寅さんシネマコンシェルジュ 第2回:新しい会社への不安と自分に向き合う

寅さんを観続けてもうすぐ20年。たくさんの人に『男はつらいよ』を観てほしいという思いから、依頼いただいた内容をもとに好みや性格をお聞きし、おすすめの3本をご紹介します。


依頼者からコンシェルジュへの希望

依頼者プロフィール
ひろこさん 編集 20代女性 寅さん鑑賞経験あり(全作品1度ずつと満男シリーズ)

転職先の新しい会社でうまくやって行けるか不安があります。最近転職活動をしたのですが、自分のやりたいこと、興味のあることについて、改めて考える機会になりました。もうすぐ新しい環境で働き始めることになりますが、そんな私に合う作品をじっくり鑑賞して自分の人生に向き合う時間にしたいです。
寅さんの映画は、中学生の時に第46作「寅次郎の縁談」を見て、高校生の時に全作1周して、その後満男シリーズ(42作目以降)を見直しました。関西ならぬ東京の笑いを楽しみながら、日本の古き良き文化と、人のさまざまな生き方をリアルに感じられる作品だと思っています。

誰もが悩みながら働いている

ひろこさんは、大学院で建築を研究されており、知識欲があり学問好きという印象がありました。自然、歴史、アート、コミュニケーション、外国文化、旅行など幅広いジャンルに興味があり、おっとりした穏やかな性格でマイノリティのものに興味があるとのことでした。20代にして『男はつらいよ』全48作を1周鑑賞している珍しい方です。印象に残っている作品は、シリーズの後半、寅さん(渥美清)の甥の満男(吉岡秀隆)が物語のメインとなる42作目以降でした。ひろこさんは鑑賞後、大学生・院生・社会人とライフステージが変化しているので、新しい視点で『男はつらいよ』を楽しんで観てくれるのではないか、という思いがありました。そこで、ひろこさんの印象にはあまり残っていない42作目以前の作品で、ひろこさんの好奇心が高まりそうなものを選びました。また、依頼には、悩みに答えて欲しいというものがあり、ちょうど新しい会社に入社するタイミングで不安があるとのことでした。そこで、悩みを抱えながらも自分のペースで奮闘する女性が登場する作品をご紹介しようと思いました。

穏やかに、心を強く持とうとする女性


※以下、作品の内容を記述します。

①第8作 「男はつらいよ 寅次郎恋歌」


公開:1971年 
マドンナ:池内淳子
ロケ地:岡山県高梁市

あらすじ:「人間の運命」と「日々の営み」について、とらやで真剣に話し合う寅さん。学校を中退し、定職につかず所帯も持っていない、「運命に逆らって生きてきた」寅さんですが、今度こそ運命に従うのでしょうか。そんな中、柴又でカフェを開店したシングルマザーの貴子(池内淳子)と出会った寅さんは、一目惚れ。貴子も息子の恩人である寅さんを頼りにしている様子ですが、二人の関係は・・・。

女主人として働く貴子は、叶わぬことを承知で、「寅さんと旅に出たい」と言います。貴子のなかで、日常生活を全て放り出してどこかに行ってしまいたいという感情と、毎日こつこつ働いて生きたいという感情が葛藤しているようにもみえますが、この葛藤は誰しも身に覚えがあるのではないでしょうか。
穏やかで心に強さを持つ貴子が、子育てや経営の悩みと日々闘っている様子から、ひろこさんが共通項や悩みと向き合うヒントを見つけてくれたら嬉しいと思いました。

②第16作 「男はつらいよ 葛飾立志篇」


公開:1975年 
マドンナ:樫山文枝
ロケ地:北海道寒河江

あらすじ:「何のために学問をするのか」の問いに対する寅さんの答えとは。考古学を研究するマドンナ・礼子(樫山文枝)とその上司・田所教授(小林桂樹)と寅さんの不思議な三角関係。ほとんど勉強をしていない寅さんが大学教授の田所に師と仰がれるあべこべなシーンも。

ひろこさんは大学院で研究されるなど知識欲が旺盛で、多角的に「学問」をとらえるこの作品はぴったりなのではないかと思いました。「論語」や「学問を追い続けるマドンナの結婚話」、「眼鏡をかけた寅さんの勉強」など、学びに関する場面がさまざま登場します。

③第41作 「男はつらいよ 寅次郎心の旅路」


公開:1989年 
マドンナ:竹下景子 
ロケ地:オーストリアウィーン

あらすじ:仕事でいきづまり、自殺しようとしたサラリーマン・阪口(柄本明)に気に入られた寅さんは、坂口とともにウィーンに行くことに。そこで、マドンナ・久美子(竹下景子)と出会います。久美子は寅さんにうながされ、日本に帰ることを決意しますが、オーストリア人の恋人が引き止めに来てしまい・・・。

外国文化や建築に興味を持つひろこさんには、ウィーンの街並みを堪能できるこの作品を気に入ってもらえると思いました。また、仕事に悩むサラリーマンや、異国の地ウィーンでガイドとして働き、自分の弱さを時にごまかしながら、ひとりで生きている久美子の心境に共鳴してくれるのでは、という推測もありました。

ひろこさんより感想をいただきました

「男はつらいよ 寅次郎恋歌」

寅さんはある人に、人間はひとりじゃ生きていけない、運命に逆らうと不幸な人生を歩むことになる、と言われる。これまで渡世人の暮らしをしてきた寅さん。結婚して家族を持つ、いわゆる一般的な生活とは違う。それは運命に逆らってきたということなのか、それとも身を任せてきた結果なのか。どちらとも考えられるけれど、本人なりの選択をして生きてきたことはきっと確かだ。そしてそれは必ずしも不幸な人生になる、とは言い切れないのではないか。幸せは人それぞれにあるものだと思った。

「男はつらいよ 葛飾立志篇」


なぜ学ぶのか? それは己を知るためで、己を知ってこそ他を知ることができるからだという。無知の知というけれど、自分の無知を知ることが学びの第一歩ともいえる。でも寅さんは「バカだねえ」といつも陰で叔父さんに言われるくらい、「無知の知」から遠いところにいるのかもしれない。けれどそれでも時には人のことを想い、人に嫌われ愛されて、人間味あふれた存在ではある。そして生きるための知恵を学んで人生を歩んできた。それで充分な学びではないか。そう思えて、私は自分自身もそんなふうに受け入れたいと思った。

「男はつらいよ 寅次郎心の旅路」


自殺を計ったが、なんとか命を取り留めたサラリーマンが、親切にしてくれた寅さんになつく。わたしも会社に行けなくなったことがあり、このサラリーマンと自分を重ねて観てしまった。身を投げ出したくなる気持ちもわかる。そんな人にとって、寅さんは夢のようなうらやましい存在にみえる。めまぐるしい社会を必死に生きるうちに、人の温かさをつい忘れかけてしまうこともある。そんなとき、ふと思い出させてくれるのが寅さんであり、この映画だと思う。

全体を通しての感想


寅さんはいろんな人を巻き込みながら、おもしろおかしく毎回私を楽しませてくれた。旅でたくさんの人と出会って、さまざまな人生を教えてくれた。寅さんやその周りの人が集まってわちゃわちゃしている様子を見て、ああ、いいなあと、力が抜けて、思わず笑顔にさせられる。そんな最高の映画だった。

コンシェルジュを終えて

ひろこさんは、興味がたくさんの分野に向いていて、どんな作品にも興味を持ってくれそうな予感がありました。また、「男はつらいよ」を既に全作品鑑賞されていることを踏まえ、1度観ただけでは気が付かない、繊細な表現が魅力でもある作品を選びました。3作品それぞれに、ひろこさんに響くであろうポイントを予想しましたが、予想とは違うポイントが印象に残ったようで、人それぞれの観点はおもしろいなと改めて思いました。第8作「寅次郎恋歌」の感想に、人間の運命に逆らって生きても寅さんは幸せに生きられる、という解釈をされていました。私は「運命に逆らうと不幸になるという台詞をそのままとらえていたので、真逆の発想を知ることができました。
ひろこさん、ありがとうございました。


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