脱炭素特化型 ANRI GREENファンドが注目する『次世代蓄電池の世界のベンチャー企業動向』

みなさん、こんにちはANRI 鮫島です。
ANRIでは、気候変動や脱炭素に特化したANRI GREENファンドの設立し、前回、ANRI GREENファンドで注目しているリチウムイオン電池に代替する次世代蓄電技術について、そして各技術の特徴や課題について解説しました。

今回は『次世代蓄電池の世界のベンチャー企業動向』についてお届けいたします。

ANRIでインターンをしているATです。
前回はリチウムイオン電池に代替する次世代蓄電技術について、各技術の特徴や課題について解説しました。

次世代蓄電池技術を扱う企業の中には直近で数十億円規模の調達を行なったベンチャー企業も出現しつつあります。第二回目となる今回は世界の次世代蓄電池ベンチャー企業動向についてお伝えします。

1. 次世代蓄電池が適している用途とは?

次世代蓄電池技術は蓄電性能の高さ原材料資源の豊富さのように、それぞれ魅力的な性質を持っています。しかしながら、どの技術も万能ではなく、現行のリチウムイオン電池を全ての面で上回るわけではありません。リチウムイオン電池が登場した後も鉛蓄電池やニッケル水素電池が一部で使い続けられているように、リチウムイオン電池と次世代蓄電池も共存し補完し合う関係となることが予想されます。よって、それぞれの適性を活かした用途を理解することが重要となります。

蓄電池用途の拡大と次世代蓄電池

カーボンニュートラルの実現に向けた電動化の流れによって、蓄電池の用途・市場は拡大しています。電気自動車向け蓄電池市場が2030年までに4.7倍に拡大し、25兆円に達すると予想されている他、航空機の電動化も検討されており、電動航空機ベンチャーが昨年ビル・ゲイツ氏らのBreakthrough Energy Venturesから資金調達を行うなど、注目を集めています。また再生可能エネルギーの電力平準化に用いる定置用蓄電池市場も拡大が予想されており、現在の1.4兆円から2030年に2.9兆円となる見込みです。
次世代蓄電池はこうした拡大しつつある市場で強みを発揮することが期待されます。例えば、現行のリチウムイオン電池では蓄電性能が不足している電動航空機には、高い蓄電性能を持つリチウム硫黄電池が適していると考えられます(参考1)。また蓄電性能の高さよりコストの低さが重視される定置用では、原材料が豊富で低コストなナトリウムイオン電池が適していると考えられます。電気自動車が普及しニーズが多様化すれば、廉価な電気自動車にナトリウムイオン電池が採用するということも考えられるでしょう。(図1)

図1:  各種蓄電池の性能マップと用途拡大のイメージ

(出典:note作者作成)

技術と用途の相性を踏まえつつ、実際に次世代蓄電池ベンチャーが持っている技術や手がけている製品について見ていきましょう。

2. 活況のナトリウムイオン電池

ナトリウムイオン電池に関しては直近で資金調達を行なっている企業が複数社あり、盛り上がりを見せています(表1)。車載用蓄電池大手CATLがリチウムイオン電池の補助という形ではありますが、ナトリウムイオン電池の実用化を発表しているように、各要素技術が実用水準に達していることが大きな要因と考えられます。

表1: ナトリウムイオン電池関連ベンチャー企業

(出典:Crunchbase等を参考に作成

累計調達額5000万ドルのNatron Energyは安価な定置用蓄電池に強み

現在最も調達額の大きい米国Natron Energy社について見ていきましょう。Natron Energy社はStanford Universityにルーツを持つスタートアップです。創業者CEOのColin Wessells博士は、ナノ構造材料を扱うYi Cui博士の研究室において電極材料の研究を行なっており、博士論文のスピンアウトとして2012年に創業しています(参考2)。

技術の特徴は研究成果であるプルシアンブルー類似体と呼ばれる正極材料で、安定性が高く安価に合成可能という特徴を持ちます。プルシアンブルー類似体は室温で合成可能なことから、通常1000℃近くで数〜数十時間加熱するプロセスが必要な通常の正極材料(層状化合物など)と比べると製造コストを下げることが可能です(参考2)。また充放電時の構造安定性が高いことから長寿命であり、リチウムイオン電池の1万回を大幅に上回る10万回の充放電が可能としています

製品としては安価で長寿命という特徴を活かして定置用蓄電池を主に開発しています。定置用蓄電池市場は冒頭でも紹介したように急成長が予想されており、2.9兆円(図はUSドル表記)程度となる見込みです(図2)。定置用蓄電池の需要増加に合わせて、これに適した特徴を持つ製品を提供している点が評価に繋がっていると考えられます。

図2: 定置用蓄電池の分野別市場規模推移

(出典:参考文献4を参考に作成)

蓄電性能を高め、車載用市場を狙うFaradion

英国Faradion社は2010年に世界初のナトリウムイオン電池企業として創業されました。創業者のJerry Barker博士はエネルギー関連コンサルタント会社を経営し、自身も正極材料に関する特許を数多く保有しています。Natron社のプルシアンブルー類似体とは異なった正極材料である層状化合物に関して多数の特許を取得している点が技術的な強みです。層状化合物は容量が大きい点が魅力であり、リチウムイオン電池に近い蓄電性能を持つため、Faradion社は車載用蓄電池市場への展開を狙っています。

同じ車載用蓄電池としては5年以内の量産化が期待されている全固体リチウムイオン電池関連企業への投資が盛んです。しかし、電気自動車への転換が進む中でニーズが多様化すれば、ナトリウムイオン電池は廉価な電気自動車向けの蓄電池という位置付けで強みを発揮することが期待できます。

3. 早すぎたチャレンジ: リチウム硫黄電池では各社撤退

リチウム硫黄電池関連企業は実は古くから存在し、代表的な3社はいずれも2000年までに創業されています。当時まだリチウムイオン電池が実用化されて間もなく、その成功を傍目に同じリチウムを用いたリチウム硫黄電池への期待が高まっていたことが伺えます。しかしながら、そのうち2社はリチウム硫黄電池からは撤退し、開発を続けていた残りの1社も現在破産手続きを行なっています。

表2: リチウム硫黄電池関連ベンチャー企業

(出典:Crunchbase等を参考に作成

最先端を走っていたOxis energyの倒産

米国のリチウム硫黄電池ベンチャーとして創業したSion Power社PolyPlus社は、2010年台に入って一度リチウム硫黄電池の開発から離れることを決意しました。リチウム硫黄電池の要素技術の1つであるリチウム金属負極の知見を活かし、リチウム金属電池(注釈3)の開発に切り替えました。これによりリチウム硫黄電池を専門で扱う企業はOxis Energy社のみとなりました。

そのOxis Energy社は実用化への目処が立ったとして、2017年から3年連続で立て続けに資金調達を行い、試作バッテリー作成や工場建設に資金を当てたようです。2021年4月には試作バッテリーを顧客に納品することを発表していたにも関わらず、その直後の2021年5月に破産手続きを開始したことを発表しました。

何がクリアできなかったのか?

2020年に発表されたOxis energy社のバッテリーの蓄電性能は471 Wh/kgでした。これは現行リチウムイオン電池(約300 Wh/kg)を超える値です。一方で、安全性や寿命といった要素では課題を克服しきれなかったようです。Oxis energy社の試作バッテリーについて詳細に述べた論文では、寿命が短い点や熱暴走による安全性の低下が問題視されています(参考3)。安全性に問題を抱えていることから、近い将来の応用先としてはHAPS(High Altitude Pseudo Satellite、飛行型の通信基地局)や自律型潜水艦などのニッチな領域に絞られることが予想されていました。

電動モビリティ専門メディアのelectrive.comによると、Oxis energy社は製品開発を続行するための追加投資を受けれなかったことで破産したとされていますが、安全性の低さのため航空機などの大きな市場への展開には時間がかかると判断されてしまったのかもしれません。

実用化に向けて

Oxis energy社の事例から、リチウム硫黄電池実用化には単なる蓄電性能だけでなく、安全性や寿命を高めることが重要であると言えそうです。安全性を高めるのに時間がかかる場合は、まずはHAPSなどの無人用途で実績を積みつつ知見を蓄積し、徐々に規模を拡大するという考え方もあるかもしれません。

図3: Oxis energy社のリチウム硫黄電池実用化の見通し

(出典: 参考文献3)

4. まとめ

今回は次世代蓄電池技術の社会実装に挑んでいるベンチャー企業について調査しました。ナトリウムイオン電池に関しては技術が実用化水準に達しており、強みが活きる定置用蓄電池の需要も高まっていることから、今後も活発な投資が行われることが予想されます。一方で、リチウム硫黄電池に関してはまだいくつかの技術革新が必要なフェーズであることが示唆されました。蓄電技術の強みとする性質が活かされ、かつ実現可能である応用先を見極めて、その市場規模に合わせた事業規模の拡大を行うことが重要であると感じました。

5. 注釈

(注釈1)太陽光エネルギーの平準化

太陽光発電では一日の中で発電量が多い時間帯と少ない時間帯が存在します。よって、蓄電池を用いてその発電量を均す(平準化)することで、太陽光発電を安定的な電力供給源として活用できるようになります。風力発電にも同じことが言えます。

(注釈2)出力密度

単位質量あたりの蓄電池から合計どのくらいのエネルギーを取り出すことができるかを表すのがエネルギー密度(単位: Wh/kg)です。(記事内では分かりやすさのためにエネルギー密度のことを「蓄電性能」と呼んでいます。)これに対し単位時間あたりどのくらいのエネルギーを取り出すことができるのかを表すのが出力密度で、単位はW/kgです。前者が持久力、後者は瞬発力と言えるかもしれません。

(注釈3)リチウム金属電池

負極のグラファイトをより高い蓄電性能を持つリチウム金属に置き換えることで蓄電池全体の蓄電性能を高めることが検討されており、これを利用した蓄電池をリチウム金属電池と呼びます。

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【参考文献】

  1. Viswanathan, V. et al. The challenges and opportunities of battery-powered flight. Nature 601, 519–525 (2022).

2. Wessells, C. D., Huggins, R. A. & Cui, Y. Copper hexacyanoferrate battery electrodes with long cycle life and high power. Nat. Commun. 2, 550 (2011).

3. Dörfler, S. et al. Recent progress and emerging application areas for lithium-sulfur battery technology. Energy Technol. 9, 2000694 (2021).

4. 矢野経済研究所「2021 年版 定置用蓄電池(ESS)市場の現状と将来展望」




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