足るを知る彼と、満たされない私 [後編]

起業家という道を経て、今は作家を夢見て執筆活動に明け暮れる橋本なずなです。

だから五軒目になるのだろうか。
きっとこれが最後に訪れたお店で、そこで私は泣いていた。そして彼も泣いていた。

前編はこちらから

奥行の広い店内は落ち着いた雰囲気で、私たちは出入り口から入ってすぐのカウンター席に腰かけた。
赤星の瓶が目の前に置かれる。小さなグラスに互いに注ぎ合い、チンと音を立てて乾杯をする。

一昔前の邦楽が鳴っていた。私は酩酊状態で、覚えているのはサザンオールスターズと西野カナの何かが流れていたということだけだ。

「 でも好きになっちゃったと思う、○○さんのこと 」

私はまだ芽生えたばかりの、熟れていない気持ちを伝えたのだろう。
“でも” が意味するのは、彼が今に至るまで話さないでいた彼女の存在についてだった。

「 彼女がいるのに、なんで連絡先交換したの? 」
「 彼女がいるのに、なんで今日ここに来たの? 」

その問いに彼は『 なずなさんが魅力的だったから来てしまった、ごめん 』と静かに答えた。

一人になるのは、いつだって私だ。
パートナーが居る人は味見程度に他の異性を見るけれど、私はその気の無い男性と食事になんて行かない。
何を成し得ても満たされない私が、これまでに足るを知ることができたのは人を愛した時だけだった。

だから彼女が居ると告げられた時「 まだ頑張らなきゃいけないのか 」って思った。
以前のパートナーと別れてから一年半、本も出版してテレビにも出た。
企業のアンバサダーも務めて、【橋本なずな】と調べれば幾つかの予測変換が出てくる程には名を売った。
なのにまだ、私は足るを知れない。足るを知ることを許されない。

人を愛することを許されない。

とてもじゃないけれど、眼の淵に滲む涙を堪えることはできなかった。

「 ごめんね、私よく泣くの。だから別に深い意味なんてないよ 」
そう言うと、彼は親指の腹で私の涙を拭いながら『 でも思うことがあるから泣いてるんでしょ? 』と囁いた。優しくて穏やかな声だった。
あぁ、この人の前では強くあろうとしなくて良いんだ、と心がほぐれていく気がした。

それから私は好きになっちゃったと言って、彼への気持ちを飽きるまで吐露した。『 今は応えられない 』と言いながら、悲しいのか嬉しいのか、彼も一緒に泣いてくれた。

——— 時刻は深夜2時。終電はとうに過ぎている。
私たちはお店を出て、近くの漫画喫茶に泊まることにした。

ホテルに行くという選択肢を捨てたのは私だった。
ホテルに行けば、私の理性なんぞ何の役にも立たないことは明白だった。
それにもしも彼の身体に触れられることがあるならば、酩酊し涙でメイクがヨレている今でなくて、素面で、彼の瞳を真正面から見られる時が良かったから。
綺麗な私を見せられる時が良かったから。

その道中に、出版しているという話をした。
『 それって、LINEの名前の後に書いてある「10歳で私は穢された」っていうやつ? 』
「 そう、良かったら読んでよ 」

『 それは、僕にもっと知って欲しいから? 』彼の鋭い質問に、ふと我に返る。
そうだ、あの本には私のこれまでが描かれている。
両親の離婚や兄の家出、性的虐待にビッチだったこと ——— それを明かす勇気があるだろうか。

前回のnote「 恋だろ 」で書いたInstagramの一件には、彼は関係していないようだった。彼は今どき珍しくXもInstagramも使っていなかった。
だから現時点では私が伝える情報が、彼のなかの “橋本なずな” という人間のすべてになる。

知られて良いのか?嫌われるのが怖くないか?

少し間考えて、私は答えた。
「 うん、○○さんに知って欲しいから 」

——— 翌朝、ガタンゴトンと電車が動く音が聞こえて私は目を覚ました。隣には彼が眠っている。駅前の漫画喫茶は朝でも人の出入りが盛んだ。
朝が来たということは、彼とのお別れが近いということだ。現実世界に戻りたくない一心で、私はもう一度横になる。

彼の呼吸が目の前に感じられるほどに顔を近づける。視界いっぱいに映る彼の寝顔を愛しく思って、私は自分の気持ちが冷めていないことを思い知る。

( そっかそっか、ホントに好きになっちゃったか )慰めるように私は自分に声を掛けた。

目覚めた彼と取り留めのない会話をしながら、私たちは身支度をした。

私にできることはただ、彼を好きでいることだ。
好きでいて、もっともっと魅力的な自分になることだけだ。
表現者として、作家として、一人の女として。私はもう少しだけ頑張ることを心に決めた。

「 また会える? 」と尋ねる私に、彼は『 また会おう 』と言って屈託のない笑顔で笑った。

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