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『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス ROVIDENCE』(監督:塩谷直義)を観て

久しぶりにPSYCHO-PASSの世界観に触れて、改めて面白い作品だな~と思わせてくれた。時を経て、続編やリバイバルなど名前を冠しているだけ、のような作品が作られることはあるが、今回はそういったものではなく、あくまでPSYCHO-PASSの世界を、常守朱を、正統に見せてくれる作品だったと思う。

PSYCHO-PASSの面白さは、その設定やメッセージ性だけでなく、キャラの成長とそのキャラの経験による説得力、魅力がきちんと描かれているところにあると今作を観て改めて感じた。

先ずは、作品としても作画、音楽、演出などなどどれも本当に丁寧に作られている。これまでのシリーズを思い出させてくれる歴史や哲学を滔々と話すシーンやキメるときのBGMなど、これまでのPSYCHO-PASSが好きな人が観てもワクワク出来る映像だった。アクションシーンは少しヌルっとし過ぎで、もう少しスピード感があっても良いかなと個人的には思ったけど、逆にアニメシリーズの時から殺陣や組手の所作を丁寧に描いてきた作品だから、そこのこだわりをより感じられるとも思った。

そしてやはりPSYCHO-PASS作品で重要なのはやはりそのメッセージ性、何を訴えたいかの部分だと思う。そういった意味では、一貫しての「正義とは?」を問いつつ、自身の正義を示す常守の強さが最も印象的だった。

正義とは多角的、多面的である。だからこそ上から見てみないと、見えないこともある。
よくある言い回しではある。正義は人それぞれにあると。
単純にその手の言葉を知っているだけでは血肉にはならない。その意味を汲み取る過程をどう描くかが面白い作品とそうでない作品とを分ける線引きで、PSYCHO-PASSは設定から人物の行動までもが上手いなと思う。

今回もいろんな立場の人、いろんな組織の出てきた。それぞれに自身の目指す、これが最良とする正義があった。月並みな言い方だが、何が正しく、何が間違っているかは人によって変わる。全員が同じ価値観を共有できるときなんてのは結局来ないと思う。でも常守の言った、それを議論し続けることにこそ意味がある、は改めてそうだよなと思った。それは対人も対AIも。

面白いなと思ったのは、所謂敵側と主人公側は思想を対立させることはあるが、今回は大きくは目標も同じ、それでいて主人公側に敵側と思想を同じくする人物がいる点だ。では何故主人公側にいるかと言われれば、ひとえに常守の圧倒的リーダーシップと自律性、彼女の持つ信念の強さだと感じた。長く共にしているキャラほど、常守のためにと動く。それは彼女のこれまでのブレない強さがあってこそかなと。それは免罪体質な設定にも反映されていると思うが、今回はよりそれを彼女の意志で見せられた。事実を知り、その上で自身の正義を全うするためにはどんな行動が必要か。それを実行してしまえる信念の強さと、でもだからと言ってそれがメンタルの強さを表すものではない点が彼女の魅力だと改めて思った。行動に移せるからメンタルも強い訳じゃない。その矛盾のような葛藤がありながらも、自身の立場だからこそ出来る、示せる行動を取る。そりゃそんな人がいたらついていきたくなる。

PSYCHO-PASSを初めて観てから、物事を、社会をどのように見るかを常に考える必要性のようなものを教えてもらったと思う。
常守の、悪を理解し自分の正義を疑うは、言うは易しだなと。
その二律背反を常に考えないといけないから、人には社会が必要だし、絶対は有り得ないし、絶対にしてはいけないのかなと感じた。


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