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【3分小説】正当防衛

「被告人は無罪とする」
 この瞬間、男は公的に認められた唯一の超能力者となった。男の能力、「未来予知」が裁判で認められたのだ。
 男は殺人の罪で裁判を受けていた。銃で人を撃ち殺したのだ。白昼堂々の犯行であり、男の罪は誰の目で見ても明らかだった。しかし、男は次のように主張したのだ。
「私が撃った相手は、次の日私のことを殺そうとしていました。だから私は自分の身を守るために彼を撃ったのです。従ってこの行為は正当防衛です」
 もちろん初めは誰も信じていなかった。罰を逃れるための口からでまかせか、あるいは精神に異常をきたしていると考えられていた。しかし、男が言ったことが何度も実現するにつけて、だんだんと男を見る周囲の目が変わってきた。

「明日のお昼ごはんは生姜焼きか。楽しみですね」
 男が言うと、次の日の昼食には生姜焼きが出た。
「明日の担当さんは指を怪我したようですね」
 男が言うと、確かに次の日の監視の担当者は包丁で切った指に絆創膏ばんそうこうを巻いて出勤してきた。
「明日は大きな地震が起きるから気をつけなさい」
 男が言うと、次の日大きな地震が発生した。


 これは、ひょっとすると本当に男に未来予知の能力があるのではないか? そう考えた政府の役人は、脳科学の第一人者の博士に検証を依頼した。博士は意気揚々と快諾した。
「あなた達は運が良い。つい先日、個人が頭の中に描いているイメージを投影する機械を発明したところだ。発明したはいいが、試すことができるサンプルが見つからなくてこちらも困っていたんだ。どれ、早速実験してみよう」
 男は博士の研究施設へと連れられた。頭にはこれでもかというほど電極が取り付けられ、さながら頭からスパゲティを垂らしているような風貌ふうぼうになった。スパゲティは最終的に束ねられて、大きなモニタを有する機械に繋がっている。博士は陽気な様子で男に語りかけた。
「さて、未来予知とやらをやってみてくれるかな」
「いいですとも」
 男は目をつぶった。皆がモニタを凝視する中、段々と映像が浮かび上がってきた。一面真っ白な壁に囲まれた部屋の中。上部に人の頭くらいの大きさの正方形の小窓がついている。
「素晴らしい。ここは本日の実験終了後に君が向かう部屋だ。君はどれくらい先の未来が見えるのかね?」
「調子にもよりますが、大体1日から2日先くらいです」
「能力を使用する際に目をつぶっていたね。未来予知のためには目をつぶる必要があるのかい?」
「いいえ、能力を使うことに集中すれば予知ができます。ただ、目を閉じた方が集中しやすいのです」
「なるほど。映し出された未来の映像を見ると君の目線のようだな。君の目線ではなくどこか遠くの場所の未来を覗くことはできるのかな?」
「いいえ、できません」
 付き添っていた政府の役人は少し肩を落とした。なかなか使いどころが難しそうだ、とでも思ったのだろう。しかし、博士の好奇心はまだまだ尽きないようだった。
「では、君の部屋にテレビを置くことにしよう。君、早速テレビを部屋に運んでくれ」
 博士が言うと、助手が足早に離れていった。博士は続けた。
「よし、テレビではベースボールの試合を流しておこう。明日は私の応援するAチームの試合があるのだが、試合結果が見えるかね?」
 少しして男が答えた。
「3対1で勝ったようです」
「よしきた! 今日は前祝いだな」
 博士は嬉しそうに笑った後、笑みは崩さずに目線だけ鋭く男を見据えて言った。
「答え合わせはまた明日だ。今日は部屋で休みなさい」


 果たして、次の日Aチームは3対1で試合に勝利した。およそ1ヵ月に及ぶの実験の後、男は政府に協力することを条件に自由の身になったのだ。


 しばらくの間、男の生活は順風満帆だった。男のために用意された部屋で何不自由なく過ごし、監視を兼ねる付き人はいたが外出も可能だった。男の仕事といえば、たまにどこかのカメラの映像が用意され、未来の様子を報告することくらいであった。おそらく政府にとっては重要な場所なのだろう。
 しかし、数か月後にそんな男の生活に暗雲が立ち込めることになった。もう一人の未来予知の能力者が見つかったのだ。新しい能力者は男の予知能力が裁判で認められたニュースを知り、自分も同じように未来予知ができると役所に名乗りを上げてきたのだ。
 博士による実験の結果、もう一人の能力者の未来予知も本物だと認められた。しかも、その能力者は3日先の未来まで予測できるというのだ。
 男は狼狽した。きっと自分の待遇も落とされるはずだ。もしかすると、未来予知能力の流出のリスクを抑えるために、優秀な新しい能力者だけ残して自分は処分されるかもしれない。だからといって、男にできることは不安を感じながら毎日を過ごすことだけであった。
 しかし、ある日男に転機が訪れた。戯れに未来を予知していたところ、新しく来た能力者が自分を銃で撃ち殺す映像が見えたのだ。男は小さく笑みを浮かべてつぶやいた。
「これは幸運だ。この映像を役人に見せれば新入りを殺す許可がもらえるはずだ」
 男は急いで博士の実験室に向かった。そこに思考を映像化するモニタがある。そのモニタで新入りの犯行計画を皆に公開するのだ。男は実験室の前までたどり着くやいなや、ドアを勢いよく開けた。
 バン、と銃声が鳴った。しかしそれは実際の銃の音ではなく、目の前のモニタに映し出された映像からの音であった。男は映像に目を向けた。映像の中で銃を持っているのは、なんと男自身であった。
 男が訳も分からず立ちすくんでいると、今度は本物の銃声が鳴った。そして男は静かにドアの傍に倒れこんだ。


 政府の役人が倒れた男の生死を確認している。その様子を横目に見ながら、もう一人の能力者がそばにいた博士に話を始めた。頭にはスパゲティのような大量の電極をつけている。
「映像でご覧の通り、彼は私を殺そうしていました。ですからもちろん正当防衛ですよね?」

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