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ちいさな勇気。繋がる希望。高田馬場の書店さんに「看板」がつくまでの一年間

あれは2022年の1月24日のことでした。
たまたま大きな仕事が終わり、ひと段落して数日ぶりにTwitterを開きました。わたしは普段あまりTLを追えていないので(主に生存確認に使っているので投稿したらその前後ぐらいしか見ないのです)、うーん……たまにはTLをゆっくり見ようかなとスワイプしました。

「それ」はふと目に留まりました。

どなたかがRTされたツイートでした。
高田馬場駅ちかくにある、芳林堂書店高田馬場店さんのTwitterアカウントで、1月21日に「うちには看板がないのです……」と悲痛なツイート。
そして1月24日に「チラシを配ってみます。でもチラシだけだと受け取ってもらえないかもしれないので、版元さん、チラシの裏に刷る作品を何かください……」と、それはとても胸が締まるような思いで綴られた文章が投稿されていました。
ツイートをされていたのは店長さんです。
書店の情報が書かれているだけの呼び込みチラシではもらってくれないかもしれないと思われたか、実際配ってみてそうだったのかもしれません。なので版元さんたちに呼びかけていました。わたしが見たときには特に返信されている方はいなかったように思いました。
(そのあとはいたかもしれない……間違ってたらすみません)

さて、遡れば学生時代。
講義が終わると、芳林堂書店高田馬場店さんに立ち寄って本を選んだり買ったり、友人たちと行ったときには流行りの漫画のことでわいわい語り合いました。わたしたちにとっては、なくてはならない遊び場のひとつだったのです。そのころの情景が不意に思い出されました。
なので店長さんの切実な呟き(ツイート)は、わたしにとって、第二の故郷の危機のように感じられたのです。思い出が詰まった書店さんになにか恩返しができないか。ただそれだけの思いで慌ててパソコンを立ち上げ、キーボードを叩きました。深夜の0時のことでした。

版権ものはよくない。
いろんな権利が絡んでくるから。
だったら一からぜんぶ書き下ろせばいいじゃないかと思い、芳林堂書店高田馬場店さんを舞台にした女の子の友情SSを書き下ろしました。
青春と本、甘酸っぱさと懐かしさ……書店でしか味わえない「縁」と「夢」を詰めました。
レイアウトはこうで、チラシだから読みやすいような行数と文字数は……せこせこと作成し、明け方にはデータを店長さん宛にお送りしました。

……メールに添付してお送りする直前、青木杏樹ってどの作品を書いている、どんな作家なのかぜったい知らないだろうなと思いました。
もちろんマイナー作家の自覚はありましたから、影響力なんてあるわけがない。これをお送りすることは余計なお世話かもしれないと躊躇いはしました。
でも、いらないならいらないで、店長さんの判断で無視していただいて構わないと思ったのです。
それならそれでいい……。
もとより依頼もされていないのに、わたしの勝手で書いて余計な押し付けをした原稿です。
わたしは思い出の書店さんがなくなる未来は嫌だと思ったし、あの悲痛なツイートを見て見ぬフリはできなかった。本当にただそれだけでした。

ところが翌朝。
出勤してすぐにメールを見てくださった店長さんは(ありがたいことに)大喜びされたそうで。どうやら急いでコピー機で印刷して、早速ポケットティッシュに挟んで配ってくださったらしいのです。
「うちの書店を舞台にした小説がついてます!」と、1月末の寒空の下、店長自らが街頭に立ってチラシ入りポケットティッシュを配ってくださいました。その様子はTwitterで流れてきました。
「配ってくださっている!」
うれしい、と思いました。
ですがポケットティッシュに挟み込む関係で縮小印刷してしまったので、SSの文字が小さくて読みにくいことを感じられた店長さんは、印刷所に頼んで本格的にA5版で刷ることにしたそうです。
そ、そこまで!? とわたしは驚きましたが、喜んでいただけてよかった……と正直ホッとしました。

その書店を舞台にした書き下ろしSSがついているチラシを配っている、面白い取り組みだ、ということで芳林堂書店高田馬場店さんは口コミでじわじわと話題になっていったそうです。

それからしばらくして、わたしよりもずっと先輩で、知名度の高い作家さんたちがチラシの裏小説を提供してくださるようになっていきました。
賛同してくださった先輩作家の皆様には感謝してもし尽くせません。

チラシを刷ることはタダではありません。
労力もかかります。それは忙しい書店員さんにとって、特に管理と運営を任されている店長さんご自身が配るというのですから、わたしのような人間には想像もつかないほど大変なことだったと思います。
けれど店長さんは作家書き下ろしSSが読める……そんなちょっとしたオマケがついたチラシ配りが、店の集客につながるはずだと信じて、2月もずっと街頭でチラシを配り続けていました。

店長さんは本気だ、と思いました。
書店存続をかけて本気で抗っている。
あらゆるアプローチを駆使して戦うことで、未来につながると信じている。
わたしは必死になってチラシを配る店長さんの姿を遠くから見かけるたびに、がんばれ……がんばれ……と密かに応援していました。

わたしは確かに「きっかけ」を書いてお送りしたのかもしれません。けれど、そもそも勇気を振り絞って(そういうことが不快と思う方もいるかもしれない中……)なりふり構わずツイートを投稿されたのは店長さんであり、わたしはたまたまそれを目にしただけで、いきなり送られてきた無名にもちかいマイナー作家のSSをチラシの裏に印刷して配り続ける決意をしたのも店長さんです。

わたしは、ただただ、その気持ちのキャッチボールがうれしかったです。
作家が書店さんにできることは限られています。
(本来作家が書店さんに直接こうしたコンタクトを取ることは稀で版元の営業さんを通してでしかやり取りはしないものです。でも今回は芳林堂書店高田馬場店さんにお送りするために書き下ろしたものですから……かたちとしては書店さんと自営業の作家のやり取りですよね)
いつもわたしたちの本を売ってくださっている書店さんに、営業さんを介して感謝の気持ちを伝えることはできます。確実に売れるとわかっている作家のサイン本やサイン色紙ならばもちろん喜ばれることでしょう。しかし本を出しても数字がとれる確約のない、わたしのような売れない作家でも書店さんの助けになる手段はないだろうかと日々悩んでいました。
申し訳ないことに、わたしは作家……物語を届けることしかできないのですから。

早いもので、あれから1年が経過しました。
先日、店長さんからメールをいただきました。
「お店の看板がついたんです!」
我が事のようにうれしくて、もちろんすぐに見に行きました。確かにお店が入っているビルにピカピカと看板が。柱にも綺麗な看板がついています。

「すこしずつですが、なんとか思い描く方向に進んできまして……」と、店長さんははにかみました。わたしのお陰だと何度もおっしゃるけれど、わたしは依頼されたわけでもなく余計なお世話な気持ちのまま小説を書いて、思い出の書店さんがなくなってほしくないという思いを伝えただけです。

芳林堂書店高田馬場店さんには、青木杏樹コーナーがあります。お忙しい中、店長さんと文庫担当さんが作ってくださいました。
常に青木杏樹が執筆した本の在庫を絶やさず、すべての既刊を置いてくださっています。そんなのお店にとって得なんてないのに、こんなマイナー作家のサイン本もたくさん作らせていただきました。日々の業務だけでもお忙しい中、ご厚意で、全国にちらほらといてくださる青木杏樹の読者さん宛に地方発送までしてくださいます。(基本的にはそのようなご親切な対応はしないものです)

わたしはもうじゅうぶんすぎるほど、芳林堂書店高田馬場店さんからたくさんの幸せをいただきました。これからはその恩を返す番です。
欲のすくない性格のわたしでしたが、そんな店長さんたちの想いに報いるためにも、最近では徐々に「売れる作家になりたい」と思うようになりました。全国の書店員の皆さんに、誇らしげに売っていただきたい……青木杏樹の本だ〜って心から期待を叫んでもらえるような本を書く作家になりたい。
そんなとても高すぎてこえられないぐらいのでっかい夢ができました。

わたしには物語を書くことしかできません。
でも、それで誰かに喜んでもらえるなら、自分を勇気付けられるし頑張れると思いました。

他にもイチオシの本を売りたいと思ってくださって、がんばってPOPを作ったり、SNSで発信してくださる書店さんは全国にたくさんあります。
書店員さんはいつも本をベストの状態でお店に並べて、我々作家の夢を届けてくださっているのです。
どうかおちかくの書店さんで本を買ってください。
書店さんによってその情熱の方向性は違うと思います。
ときに旅をして、その土地の書店さんに立ち寄ってみてください。品揃えが違ってたり、地域性が出てたり、さりげなく書店員さんのパッションが感じられる呟きがくっついていたり……どのお店もディスプレイにも品揃えにも個性があって本当に書店さんはテーマパークみたいです。

今回は芳林堂書店高田馬場店さんに看板がつくまで、を綴ってみましたが、他にもたくさんの書店さんとの思い出があります。これからもきっと増えていくと信じています。

芳林堂書店高田馬場店さん、これからも地域の皆さんに愛される書店さんでありますように。
失敗を恐れず、時代の波に抗い続ける書店さんの情熱の灯は、きっと街を照らしてくれます。

物心つく前から書店さんはわたしの心の拠り所です。孤独を埋めてくれたのは、いつも本でした。本で友達もできたし、本がだいすきだったから想像するたのしさも学べたし、本の中の物語に没頭したから現実では味わえない人生の追体験もできたし、本でこうしてご飯を食べることができています。
青木杏樹を育ててくださったすべての書店さんに感謝しています。


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