「Watashiは変われましたか」第4話
スマホで娘の沙羅にビデオ電話をかけることにした。しかし、何度かけてもつながらない。つながらないことにイライラしながら、「何やってるんだろう」とつぶやき、不安と焦りが募る。
今日は週に一回楽しみにしているスーパー銭湯に行く日だ。家のお風呂は古い作りで、風呂釜が深く、足をあげるのも一苦労なので、入りたくない。普段はシャワーで済ませているが、スーパー銭湯ではゆったりとお湯に浸かれるので、特別な楽しみだ。家のお風呂では、足を滑らせてしまうことも怖く、ますます使わなくなってしまった。
散歩から帰ってきて程よく疲れたので、すでに入れていたお茶が冷めてしまったことに気づき、入れ直すことにした。湯気が立ち上るカップを手に取り、一息つく。
スマホを手に取りながら、健康食品の案内を再び眺める。パンフレットには若々しい笑顔の人々が魅力的に描かれており、自分もあんな風に元気でいられるようにしたいと思う。しかし、定期購入の問い合わせをしなければならないことが頭を悩ませる。電話は苦手だ。聴こえない私にとって、電話でのやり取りは大きな壁だ。
嫌なことは早く済ませたい。紗羅に何度もビデオ電話するもつながらない。
つながらないことに疲れてしまい、気分を変えるため、先にスーパー銭湯へ行くことにした。
お風呂セットを持ってバスに乗っていつものスーパー銭湯に向かう。
スーパー銭湯の入り口をくぐると、すぐに温かい湯気が迎えてくれる。受付でリストバンドを受け取り、脱衣所で服を脱ぐと、広々とした浴場が目の前に広がる。浴場にはさまざまなお風呂があり、ジャグジーや露天風呂、さらには薬草湯まである。
まずはジャグジーに浸かることにした。水流が心地よく体をマッサージしてくれ、疲れた筋肉がほぐれていくのを感じる。温かい湯が体の芯まで染み渡り、心地よいリラクゼーションが広がる。ジャグジーの心地よい泡に包まれながら、ふと沙羅の幼少期のことを思い出す。彼女が初めてプールに入った日のこと、笑顔で水を楽しむ彼女の姿が頭に浮かぶ。あの頃から彼女は好奇心旺盛で新しいことに挑戦するのが好きだったが、引っ込み思案な一面もあり、人前で話すのが苦手だった。
次に露天風呂に移動する。外の空気がひんやりと肌に触れ、湯船から立ち上る湯気が幻想的な雰囲気を作り出している。露天風呂の湯に浸かると、頭上には青空が広がり、風に揺れる木々の音が静けさを際立たせる。温かい湯に包まれながら、自然の中でリラックスする時間は格別だ。沙羅が中学生の時、家族旅行で訪れた温泉地を思い出す。あの時も、彼女は温泉を楽しんでいた。今では仕事に追われ、そんな時間を持つことが少なくなってしまった。
沙羅が幼い頃から私の耳の代わりをしてきたことを思い出す。私は3歳の時に聴力を失ったが、沙羅は生まれた時から手話で会話する環境で育った。彼女が3歳になる頃から、私の電話通訳をしてくれるようになった。病院や役所、学校など、どこへ行くにも沙羅が一緒にいてくれて、彼女が私の声となり耳となってくれた。本当は引っ込み思案な性格でありながらも、大人の代わりに発言してくれる沙羅の姿を見て、彼女の成長に感謝と同時に申し訳なさも感じていた。
私たちの家には、聴こえない友人もよく訪れていた。彼らもまた、幼い沙羅に通訳を頼むことがあった。その姿を見るたびに、沙羅の成長を感じると同時に、頼りすぎているのではないかという不安も感じていた。
沙羅が大学進学を希望した時のことも思い出す。当時は家計が厳しく、すぐ下に息子もいたので、男の子を大学に行かせるものだと決めつけていた。その結果、沙羅は大学進学を諦めざるを得なかった。彼女は悔しさを抱えながらも、地元の企業に就職した。就職難の時期に就職を決めた沙羅は、意外にも優秀だったのかもしれない。彼女の頑張りと忍耐力は、私が誇りに思うことの一つだ。
沙羅の現在の生活もまた大変だ。彼女はシングルマザーとして杏奈を育てながら、フルタイムで働いている。毎日、仕事と家庭の両立に追われ、休む暇もない。沙羅の一日がどれほど忙しいかを考えると、胸が痛む。彼女の職場では、上司や同僚からの期待も高く、プレッシャーも多い。彼女はそのプレッシャーに負けず、常に全力で取り組んでいる。その姿を見ていると、誇らしさと同時に心配も募る。
最後に薬草湯に浸かる。薬草の香りがふわりと漂い、呼吸をするたびにその香りが体内に広がる。温かい湯に包まれながら、心と体の疲れが癒されていくのを感じる。薬草の成分が肌にしみ込み、リフレッシュした気分になる。心の中で、「沙羅もこんな風にリフレッシュする時間が持てればいいのに」と思う。
スーパー銭湯でのひとときを十分に楽しみ、心身ともにリフレッシュした後、家に戻ることにした。帰宅後、再びスマホを手に取り、沙羅にビデオ電話をかけてみるが、またもつながらない。せっかくリフレッシュしたのに、再びつながらないことにイライラしてきた。今度はメッセージを送ることにした。「さっきから何度も電話してるんだけど、忙しいの?」と何度もメッセージを送るが、返事はない。つながらないことにますますイライラしてきた。
再度ビデオ電話をかけてみると、ようやく繋がり、沙羅が画面に現れる。彼女は明らかに忙しそうで、「ママごめんね、仕事中」と謝る。画面に映る沙羅の顔には疲れの色が浮かんでいる。いつも元気な彼女の顔がこんなにも疲れ切っているのを見るのは、胸が痛む。
元気づけようと「今日、スーパー銭湯に行ってきたの。やっぱり広いお風呂は気持ちいいわね」と話しかけると、沙羅は一瞬だけ笑顔を見せ、「そうなんだ、良かったね」と言った。しかし、その笑顔もすぐに消え、重たい表情に戻る。彼女の目には疲労の色が濃く映り、彼女の忙しさを物語っている。
「サプリメントの定期購入を止めたいんだけど」と切り出すと、沙羅は細かく聞くこともなく、「電話番号言って」と言い、電話してくれることを約束する。「電話したらメッセージするよ」と彼女は言った。
その後も、沙羅と話したくてビデオ電話を1時間ほど続けた。沙羅は「うんうん」と画面越しに聴いてくれ、たまに話してくれる。しかし、彼女の顔色が悪いのが気になって仕方がない。沙羅は時折、書類を気にしながら話しており、彼女の忙しさがひしひしと伝わってくる。沙羅は仕事に戻らなければならないらしく、「お母さん、またね」と言ってビデオ電話を切った。
電話を切った後、紗羅のことが心配になりながらも、どうすればよいのかわからない。部屋が寒く底冷えするので、温かいお茶を入れようと立ち上がり、カップを取り出す瞬間、突然胸が苦しくなった。胸の奥に鋭い痛みが走り、息を吸うのも辛くなる。「あれ?」と思う間もなく、体がぐらつき、カップを持ったまま膝から崩れ落ちる。カップが手から滑り落ち、床に落ちて音を立てるが、その音は体に響くだけで耳には届かない。
意識が薄れていく中、沙羅の顔が頭に浮かんだ。「沙羅、ごめんね」と心の中でつぶやきながら、視界がぼやけていく。最後に見えたのは、住み慣れた天井と、その上で揺れる光だった。仰向けに倒れ、冷たい床の感触を感じながら、意識はさらに遠のいていった。
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