ずっこけ伊勢神宮珍道中


先月に人生で初めてディズニーランドを体験した。ゲートに入る前の手荷物検査の段階で、キャストの方から「うわあ!グリーンとオレンジのファッション!人参みたいで可愛いですね!!」とハイテンションな対応をされ、よくわからない愛想笑いをするしかなく、挙句完全に飲み込まれ、無の境地で長い列に1時間並び、たまに出没するキャラクターたちに取り乱し、子供から冷静に「もういいよ、お母さん」と言われ、終始挙動不審に園内を放浪し、結局ディズニーを理解できずに惨敗となった。

それから一ヶ月後、伊勢神宮へ参拝することになった。
夫は乗り気で、子供は明らかにテンションは上がり切らない様子。
子供が幼少期、頻繁に神社仏閣に連れて行っていた割には、それほど興味を示すこともなく成長している。

京都駅から伊勢市駅まで2時間ほどで到着。
車内で爆睡していた息子は、到着早々に「ここどこなん?
もう疲れた」を連発。まだ朝の9時前。
心ここに在らずの子供と、お伊勢さん参拝という特別感に高揚して鼻息荒い中年夫婦は、外宮を目指す。

五月の清々しい風と、新緑。歩いているだけでもう薄汚い心が浄化されていくようである。
鳥居をくぐった段階で、「はい、よう来たね〜ゆっくりしていってや」と受け入れられた感触がある。
そのままにわたしの心はだらけた。
まだ参拝者も多くなく、ゆったりと参拝することができた。外宮を出る頃には長蛇の列ができており、ディズニーの人気アトラクションを連想させたが、「ここはお伊勢さんや」と言い聞かせる。突然のキャラクターの出没で取り乱すこともないのだ。
今回は余裕がある大人らしい態度で回れる気がする。

外宮を後にし、別宮月読宮に参拝。 四別宮が並んで鎮座されており、お参りする順番があるという。一つ一つ参拝し、夫に顔を向けると、神妙な顔で「四つ共に、インスピレーションが降りてきた、一つ目は・・」と芸術家的な発言をしてきた。
「へえ〜」と軽く相槌をしながら聞いていると、脳みそのどっかから「優しさ、優しさやで」と声がしてきた。
夫が「〜で、四つ目はな、優しさや!」と言い放った瞬間、「こわ」と思った。
息子に目をやると、相変わらず「早く帰りたい」という顔をしていた。

伊勢市駅から五十鈴川駅で下車し、内宮を目指しながら、猿田彦神社に立ち寄る。同じ敷地内にある佐瑠女神社にも参拝する。芸事の神様なので、ぜひ、踊りが上達するようにと、全国の祭りで踊れますようにと祈願した。

さて、内宮を目指す前に腹が減ってきた。時刻は昼をとっくに過ぎている。腹ごしらえをしようと一軒の店に入る。
ほぼ満席。やや癖のありそうなオヤジと、まだ若いバイトの女の子。
「お時間かかりますけど・・」と控えめに「今忙しいから他に行ってくれへん?」と言っているように聞こえたが、本日唯一ここで食べたい!と欲を見せた息子が「待つ!」と言い切るので、腰を据えることにした。

ここだけ時間止まってる?と思うくらい時間が進まないし、いつまで経っても食事がやってくる気配さえしない、「お待たせしましたー」のオヤジの声で振り向き、他の席だったことに何度も肩を落とす。後半は振り向くこともせずただ一点を見つめ、息子は隣で5時限目の授業ばりに机に突っ伏して寝たふりをしだしている。終いには、夫が「このまま待ってたら帰りの特急ギリギリになる。先に内宮参拝して、神棚買ってくるわ!料理来たら食べといて」と、鼻息荒く店を出ていった。
内宮で神棚を購入することが夫の今回の旅のミッションの一つである。
1時間ほど経ち、意気揚々と夫は神棚をゲットして店に戻ってきた。
もちろん、頼んだ料理はまだ来ていない。
ずっと待っているわたしたちと、神棚ミッションをクリアするという能動的な動きをしている夫とは、かなりメンタルの開きがある。
人間とはじっと動かず石のように待っていると、精神衛生上良くないことを身をもって実感する。
しばらくしてやっと出された料理を、5分ほどで平らげ、店を出る。余程待たせて悪いと思ったのか、オヤジは終始目を合わさなかった。

ディズニーの人気アトラクションで並んだ時にも感じたことのなかった、「この時間返して感」に身も心もぐったりとしていると、夫が腕時計を見ながら「結構ギリギリの時間やな、急いでタクシー捕まえるか、バスが来たら乗ろう!」と言い放つ。

え?
今から内宮行けへんの?
内宮参拝しないまま、帰るの?!
ポカンと口を開くと、夫は若干苛立ちながらこう言った。
「だから、あの店出てから行ってたら間に合わんから、先に家族を代表して行ったんやないか」

えーーーーーーーーーーー
あの店であまりに待ちくたびれて軽く精神崩壊し、夫の言葉もあまり入ってきていなかった。
そういうことやったん?
内宮参拝しないで帰るのって、ディズニーでいうところのて荷物検査し終えたのに、ゲート潜らんとそのまま帰るみたいなもんやんか?
猿田彦神社までのゆったりとして、バカみたいに笑ってるわたしの平和な思い出が脳内でフィードバックする。
息子に目をやると、「早く帰ろう」と言っている。
バス停で白目を剥くしかない、あまりのわたしの絶望感に、夫は軽く引いており、しばらくして「特急の電車、時間ずらすか?ネットで変更できる。そしたら内宮回れるで」
と言った。
わたしは開眼し、一気に息を吹き返した。
「そうしよう!!!」

手のひらを裏返したように元気を取り戻したわたしは、バス停を後にし、ぶんぶんと手を振りながらお祓い横丁を闊歩する。
「豆腐ソフトクリーム食べちゃう?」と景気良く3つ注文してみたり。
すると逆に夫から生気が薄らいでいく。
気づけば、お祓い横丁ピークの時間で、中々前へ進めない。
先ほど、ここを往復してきたばかりの夫は、「また同じ道歩くんか・・」と憤慨の模様。

「混んでる」+「同じ道」を歩くのが最も苦手な夫にとって、苦行としか言えないが、お構いなしで意気揚々と進むわたし。
「もう一回言うけど、俺、さっき参拝してきたばっかりやからな」と、またコーナン(ホームセンター)があったら逃げ込みたい顔をしている。
「何度行ってもええやん、天照大神もまた来てくれたんかいなって喜ぶはずや」と、夫を丸め込み、内宮へ。
急に元気になったわたしと、ぐったりとした夫。

息子はもうここまで来ると、全てを諦め、逆に清々しい顔さえしていた。家族の中で一番余裕があるのではないか。ちょっと前に約束して友達が来なかったらどれくらい待てる?と聞いてみたら、「1時間は待つ」と言いきった男である。もう、あんたが神様でいいやん、と思った






#創作大賞2023 #エッセイ部門




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