研究者が起業を考えたときにまずやるべきこと【知財戦略の落とし穴編】

こんにちは、ANRI元島です。ちょっと間が空きましたが前回の資本政策編に続いて、もうひとつの後戻りできない意思決定(One-way door)である知財戦略について、研究者の立場からできること、やってほしいことを考えていきます。

1.知財戦略とは何か

知財戦略とは何か。ここでは、知財弁護士.COMの定義を引用します。

知財の取得・活用により,企業競争力を上げるための企業戦略

出典:知財弁護士.COM

知財戦略の考え方の元では、知財を、企業戦略のために扱います。つまり企業がどうやって勝つか、に基づいて、どのような知財を取得するか、どのように知財を活用するか、が決まるということで、知財に基づいて事業を行うのではなく、事業に基づいて知財を取得する、ということです。この順番はシンプルだけど、とても重要です。

2.大学における知財の取り扱いの難しさ

事業→知財という順番、企業内であればある程度理解しやすいのではないかと思います。一方で、大学はいわゆる事業を行っているわけではありません。では、誰が、どうやって知財戦略を立てて、事業に基づいた特許を取得するのか。ここにアカデミアでの知財の取り扱いの難しさがあります。
研究者が発明した技術は、職務発明にあたりますので、大学が権利を保有する形で特許出願します。この時、TLO又は産学連携部(以下TLO等)が主体となって出願することになります。しかし、TLO等は直接事業を行うわけではないですし、各大学で多数の知財を(例えば東大では年間300件以上)出願する中で、全ての大学で全ての特許について事業戦略を詳細に検討して特許を申請するのは構造上困難です。
従って、あなたの特許のことだけ、考えることができる人は、実質、発明者であるあなただけです。この点をまずはご理解ください。
もちろんTLO等らは、同じく大学の資産である研究成果を活用する仲間、味方です。ただ、ポジションの違いにより、微妙にインセンティブの違いが生じるので、正しく活用する必要がある、ということを意識いただけるとよいと思います。

3.陥りがちな知財の落とし穴

大学発の起業の事例で嵌りがちな落とし穴をいくつかご紹介します。

①先に学会、論文等で発表してしまう

これは、一見簡単に避けられそうな問題に見えつつ、難しい問題です。研究者としての業績はやはり学術発表になりますので、実用化を志す場合、意識的に対応いただけないと、どうしても先に発表するインセンティブが生じます。発表後も特許法30条の適用により、特許申請が可能ではありますが、国によって(具体的には欧州や中国等)では特許の申請ができませんし、何より、十分な検討を行う余裕がなくなってしまいます。せっかくの特許の市場を狭めてしまうことになりますので、発表時期は十分に吟味しましょう。

②事業会社と共願してしまう

最近では随分減ったように思いますが、これも一時よく見られた事例です。大学で出願費用の捻出が困難な際に(直接発明に関与しているかどうかに関わらず)共同研究先や取引先などの事業会社に費用を負担してもらい共願の形にするものです。共願にした場合、基本的には共願者に拒否権が発生し、知財の取り扱いが事業会社にコントロールされてしまいます
背に腹は代えられないためか、今でも時々見ますが、出来る限り避けましょう。これは起業に限らず、ライセンスの際も不利です。どうしても行う場合は取り扱いに関するしっかりとした契約をする必要があります。

③日本だけで特許化

上記同様、主に費用の問題で日本のみで特許化されている事例が多数存在します。せっかくアカデミアのグローバルに活躍できるシーズを持っていても、これでは海外で戦えません。分野によりますが、10倍以上の市場の違いがありますので、これはとても大きいです。また、M&AでのEXIT先や金額の選択肢も非常に狭まります
特許申請に使える資金を得るなり、起業して資金調達するまで申請を厳選するなり、様々な手法を駆使して、しっかり国際的な特許を取得していきましょう。しっかり外貨稼いでいきましょう。

④論文のデータのみで出願してしまう

論文と特許の目的は全く違うので、特許に適したデータを用意すべき場合が多いです。事例や詳細はこちら森田先生のインタビューの中段などご参考ください。

研究成果をそのまま出願するのではなく、特許戦略になじむ形に加工してから出願したほうが権利として有利に働く、ということだ。森田氏は、特許の権利範囲が狭くなってしまう原因として、特許制度への誤解があると指摘する。
高度な技術でないと特許にはならないと信じてられていますが、じつは高度な発明は、あまり特許制度になじまないのです」
一般的に、高度な発明とされるものは、いろいろな技術を組み合わせ、積み上げて達するものだ。その技術がひとつでも欠けると発明ではなくなる。その結果、権利の範囲が狭くなってしまう。

出典:IP BASE

極端に簡略化して模式化するとこんな感じでしょうか。iPS細胞の事例のように、優れた論文の成果より手前の部分を知財化されてしまったり、あるいは手前の部分からにょきっと斜めに伸びて違う手法を発明されてしまったり、ということが起こると先端部分の特許としての価値が損なわれてしまいます。特許として認められるぎりぎりちょっとだけ高度というところが最も広い特許になる可能性があるのですが、ある種デグレードした成果を求めていくというのは普通に研究しているとなかなか着手できないので(個人的には科学としての本質的な価値はあると思いますが)、特許のために意識的にデータを取得する必要があります。

イメージ図

4.おすすめの対策

①先達あらまほしきことなり

いつものパターンかよ、ということになりますが、先輩経験者は強いです。実用化や起業を行っている近しい分野の先生や起業家、あるいはVCなどに相談してみましょう。ノンコンの範囲でも十分相談に乗ってくれると思います。冒頭に述べた通り、起業にあたっては、事業戦略あっての知財という面がありますので、ここではできるだけビジネスに近しい方に相談して、仮でもよいのでビジネスモデルなどについて検討しましょう。
また、近年は、書籍や講座も充実しておりますので、よいコンテンツを教えてもらえるなどするかもしれません。特許庁も様々に情報開示を頑張ってますので、こちらなどもぜひご参照ください。様々な資料がまとまっています。

②セカンドオピニオンを取る

ANRIでは、この弁理士によるセカンドオピニオンを強く推奨しています。きちんと対等にTLO等と対話するためにもこちらにも専門家をつけてレビューをしてもらう、という手法です。依頼の方法によっては、知財取得のための費用でなく、調査費用とすることも可能(知財戦略構築のための費用なので)と思いますので、研究費などでも実施可能な場合もあると思います。(※個人の見解です。必ず研究費元にご確認ください。)
特許の内容を深く理解するのにも役立ちますし、複数の専門家の視点が入ることで、よりよい明細を作成することが可能となります。研究者のみならず、企業での取得の際も余裕があれば取り入れてもよい手法です。弁理士の先生を選ぶポイントは、知財戦略まで踏み込んで考えてくれる先生であること、訴訟を実施している事務所であること、などになろうかと思います。実際は抑止力としての面も大きいものの、究極、知財は裁判で勝つためにあると言っても過言ではないので、しっかりと戦ったことのある先生のアドバイスはとても参考になると思います。

5.まとめ

以上、簡単にまとめると

1.事業→知財の順番が大事
2.究極的には自分の知財は自分で守る必要がある
3.先達や専門家を活用しつつ、TLO等と力を合わせて強い知財を取ろう

繰り返しですが、ANRIとしては、強くセカンドオピニオンを推奨しています。また、知財戦略設立の前段階としての事業戦略のディスカッションもお受けしておりますので、遠慮なくご連絡ください。
論文発表して、特許出願して、国内の特許登録してから、どれ起業を考えるか、という流れが従前は多かったのではないかと思うのですが、それでは遅いし、もったいないですので、せっかく出した素晴らしい成果を活かしきるためにも丁寧に事業戦略や知財戦略の検討を進めていくことをお勧めします。
日本のアカデミアの素晴らしい成果で、一緒にでっかい産業を創っていきましょう!ぜひ遠慮なくお声がけください

ベンチャーキャピタルANRIは、「未来を創ろう、圧倒的な未来を」というビジョンのもと、インターネット領域をはじめ、ディープテックやライフサイエンスなど幅広いテクノロジー領域の大学発スタートアップにシード期から投資を行っております。
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