研究者が起業を考えたときにまずやるべきこと【資本政策の落とし穴編】
こんにちは、ANRI元島です。若干間が空いてしまいましたが、前回の記事では「研究者がスタートアップの起業を考えたときにまずやるべきこと」と題して、後戻りできない意思決定についてお話しました。
今回はその具体例として挙げた資本政策と知財戦略のうち資本政策について、概要と具体的な落とし穴事例についてご紹介いたします。先達に学んで、落とし穴を避けていきましょう!
1.資本政策の重要性を理解する
資本政策とは、会社が事業を遂行していく上で必要な資金調達を実現するための施策です。「資金調達」と「株主構成」のバランスを取り、よりよい経営ができる体制を構築するための大事な計画です。
なぜ大事か、といえば、前回お知らせしたとおり、One-wayの意思決定で、資本(≒株)のやり取りはやり直しがきかない、あるいはとてもききにくいからです。
株式は、株式会社の根幹を成すものです。会社は誰のものか、という議論はしばしばなされますし、様々な考え方はありますが、少なくとも法的には「会社は株主のもの」になります。株式を保有する人は会社の一部を保有しているということで、資本政策を失敗するということは会社の所有者の選択で失敗しているということで、端的に言えば「詰む」ことも多いです。
具体的には会社の重要な意思決定がうまくできなかったり、それを懸念して資金調達が困難になったり、といったことが起こります。
というわけで、後戻りできない超大事な意思決定なので、しっかりリサーチして初回のファイナンスを迎えましょう!
2.特におすすめの参考資料
具体の事例の前に特におすすめ資料を紹介します。最近は参考になる書籍や起業家やVCが記事を書いたりもしているので充実してきました。もしあなたの会社が1000億円の会社になるとしたら10億~100億円単位に相当する影響がある話です。神コスパです。絶対読みましょう。
2.1. 起業のファイナンス(書籍)
まずは何を置いても磯崎本です。基本の「き」なのでとりあえず読みましょう。増補版でも2015年ですので、最新の事例などはないのですが、基本的なことがしっかり書かれています。続編も必読。
2.2. スタートアップ資本政策の6箇条
上記書籍も中でおすすめされていますが、途上国において中小零細事業向け小口金融サービス(マイクロファイナンス)を展開するスタートアップの五常・アンド・カンパニーの創業者である慎さんのnoteも必読です。後半で記載する失敗事例のほとんどが網羅されています。
2.3. ベンチャーファイナンス101
そしてこれらの情報も含めて、将来に必要な情報まで網羅的に集めていただいている同じく五常・アンド・カンパニーのCFOである堅田さんもチェックしておきましょう。シリーズA以降の話もありますので、ブックマークしておきましょう(これを作ろうと思ったらすでにあったという話)
2.4. 目論見書、登記簿謄本など(応用編)
こういった知識を得て、なんとなくわかるようになってきた方におすすめなのが目論見書です。企業が上場時に提出するもので、様々な情報が載っていますが、調達の状況などもかなり掲載されています。成功した企業の追体験として非常に面白いので、ぜひ近しい業界の企業の目論見書などは読み込んでみてください。
また同じ文脈で、登記簿謄本も勉強になります。近年はほとんどの企業が優先株式で資金調達しますので、かなりの情報が登記簿謄本に載っています。オンラインで数百円で取れるのでぜひ気になる会社の登記簿謄本はチェックしてみましょう。バリュエーションなども計算可能です。
ちなみにそういった目論見書などからものすごく詳細に上場企業の資本政策を分析、解説している書籍がこちらです。登記簿すぐ取るマンである私としてはものすごくにやにやしてしまう良本。もしかしたら他人の資本政策を見るのが好きかもしれない、という人には大変おすすめの本です。そうでなくても具体的な改善点などについても提案されており、勉強としてももちろんおすすめです。
3. 具体の失敗ケースの紹介
少しずつ情報が浸透してきた資本政策のお話ですが、研究開発型スタートアップのシードでは、まだまだ「これは厳しい」という事例に出会います。見えている落とし穴に落ちるのは忍びなさすぎるので、全力で回避していきましょう。
※なお、資本政策に絶対の正解はないので、こういう例でもうまくいくケースがゼロということではありません。うまくいかない事例が多いよ、というお話です。
3.1. 創業株を色んな人に配ってしまう問題
設立を手伝ってくれたアドバイザー、学部の偉い先生、手伝ってくれたURA(University Research Administrator)、さらには親戚、地元の名士など、その会社で働かない人に創業価格で株式を渡してしまう事例。応援してくれるのが嬉しくて配ってしまうパターンです。
創業後に入社する方々はCXOでもストックオプションは精々数%程度であるのに対して、創業期に関与して少額を出資しただけで時には10%以上も保有されてしまっている場合があります。これはインセンティブが歪むので全くおすすめできません。資本は出来る限り会社が成長するためのインセンティブとして活用しましょう。
実際のところ、残念ながらこれらの方々は創業後にも活躍してくれることはほとんどありません。創業前の貢献は必要があれば報酬で清算し、もし活躍が期待できるのであれば、創業後に関与してもらい、活躍いただいたのちにストックオプションの付与を検討しましょう。誰かに創業株を渡すことを考えるのであれば、共同創業者や初期社員に渡すことを検討する方がよいです。
万が一、初期のお金が足りなくて、どうしてもこれらの方々から資金を調達しなければならないとしても、できれば親族からであれば個人として借り入れるか、そうでなければエンジェルとしてある程度バリュエーションを上げて出資をしてもらいましょう(※出資に慣れていない人のエンジェル出資はそれはそれでトラブルが多いので慎重に)。でも、まずはANRIにご連絡いただくのがよいと思います(ポジショントーク)。
3.2. 共同創業者持ち分問題
上記の亜種問題ともいえるかもしれませんが、共同創業者との持ち分比率は常に迷う問題です。
特に研究開発型スタートアップではシーズ元の先生と起業家で50%ずつ株式を持っている、という事例をしばしば見かけます。
これは正直なところ均等割りでもうまく言っている事例もあります。慎重な検討の結果として均等割りになるのであればありなのですが、揉めないように均等割り、のような扱いはおすすめしかねます。いわゆる「船頭多くして、船、山に登る」という状態になりがちです。
ポジショントークも込みですが、最後の責任を取る、意思決定をする人が定まっていない状況は企業として弱さを感じます。特にコミットの弱い研究者が大きなシェアを持っていることは今後の経営陣のデモチベーションにも繋がります。過去の研究への対価としては特許等を通じてきちんと一定の報酬をお支払いするわけですので、専門家としての今後の直接貢献やアカデミアを通じての間接的な貢献への期待などを加味して、適切な配分を決定しましょう。
また、逆に共同創業者が株のことがわからないから、などと言って全く持っていなかったり、少量しか持っていないという事例も散見されます。この場合は創業メンバーが株のことがわからないということ自体を是正すべきであって、だから持っていなくていい、という話ではありません。
株式の性質も含めて、持ち株比率はオーナーシップ意識の高さに結び付きますので、期待値も含めたコミット具合に応じて適切に配分しましょう。少なすぎる株式は往々にしてモチベーション低下、退職に繋がるというのが経験値です。
いずれのパターンも唯一解はないので、周囲の起業家やメンター、投資家などにアドバイスを受けるとよいと思います。また、各上場企業の目論見書なども参考になると思います。先達あらまほしきことなり。
3.3. エンジェル、シェア持ちすぎ問題
別名「創業価格の10倍で出資するよ」問題(今適当につけました)。
2.2. で紹介した記事にもある通り、300万円で作った会社で10倍の価格として2,000万円受け入れたとしてなんとエンジェルの持ち分は40%(注1)になります。つまり皆さんが頑張って稼いだ分の4割はエンジェルのものになるわけです。それは果たして2,000万円に見合ってますか、という問いです。
創業価格はその性質上あってないようなものです。最初の資金調達が実質的に初めて会社に価格が付くタイミングなので、創業価格からの倍率は基本的には無視してください。
また、こういうことをしてくる人(デビル?)は減っては来ているものの、まだまだいます。エンジェルに限らず、投資家を迎え入れるときは必ずリファレンスチェックをお勧めします。対話している投資家の既存出資先の起業家などにヒアリングしてみましょう。
(注1)Pre Valuation = 300万円 × 10 = 3,000万円
Post Valuation = 2,000万円 + 3,000万円 = 5,000万円
エンジェル比率 = 2,000万円 ÷ 5,000万円 × 100= 40%
3.4. VCまたは事業会社、シェア持ちすぎ問題
創業前から手伝ってもらっている場合などにありがちですが、時折、50%超のシェアを単独VCまたは事業会社がお持ちの事例もあります。特殊事例を除いてはかなりつらいです。場合によっては、他から資金調達しない、くらいの気持ちが必要です。もちろん、状況などによってやむなし、という場合もあろうとは思いますが、基本的には1回の資金調達で1社が20%以上シェア取るような調達は立ち止まって深呼吸しましょう。
※繰り返しですがEXITまでを見据えてそれが最適なファイナンスである場合もあります。慎重に検討すべき、ということであって、それが絶対ダメだ、ということではありません。
既存企業からのカーブアウトの場合でも、できれば20%以内に抑えるのがよいかなと思います。それ以上は知財を持ち出すならラインセンス料や協業があるなら商流の中で恩返ししていきましょう。
3.5. いきなりバリュエーション上げすぎ問題
上記とは逆に、シナジーを見込んだ事業会社などから「予算的に3億円出資できるが、持ち分法適用会社(注2)にしたくない。シェアを20%以内にしたい。(=バリュエーションを高く設定したい)」、などという話をいただける場合もまれに存在します。
シェアの放出が抑えられ一見いい話ではあります。しかし、これはこれで事業の成長と関係なくバリュエーションが高くなってしまい、今後の調達に苦労する場合があります。もちろん、ダウンラウンド(前回の増資時よりもバリュエーションが下回った状態で調達すること)を受け入れていく、というストロングな選択肢もあるのですが、ダウンラウンドは既存株主における減損の問題や株主間契約、種類株式の規程など、様々なものに引っかかり、とにかく交渉事項が多くなります。つまり資金調達に時間がかかり、事業に集中する時間が削られます。
資金調達がうまくいかないことはいわゆる「モメンタム」を失う最も大きな原因です。
シードラウンドに限らず事業会社は、協業でのシナジーがあればVCと比較して評価額を気にしない出資が可能です。希薄化が抑えられること自体はありがたいことですが、その反動で後ほど事業がうまくいかなくなるのは避けるべきです。一方で、事業会社のコミットにより、事業が劇的に進展する場合も確かにあります。よく検討して、次回調達をしっかり意識した、適正と信じるバリュエーションと金額で資金調達をしましょう。
Coral Insightのこちらのシリーズも事業会社やCVCからの出資について、大変参考になります。
(注2)
持分法適用会社とは、投資会社の連結財務諸表に、純資産および損益の一部を反映させる持分法が適用される、被投資会社のこと。
4. おわりに
よく言われる話ですが、成功はアート、失敗はサイエンス、ということで、成功事例は必ずしも再現性は高くないですが、失敗事例の再現性はものすごく高いです。少し知識をインプットしたり、あるいは誰かに聞くだけで避けられる失敗も多いですので、少しでも不安に思った場合は先達に相談しましょう。もちろん私までご相談いただいてもOKです。
たくさんの研究者のシーズが、(周りからは)見えている落とし穴に落ちず、世に羽ばたいていくことを心より祈っています。