津島あんこ

津島あんこ

最近の記事

【3分小説】正当防衛

「被告人は無罪とする」  この瞬間、男は公的に認められた唯一の超能力者となった。男の能力、「未来予知」が裁判で認められたのだ。  男は殺人の罪で裁判を受けていた。銃で人を撃ち殺したのだ。白昼堂々の犯行であり、男の罪は誰の目で見ても明らかだった。しかし、男は次のように主張したのだ。 「私が撃った相手は、次の日私のことを殺そうとしていました。だから私は自分の身を守るために彼を撃ったのです。従ってこの行為は正当防衛です」  もちろん初めは誰も信じていなかった。罰を逃れるための口から

    • 【3分小説】律儀な悪魔

       真っ暗な部屋にロウソクの火が揺らめいていた。部屋の真ん中には円形をベースにした幾何学模様が描かれた布が敷かれている。開いて置かれた古びた本を前にして、一人の青年が正座をした状態で祈るように両手を組んでいた。青年は真剣な面持ちで目をぎゅっと閉じていたが、突然目を開けると低く厳かな雰囲気で声を張り上げた。 「ランランチョムチョム!」  発声と同時に青年は両手を開いて上方に広げた。そのまま青年は動きを止めた。静寂が辺りを包む。しばらくして、青年は緊張を吐き出すようにため息をついた

      • 【3分小説】訪問販売

         ピンポーン。  スーツ姿の男は呼び鈴を鳴らし、ドアスコープにむかってにこやかな笑顔を向けた。男は訪問販売のセールスマンであった。支店での営業成績はトップ、まさに営業のエースだ。  男はしばらく待機して、もう一度呼び鈴を鳴らした。さらに10秒ほど待機したが家人が出てくる様子はない。しかし、男は初めに呼び鈴を鳴らした際に家の中から物音がするのを聞いていた。おそらく居留守だろう。そこで男は大きな声で呼びかけた。 「サトウさーん! 先ほど窓からチラッとお姿を拝見したのですが、大丈夫

        • 【3分小説】一時停止

           午後8時、男は黒い自家用車で道路を走っていた。ちょうど今日の仕事を終えて帰路についているところだ。明日に回した業務のことを考えながら、男は半ば無意識に車を運転していた。  そうして自宅近くの信号のない交差点に差し掛かかると、男は少し憂鬱な気持ちで車のスピードを落とした。男はこの交差点に嫌な思い出があったのだ。ここ10年近くは通過するのを避けていたのだが、いつも使う道が工事で通行止めだったのでこの日は仕方なく通ることにしたのだった。  徐々に男の車が交差点に近づいていく。ふと

        【3分小説】正当防衛

          【3分小説】悪い虫

             —― A ――  私の名前はA子。  愛しの彼はB男さん。彼を見つけたのは、先日夜の海沿いを散歩しているときだった。夜の海は広く、深く、真っ黒で、気を抜くと吸い込まれそうになる。  その時の私はそのまま吸い込まれてもいいかな、なんて考えていた。特別嫌なことがあったわけではなく、むしろ特別なことが何もなかったから。  だけど、出会った。B男さんと。一目見てこの人が私の運命の人だとわかった。  黒いジャケットを着崩し、タバコをふかして夜の海を眺めていたB男さん。どこか影が

          【3分小説】悪い虫

          【3分小説】睡眠負債

          「ふぁー、もう寝よう」  日曜日の午後10時半、男はいつものように床についた。仕事の疲れから、男は毎日泥のように眠りにつく。そうして、気が付いたら朝を迎えるのだ。  しかし、この日は様子が違った。男は夢をみたのだ。もちろんただの夢ではない。いやに意識がはっきりとしており、自分が確かに眠りの中にいるということが認知できた。  夢の中はただただ真っ暗な空間が広がっており、自分の体が宙に浮いているようだった。自分がどこを向いているかも分からないような不思議な感覚の中で、男は声を聞い

          【3分小説】睡眠負債

          【3分小説】神さまの涙

           男は古びた窓から外を眺めていた。少し薄暗い夕暮れ前、今日も雨が降っている。  男が暮らしている町は、雨が多いことを除けばごくありふれた町だ。決して裕福ではないものの、農作物が良く育つ気候のため暮らしには不自由していない。そんな取るに足らない町ではあったが、一つだけ特徴があった。  雨が青いのだ。それはもう美しく澄んだ青色で、他の地域の人々からは「神の青い涙」と称されている。  しかし、雨の色などそこに住む男にはどうでもよいことだった。もはや日常の風景であり、何の感動もない。

          【3分小説】神さまの涙