脱炭素特化型 ANRI GREENファンドが注目する『次世代蓄電池と課題』

みなさん、こんにちはANRI 鮫島です。
ANRIでは気候変動や脱炭素に特化したANRI GREENファンドの設立を発表しました。

今後、リチウムイオン電池の代替となりうる電池の技術が世界で必要とされると予想しており、次世代蓄電池分野について調べてみました。

今後複数回にわたって、インターン生による次世代蓄電池分野の解説記事を掲載したいと思います。


はじめまして。ANRIでインターンをしているATと申します。
材料研究を通じた社会課題解決を志し、博士課程で蓄電池に関する研究をしています。研究者として技術そのものを生み出すのとは別の方法として、オリジネーションやシード投資を通じて技術を社会実装することに興味があり、ベンチャーキャピタリストを志望しています。

世界的にもエネルギー・環境関連ベンチャーへの投資が盛んになっている昨今、次世代蓄電池は日本のベンチャーキャピタルが積極的に投資を行うべき領域であると考えています。それは、①カーボンニュートラル実現に向け、高い可能性で急成長する市場であり、②一方で技術的な課題が多いため多く、大手メーカーは開発に十分な資源を投下していないが、③国内には有望な研究が多数あるからです。
この記事ではまず次世代蓄電池に取り組む意義について、性能向上と資源問題の二つの観点から解説します(1章)。続いてこれらの観点を踏まえつつ、各次世代蓄電技術の特徴・課題を整理します(2-4章)。

1. はじめに: なぜ今、次世代蓄電池か

理由①リチウムイオン電池の蓄電性能は頭打ち

2019年のノーベル化学賞受賞者である吉野彰氏J.B.Goodenough 氏らがそれぞれ好適な負極、正極材料を見出し、Sonyによりリチウムイオン電池が製品化に至ったのは1991年です。それから現在に至るまでリチウムイオン電池は最高性能の蓄電池(注釈1)として、ラップトップPCやスマートフォンの普及に欠かせない役割を担ってきました。そして驚くべきことにこの30年間、基本的な材料構成(注釈2)は大きく変化していません。スマートフォンや電気自動車の普及によって高性能化の要請は急激に高まっているにも関わらず、2010年を中心とした前後の7年間で比較すると蓄電性能の上昇幅は半分程度にとどまり、理論的限界値に漸近している様子が伺えます(図1)。

図1: リチウムイオン電池の蓄電性能の推移

(出典: Solid-State Battery Tech for Electric Cars: Key to Greater Autonomyを参考に著者作成。)


理由②リチウム価格は高騰する

蓄電池の需要は急拡大しています。EVの普及、そして電力貯蔵システム(ESS)用定置用電池の需要拡大により、現在5兆円の市場規模は10年後に40兆円、30年後に100兆円に拡大すると言われています(出典: 経済産業省資料)。これに付随し、レアメタルであるリチウムの原材料価格は高騰しており、今後もこの傾向が顕著になる見込みです(図2)。

図2: リチウム原料価格の推移

(出典: Germanlithium.com)

2. 蓄電性能を3倍に: リチウム硫黄電池

リチウムを使用しつつ、蓄電性能を向上させる蓄電池として全固体リチウムイオン電池とリチウム硫黄電池が注目されています。前者は従来のリチウムイオン電池と近い正極・負極構成を用いる一方で、後者のリチウム硫黄電池はそもそも構成が大きく異なり、飛躍的に蓄電性能を向上させる可能性を秘めています。従来のリチウムイオン電池用正極材料の容量が140 mAh/gであるのに対し、硫黄正極の理論容量は1670 mAh/gと、10倍以上となっています。負極等も合わせた電池全体でも、リチウム硫黄電池の蓄電性能はリチウムイオン電池の3倍程度となることが期待されています(参考1)。

課題: 硫黄正極の利用率向上

硫黄正極は十分にその蓄電性能を発揮できていないのが現状です。そもそも正極で反応が進むためには、反応するLiイオンと反応した結果やりとりされる電子の”通り道”が必要です。硫黄は反応物自体は高密度で存在するものの、こうした”通り道”がありません。よって、別の電子伝導やリチウムイオン伝導に優れた材料を混合し”通り道”を用意する必要があります。
また、正極から多硫化物イオンが溶出することで、繰り返しの充放電での蓄電性能の維持(サイクル特性)にも課題を抱えています(参考1)。

次世代蓄電池技術の性能マップ。縦軸と横軸を掛け合わせた値が蓄電性能(重量エネルギー密度)

(出典: NEDO 二次電池技術開発ロードマップ2013)

3. リチウム非使用ながら同水準の蓄電性能: ナトリウム・カリウムイオン電池

リチウムはアルカリ金属と呼ばれるグループに属しており、同じグループには似た性質を持つナトリウムやカリウムがあります。そして重要な点として、ナトリウムやカリウムはリチウムと比べ圧倒的に豊富に資源が存在し、地殻中の存在比は1000倍以上にもなります。リチウムを似た元素で置換することで、資源枯渇の心配なく、近い水準の性能を得ることができるのがナトリウムイオン電池、カリウムイオン電池の特徴です。また、出力(単位時間あたりに取り出せるエネルギー)ではリチウムイオン電池を上回る可能性があり、高速充放電用途での実用化が期待されています(参考2)。

課題: 蓄電性能の向上

ナトリウムやカリウムはリチウムより重いため、蓄電性能ではリチウムにやや劣り、蓄電性能が重視される電気自動車には採用しづらい点が課題です(注釈4)。

図4. リチウムイオン電池とナトリウムイオン電池・カリウムイオン電池に関する元素の地殻中の存在度の比較。

(出典: Hosaka, T., Kumakura, S. & Komaba, S. Towards K‐ion and Na‐ion batteries as ‘Beyond Li‐Ion’. The chemical (2018))

4: 蓄電性能向上と資源問題解決の両立は可能か: マグネシウム電池

マグネシウムについて決定的にこれまでのリチウム、ナトリウム、カリウムと異なるのは、2価イオン(Mg2+)であるという点です。これは、1原子あたりに反応できる電子の数が、1価のリチウム等(Li+)と比較して2倍になり、蓄電性能が高まることを意味します。これにより、リチウムより重い元素でありながら、同等かそれ以上の蓄電性能を持つ可能性があります。さらにマグネシウムは資源も豊富に存在します。

課題: 正極反応の遅さ

一見、蓄電性能で有利なマグネシウムイオン電池がこれまで実用化されていないのにはそれなりの理由があります。まず、2価イオンはクーロン相互作用の強さ故に固体内部を拡散しづらく、好適な正極材料が見つかりにくいことが難点です。また、同じく電解液中では溶媒との相互作用も強く、電解液設計も困難です。さらに、負極のマグネシウム金属は有機電解液と反応して不動態被膜を形成し、サイクル特性に悪影響を与える点も課題です(参考4)。

5. まとめ

リチウムイオン電池に代替する次世代蓄電技術について、各技術の特徴について解説しました。
まだ日本ではこれらの研究からスタートアップは誕生していませんが、世界では次世代蓄電池スタートアップが注目を集めつつあります。次回はこれらの次世代蓄電池スタートアップについて、強みとする技術や資金調達の動向をご紹介します。

6. 注釈

(注釈1)蓄電池とは

繰り返しの充放電が可能な電池で二次電池とも呼ぶ。既に製品化されている例として、リチウムイオン電池や鉛蓄電池、ニッケル水素電池などがある。蓄電池以外の電池としては他に、繰り返しの充放電ができないマンガン電池などの一次電池、燃料の外部供給が必要な燃料電池、太陽光電池などの物理電池が知られている。

(注釈2)蓄電池の構成

主に正極、電解液(または固体電解質)、負極からなる。従来のリチウムイオン電池では、正極にコバルト酸リチウム、電解液に有機系電解液、負極にグラファイトを用いる。

(注釈3)蓄電性能

この記事では主に重量エネルギー密度を指す。単位はWh/kg。この他に体積エネルギー密度(Wh/L)や、電気容量(mAh/g)なども蓄電性能の指標となる。

(注釈4)CATLによるナトリウムイオン電池の実用化

2021年7月に、車載用リチウムイオン電池でトップシェアをもつ中国CATLが、ナトリウムイオン電池の実用化を発表した。ただし、リチウムイオン電池の一部を置き換える形で補助的に使われる予定である。

ベンチャーキャピタルANRIでは、「未来を創ろう、圧倒的な未来を」をビジョンに、投資を通じて、より良い未来を創ることを目指し活動しております。
気候変動や環境問題に取り組んでいる研究者の方、このような社会課題を解決していきたいという志しの高いベンチャーキャピタリスト志望の方がいらっしゃいましたら、ぜひご連絡ください。

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ANRI採用情報

【参考文献】

  1. Tapia-Ruiz, N. et al. 2021 roadmap for sodium-ion batteries. Journal of Physics: Energy 3, 031503 (2021).

  2. Sagane, F., Abe, T., Iriyama, Y. & Ogumi, Z. Li+ and Na+ transfer through interfaces between inorganic solid electrolytes and polymer or liquid electrolytes. J. Power Sources 146, 749–752 (2005).

  3. Hosaka, T., Kubota, K., Hameed, A. S. & Komaba, S. Research Development on K-Ion Batteries. Chem. Rev. 120, 6358–6466 (2020).

  4. Saha, P. et al. Rechargeable magnesium battery: Current status and key challenges for the future. Prog. Mater Sci. 66, 1–86 (2014).

  5. Truong, Q. D., Devaraju, M. K. & Honma, I. Nanocrystalline MgMnSiO4 and MgCoSiO4 particles for rechargeable Mg-ion batteries. J. Power Sources 361, 195–202 (2017).

その他の参考文献

山田淳夫、蓄電池の元素戦略. Electrochemistry 82, 169–174 (2014)


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