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桜を探す春

桜って、今年はもう咲いているのかね?
わりと早くから咲く咲くといわれていたけど、当初の予想よりちょっと遅れているよね?

…ここに引っ越してきてはじめての桜のシーズン。
ゆえにわたしはこの辺りのどこに行けば桜がみられるのか、知らない。

毎日近所を散歩しているが、散歩コースのどこかに桜の木はあるのだろうか。

散歩をはじめた1月末には枯れ草枯れ木ばかりでとくに目をやることのなかった風景も、最近は黄色や紫の花があちこちで咲いているから「ああ、このへんはこんな花が咲くのか」と毎日新発見である。

…知っているようで、知らないことばかりだ。
むしろ花が咲かなければ、そこへ意識さえ向けていなかった。

∽∽∽

数年前、めいっ子と出かけたときのことである。
われわれのすこし前方を歩く男性をみて、めいっ子はわたしにこう問うた。

「あのおじさん、なんで髪の毛ないの?」

Oh…

たしかに、わが家の男性陣はみな豊かな髪の持ち主だ。
めいっ子からしたら新人類だったのだろう。

わたしたちは、年齢を重ねると髪は薄くなる傾向にあることを知っている。
そして実際に、髪の毛がフライアウェイしてしまったおっさん・おじいさんを、家庭で、職場で、通勤電車で、ちょっと立ち寄った飲食店で、いたるところで目にしている。

にも関わらず、「なぜ」髪がフライアウェイするのか、また「なぜ」男性に多くみられる現象なのか、知っているようで知らない。

男性ホルモンがどうだという話だと思うのだけれど、そうした人体の神秘をわたしは理解できていない。

∽∽∽

別に髪のしくみを知らなかろうが、生きていくうえで損することはないけれど、自分のこと、仕事のこととなると話はまた変わってくるのではなかろうか。

フリーランス、ライター、リモートワーカー、コミュニティの仲間…同じ国の人たちとの会話は楽ちんだ。
なぜなら言語が通じるからである。

いちいち説明しなくても、1を話せば5や7や10の理解が得られる。話も早くスムーズだ。

「え、それってどういう意味?」
「なんでそうするの?」などと訊かれることも、まあない。


ところが、初心者のライターさん、クライアントさんとお話ししていると、自分が思ってもみなかったところで問いを投げかけられる。

まるで「なんであのおじさん髪の毛ないの?」と訊いてきためいっ子のように。

わたしにとっては「1+1はどうして2なんですか?」と訊かれるようなもの。つまり今まであたり前のように話していた内容だけれども、「知っている」だけで「理解」はできていなかったと、ヒヤリとする。

最近立て続けにこうした「ヒヤリ」を経験して、自分はまだまだ自分の仕事に理解が足りていないのだと気づかされる。

∽∽∽

難しいよね。
「あたり前」と思っていることをあらためて疑うのって。

だって「あたり前」だから。無意識だから。
1月の枯れ草状態なのよ。

そこにぱっと花が咲いてくれたら「おっ」と目がいくのだけれど、自分のあたり前は時期が来たら咲く花とは違って、いつ咲いてくれるかわからない。

学者のように、名探偵のように、杉下右京さんのように、小さくて見過ごしてしまいそうな事象にどれだけ目を向けられるか。

あるいは、今いる国境を越えて、違うことばを話す国の人たちとどれだけ交われるか。

…さあ、外に出て、桜を探す春がやってくる。



今日も読んでくれてありがとうございます。
あなたは今年、どこに出かけて桜を観ますか?

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