「あったること物語」 4 おむかえび、おくりび
おむかえび、おくりび
お盆にまつわるお話を もうひとつふたつ、お話ししましょう。
母の実家は、ご先祖のお墓を集落の中心に置くという村にありました。
普通は 人家から離れた山の中や、お寺さんに あるものですが、母の土地は、村の真ん中にお墓が集まっていて、お墓周りの手入れや掃除、お参りが すぐに出来るようになっていました。
そんな集落の 家々の庭先には、季節の花が咲きほころび、お墓や仏壇にいつでも備えられるようになっていたのです。
ぴーーーーーーー、ぶぅ、ぴぃ、ぷぅ。
いとこのお姉さんが、庭の ほおずきの実を使って、上手に口の中で音を鳴らします。
ほおずきの実は、まるで海の珊瑚を磨いて 大玉にしたように美しいものです。
赤みを帯びたオレンジ色で、ぱりぱりの皮に包まれています。それを取り出して、よくよく もみほぐし、種を全部 外に出します。
種は 小さなつぶの集まりなので、このときに良くほぐさないと、固まったまま薄い皮を突き破って出てきてしまいます。すると音の鳴るほおずきになりません。
それに、種が少しでも残っていると、口に含んだ時に もの凄く 苦いのです。
短気な男の子や、指の力の弱い小さな子には なかなかこれが難しくて、ほおずきの笛が作れません。
作れたとしても、今度は 口の中に含んで、ぴぃぷぅ、びぃぶぅ、舌を使って音を鳴らすのはとても練習が必要で、私は今でも 出来ません。
これは、ほおずきの笛を一番上手に鳴らす いとこのお姉さんのお話です。
ある年の 八月一三日、お盆の入りの夕方。
いつものように、親戚一同が玄関に集います。
夕暮れ迫る庭先で、大人は、家の家紋の入った提灯に明かりを入れます。
子供達は 一メートルほどの長さの竹の先にぐるぐると古布を巻き付け、油を垂らした 松明を持たされます。
お墓から帰る時、油を浸ませた布に火を点けて、松明を灯しながら家に戻るのです。
「お墓に、おしょうろさんば お迎えに行くよ。」
大人達は先に立って、集落の中心にある墓地へ行き、そこで お線香を上げたり、お参りしたり、近所の人たちを見つけては話し込んだりします。
さっさとお参りを済ませた子供達は、そのあいだ、やることもなくて ぷらぷらしています。
「ねぇねぇ。帰り道、あたしに その棒、持たせて。」
松明を持つ いとこの男の子に頼みます。
「安寿は、ちっさいから無理。おまえに火の付いた棒なんか持たせたら、お父さんに、げんこつ食らう!」
毎年の やりとりでした。
「この、お迎え火を頼りに、死んだご先祖さんがうちに来るんやけん、おしょうろさんを ちゃんと 家まで案内出来る人間が、火を持たんといかん。長男の、俺の仕事や。」
私より いっこ上なだけなのに、まだ、幼稚園児のくせに、威張るやつだ。
「知ってる?会ったことないけど、うちのひいお祖母さんって、足が悪かったんだって。あんた、一家の長男ならさ、その ひいお祖母さん、負ぶって連れて帰ってやりなよ。」
長女のお姉さんが、長男風を吹かせる弟に にやにやといどむ。
「え、っと……、えーーーっと……。」
男の子のほうが、女の子よりずっと恐がりなのは、その頃から経験上よく知っていました。
「おれ、お迎え火持ってて、片手、ふさがってるからさ……、無理。」
「あたし、負ぶってあげても良いよ!」
元気よく声を上げたのは、ほおずき笛を上手にならす、中学生のお姉さん。バレーボール部で、活動的な女の子でした。
お墓に向かって、くるりと背を向け しゃがみ込むと
「ひいお祖母さん、うちの背中におんぶされると良いよ。背負って帰るけん!」
それに驚いた子供達は、大笑いしました。
「跡取り息子より、次女のお姉ちゃんのほうが よっぽど勇気があるよ!」
「きゃぁぁぁぁぁぁ‼」
おんぶしてあげると言って、お墓の前に後ろ向きにしゃがんでいた お姉さんが、いきなりすごい悲鳴を上げました。地面にべったりと尻餅をつき、両手をばたつかせながら、目をむいてあえいでいます。
目の飛び出るほど充血して苦しがっている いとこを見て、子供達は固まってしまいました。
悲鳴を聞きつけた大人達が、慌てて集まってきます。
「いったい、どがんしたとね⁈」
大人達の問いに、年長の子供達が 手早く説明をします。
「おしょうろさんに そう言ったんなら、あんたが責任もって、おんぶして帰らんといかんよ。」
思ったよりも冷静な、真剣な顔つきで言うので、子供達は面食らいました。
「……ただの 遊びで言ったのに……。」
涙でびしょびしょ、嗚咽を上げる お姉さんを 引き上げて、いとこ達みんなで 背中を押します。
松明に火が灯されました。
黒い煙と赤い炎はめらめらと、陽の落ちた世界の新たな印となります。
子供達は誰もしゃべりません。いつも元気なお姉さんが背中を丸めて、うんしょうんしょと歩きます。
私は、お姉さんの背中に 誰かが負ぶわれている姿は見えませんでした。
ただ うす暗闇の中、地べたを見ると、松明の揺れる炎に映されて、私たちの頭数よりも多い人たちの影が 家へと一緒に入っていくのが分かりました。
八月一六日は、盆明け。お盆の行事の終わる日です。一般は一五日ですが、うちの母の田舎は、一六日が盆明けでした。
おしょうろさんと一緒に 冷や麦を頂いて、夕方になったら また 大人達は提灯。子供達は、送り火の松明を手に持って お墓へとおもむきます。
今度は家の庭先から火を灯します。
お迎えに焚く火は おむかえ火、お見送りに焚く火は 送り火。
夕暮れの中、みんな ゆっくりと歩きます。
お仏壇に向かって『お墓へ連れて帰るから、自分の背中に負ぶされ』なんて冗談は、今度は誰も言いません。
大人も子供も、お墓へつくと、最初の時と同じように お線香を上げ、手を合わせます。そしてまた、近所の人たちと輪を作り、大人達は世間話に花を咲かせます。
昼の暑さが残る墓地、つやつやと大きなクロアゲハがひらひら低く飛び回るのを子供達の目は黙って後追いました。
つまらなく待っている間、一番年長のお姉さんが 言いました。
「おしょうろさんを送って、家に帰り着くまで、絶対に後ろを振り返ってはダメだよ。」
「なんで?」
その しきたりを知らないのは、どうやら私だけのようでした。子供達の顔は真剣です。
「なんでって、ついて来んさっからさ」
「家族との別れは、辛かろう?安寿がもしも死んじゃったらさ、お墓に ひとり 置き去りにされるのは嫌やろう?」
畳みかけるように いとこ達が言います。
「生きてる家族が 名残を惜しんで振り返ったらさ、ついて来ちゃうんだよ、家の中に、ずっと。」
本当に、そうだなと思いました 。
ツイとクロアゲハが空に高く舞い去りました。
ひとりぽっちで あの世へ帰るのは辛い。だから、おしょうろさん達は連れ立って訪れて来て、みんなで揃って 帰られるのだなと思ったことでした。
©︎2023.Anju
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