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第33回:谷崎の『秘密』は、男女の関係の儚さに注目したい物語

こんにちは!あみのです。今回の本は、谷崎潤一郎の名作『秘密』です。『痴人の愛』で谷崎の世界観に関心を持ち、別作品も読んでみようとまずは短めなこの作品を選びました。

私が読んだのは、立東舎の「乙女の本棚」シリーズ版です。

谷崎の官能的な作風と、マツオヒロミさんが得意とするレトロなイラストとの相性が抜群な1冊でした。画集・絵本感覚で読むことができるので、気軽に名作を楽しみたい人におすすめです。

あらすじ(巻末の既刊リストより引用)

私はひそかに鏡台に向って化粧を始めた。
夜な夜な女装をして出歩く「私」は、ある夜、昔の女と再会する。
そして彼女との秘密の逢い引きがはじまった。

感想

まず、物語の序盤では現実逃避と好奇心から「女装」を嗜んでいる主人公の価値観が興味深く映りました。

「本物の女性」の美しさに対する劣等感、主人公が女性に化ける時のゆっくりとした時間の流れと、表現のいたるところで谷崎独自の感性を味わうことができました。

女装で夜の街を練り歩くという「秘密」を抱えた主人公は、かつて軽い気持ちで付き合っていた女性と偶然再会します。

そして、昔以上に美しく変貌した女性に主人公は惹かれると同時に、女装では真似できない彼女の美しさに対する羨望の感情も生まれていきます。どんなに綺麗な女性に化けたと思っていても、実際の女性の美しさには敵わないのでしょうか。

更には女性に導かれ、主人公は彼女と共に奇妙な夜の時間を過ごします。雨が降る中で彼女と人力車に乗り、主人公が見たものは、どこなのかはわからないけど不思議と懐かしさを感じてしまう街の風景でした。

主人公が目撃した幻想的な街の風景は、きっと女性と以前会った時に訪れたことのある街ではないかと私は思います。彼としては一瞬の出来事も、女性としては一生分の思い出の街だったのかもしれません。

「後生だからいつまでもそう云う気持ちで居て下さい。幻の国に住む、夢の中の女だと思って居て下さい。もう二度と再び、今夜のような我が儘を云わないで下さい。」
 女の眼からは、涙が流れているらしかった。

女性が時折見せた主人公への儚げな視線や上記の箇所の言葉からは、彼に失恋したことへの悲しみの感情も含まれていたように感じられました。

また今作を読み終えた直後は、主人公の男性が「女性の美しさ」を観察している物語だと思っていました。

しかし、読書ノートに感想を書く時に内容を振り返っていると、主人公が再会した女性の立場となって読むのであれば、これは彼女の「失恋」の物語でもあったんじゃないかと考えることもできました。

物語は主人公の視点でのみで描かれていたので、彼女の詳しい気持ちは明確には描かれていませんでした。でもこの作品のタイトルは「秘密」です。

今作における「秘密」という言葉には、女装をして街を歩いている主人公の姿だけでなく、作中で彼が気付いていなかった女性の恋愛感情も隠されていたのだと思います。この物語は、複数の「秘密」からできている物語ですね。

『痴人の愛』に比べるとページ数は少ない作品でしたが、同じくらいに内容が濃い物語でした。男性と女性の恋愛観の違いはもちろん、登場人物と共に異世界にいるような不思議な感覚も注目して頂きたい作品です。

図書館で借りてきた本なのですが、この作品も女性の表現などが素晴らしくて手元に置きたくなりました笑。谷崎潤一郎は、ちょっと刺激が欲しい時に読みたくなる作家だな、と個人的には思います。

同じシリーズに『魔術師』があるそうなので、こちらも近いうちに読んでみたいです。今回も感想を読んで頂き、ありがとうございます!

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