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「俺みたいになりたいのか? 俺になりたいのか?」

●ジェシー・ジェームズの暗殺


 ジェシー・ジェームズは恐ろしい。揺らがない瞳で対象を見据え、急に笑い出したかと思えば沈黙する。子ども達と無邪気に遊ぶ一方で、容赦なく人を殺す。果たしてどのような人物だったのか――西部開拓時代のアメリカに、その名を轟かせたアウトローは。


 本作は流れゆく雲の映像から始まり、全編を通じて移ろう空の描写を多用しているが、ジェシーの心も、急激に変化する空のようだ。周囲の人々は、ジェシーの言動によって時に追いつめられ、憔悴していく。そして何よりもジェシー自身が苦しんでいる。


「俺はカッとして我を忘れてしまうようだ。だが身体から抜け出た自分は見ている……血まみれの手や、あくどい顔を。そして、こいつは何でこんなに間違ってしまったのかと思う。俺にとっては自分が厄介者だ」
(Seems I hardly recognize myself when I’m greased. I go on journeys out of my body and look at my red hands and my mean face and I wonder about that man that’s gone so wrong. I’ve been becoming a problem to myself.)

 それでもなお、ジェシー・ジェームズは人を惹きつける。表情を刻々と変える、恐ろしくも美しい大空に魅了されない人間がいるだろうか。近寄ったが最後、自分の一生が大きく乱されると分かっていても。


 ロバート(ボブ)・フォードの人生は、まさにジェシーによって形成されたと言っても過言ではない。ボブは幼い頃からジェシーに憧れており、強盗団へ自ら加わって彼に接近していく。ジェシーに関する物語を宝物のように大切にし、身長や家族構成といった自分との共通点を数え上げ、気味が悪いほどにジェシーへの尊敬を示すボブに、ある時ジェシーは問う。

「教えてくれ。俺みたいになりたいのか? 俺になりたいのか?」
(I can’t figure it out. Do you wanna be like me or do you wanna be me?)

 ボブは、「ただ遊んでいるんだ。それだけ」(I’m just making fun, is all.)とはぐらかす。そして、私たちはずっと考えることになる。ジェシーの問いかけの重さと、ボブの本当の望みを。


 ジェシーとボブが、窓ガラス越しに互いを見つめる時、相手の姿は奇妙に歪んで映る。人間は結局のところ、このように自分の膜を通してしか対象を見られないのではないか。光も影も屈折し、時に輝き時に曇る。あるがままに物事を捉えようとしても、それが正しいと誰に言えるだろう。個人の身体から、自由になることなどないのだから。異なる形で歴史に名を刻むことになったジェシー・ジェームズとボブ・フォードを、私たちは自分たちなりに解釈する。きっと、それでいいのだ。そして、それしかないのだ。

 ジェシーが34歳の誕生日を迎える1881年9月から、ボブが死ぬ1892年6月までを描き切る160分は、引きずりこまれるような暗闇だ。だからこそ、その中で瞬く光――木立に影を落としながら夜を走り抜ける列車の明かりや、針葉樹で囲まれた凍った湖の上をジェシーが渡っていく姿(まるで東山魁夷の絵のような美しさ) が目に焼きつく。おそらくこの映画では、闇の暗さも星の煌めきも、両方伝えたかった違いない。

ジェシー「星を数えたことはあるか? 同じ数にならないんだ。ずっと変わり続ける」
(You ever count the stars? I can’t ever get the same number. They keep changing on me.) 
エド・ミラー「星が何なのかさえ俺には分からないよ」
(I don’t even know what a star is exactly.) 
ジェシー「身体が知っているのさ。忘れてしまったのは心だ」
(Well, your body knows. It’s your mind that forgot.) 

 しかし、移り変わる空も、数えきれない星々も、ジェシーが死んだ途端に皆、消え去ってしまった。「彼がいると部屋は熱を帯び、雨は強さを増し、時はゆっくりと進み、音は際立った」(Rooms seemed hotter when he was in them. Rains fell straighter. Clocks slowed. Sounds were amplified.)と言われた男は、遂にその身体を離れ、数々の伝説だけを地上に残した。



●備考


・動物が殺されるシーンあり(被害動物は蛇)。残虐な場面も多数含まれ、日本の基準ではPG-12指定なので、小さい子どもは見ないほうが良いと思われる。


・ジェシー・ジェームズを演じたブラッド・ピットは、第64回ヴェネツィア国際映画祭の男優賞を受賞。ブラッドの設立した映画会社「プランBエンターテインメント」(Plan B Entertainment)が、本作の製作に加わっている。


・原作は、ロン・ハンセンによる同名の小説。邦訳の文庫で500頁以上の長編である。ジェシーを演じるブラット・ピットが原作に惚れ込んだと言うだけあって、かなり原作に忠実に映画化している。しかし映画ではジェシーとボブに焦点を絞っている為、省略されたエピソードも多い。原作には、他の登場人物の余生や西部の暮らしについても詳細に書かれているので、読んでみるのも一興。ちなみに、本では空や雲の描写が特別に印象に残る訳ではなかったので、これは映像化にあたっての解釈だったことが分かる。


・サム・シェパード、メアリー=ルイーズ・パーカー、ジェレミー・レナー、サム・ロックウェルなど助演も豪華で、各人に演技力を発揮する場面が用意されている。


・他にもジェシー・ジェームズ関係の映画を観たい→「アメリカン・アウトロー」(2001)
「アメリカン・アウトロー」ではジェシー・ジェームズの若き日々を描いている。これは「ジェシー・ジェームズの暗殺」とは対照的な明るい活劇作品で、ジェシーを演じたのはアイルランド人コリン・ファレルだった。彼は若い頃からブラッド・ピットに似ていると言われていたが、そんな「似ている」2人が2000年代に、それぞれジェシーを演じたのは興味深い。


●ひとりごと


夜、お手洗いに行こうとしたボブが起き上がると、眠っていたはずのジェシーが撃鉄を起こす。ボブは用件を伝えるが(I need to go to the privy.)、ジェシーに「気のせいだ」(You think you do, but you don’t.)と言われて涙目でベッドに戻る。シリアスな場面なのだが、いつ見ても少し笑ってしまう。

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