技術から生まれると考えています。
我々ANRIも2022年1月に気候変動・環境問題など脱炭素に特化した「ANRI GREENファンド」を100億円規模で設立しております。

さいごに

起業を考えた時に参考になる情報は増えてきたけれど、そもそも研究成果の社会実装を考えた時に起業が選択肢の一つとして考慮されるようになればと思い、この記事を書きました。バイオの分野に比べ、化学・素材の分野では起業の例が少なく、検討に全く入っていないのが現状だと考えているからです。
ただ一方で、本当にこの記事を読んでほしい人のほとんどにはこの記事は届かないだろうとも思っています。なのでこれは、私がシードVCとして研究者とどう関わっていきたいたいかという、一種の決意表明でもあります。
逆にここまで読んでいただいた研究者の皆様、まだご挨拶できておらず大変申し訳ありません。こちらからのお声掛けが遅い場合は、恐縮ですがTwitterの方にDMいただければと思います。素材の未来についてお話ししましょう!

参考文献

  1. イノベーションエコシステム形成に向けた産学橋渡しの現状と課題

  2. 大学知財マネジメントの現状課題と知財マネジメントの方針策定について

  3. オープン&クローズ戦略時代の大学知財マネジメント検討会参考資料

ベンチャーキャピタルANRIは、「未来を創ろう、圧倒的な未来を」というビジョンのもと、インターネット領域をはじめ、ディープテックやライフサイエンスなど幅広いテクノロジー領域の大学発スタートアップにシード期から投資を行っております。
資金調達や起業などのご相談は、下記お問い合わせよりご連絡ください!
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また、気候変動や環境問題に取り組んでいる研究者の方、このような社会課題を解決していきたいという志しの高いベンチャーキャピタリスト志望の方がいらっしゃいましたら、ぜひご連絡ください。
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