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日常に溶け込む優しさを「愛」と呼ぼう【くるり】

世界中に溢れる身近な優しさや思いやりを「愛」と呼称するとして、
その「愛」に曲をつけるとしたらどうしようか、と悩んでいる人がいたら、
私は迷いなく、この【愛の太陽EP】をそっと差し出すだろう。


【愛の太陽EP】

もしかしたら皆さんが感じられる“くるりっぽさ”の部分が詰まってる作品になっているかもしれない
くるりインタビュー@ぴあ

【愛の太陽EP】が発売される前日に公開されたインタビュー。
曲を聴く前に曲の情報を入れたくないな、と思いながらもふと目に留まったのが、この見出しだった。

”くるりっぽさ”とは何なのか。

長年続いているバンド、しかもいろんな顔の楽曲を持つバンドだからこそ、
”っぽさ”を表すに相応しい言葉を見つけるのが難しいのだが、
やはり、くるりの魅力、というのは、
「優しさ」「まっすぐなロックンロール」であると私は思う。

果たして、彼ら自身が言う「”くるりっぽさ”の部分」とは一体何なのか。
そんな疑問と仮説を頭の片隅に置いたまま、私は【愛の太陽EP】を再生した。



”っぽさ”
の答えは、
確かにここに詰まっていた。


●愛の太陽

伝えきれない 言葉の端が
海の底に沈むんだろうな
優しさや思いやりが
息を止めて沈むんだろうか
愛の太陽

ゆったりと始まるギターメロディ。
そこに寄り添うように奏でられるもう一つのギター。
そしてしっかりと地に足をつけて歩いていくようにメロディを刻んでいくベース。
一定のリズムの中にわずかな変化をつけるドラムは、まさに心の音を表しているよう。

先行配信されていた『愛の太陽』を聞いた時、
イントロだけで私はその世界にぐっと引き込まれた。

ゆっくりと起き上がってカーテンをパッと開ける。
部屋に差し込む眩しいほどの光。
大きく背伸びをして、外の空気を思いっきり吸い込む。
お気に入りのスニーカーを履いて、いつもの通り道をずんずんと歩いていく。
玄関先で立ち話をするご近所さん。犬の散歩をする少女。元気に挨拶をしてくれる少年。町中に溢れるたくさんの笑顔……

そんな描写は一切ないのに、そういう光景が私の脳裏に思い浮かんできた。
この曲は、有村架純主演の映画「ちひろさん」の主題歌でもあった。
私は映画の原作である漫画を読んでいないので、ストーリーはほとんど知らないのだが、くるりが主題歌の映画に興味を持ったので、トレーラーを何となく再生した。
そこには、先に挙げた町の光景、まさにそんな色の景色が広がっていたのだ。
映画告知用の短いトレーラーだけで、この曲がこの映画にぴったりだと確信したほどだった。


ゆったりとした曲でありながら、歩みを進めていくように感じるのは、恐らく3拍子の曲であるからだろう。
3拍子の曲、と言われると、何だかせかせかした忙しい曲のように想像してしまうが、この曲は、忙しなさを一切感じさせない。
まっすぐ丁寧に歩みを進めてくれるベースやドラムのリズム隊。
それを包み込む優しさとあたたかさを感じるギターのメロディと歌。
しっかりと自分の意思で一歩一歩足を進めていく、そんな清々しさすら感じる。

そして、『愛の太陽』という曲名が、この曲の全てを物語ってくれている。
普遍的で誰にでも平等にある太陽。
そして、誰かを思いやる優しさ。
それは決して特別なことなんかじゃなくて、
見つけ辛いだけ、気づいていないだけ、
海の底に沈んでいるだけで、
きっとこの世界はそんなあたたかさで満ち満ちているのだ。


●smile

夢なら覚めないままの
悲しい時代が来たと
誰もが思っていても
僕は君のために生きる
smile

『愛の太陽』で朗らかな気持ちになったまま連れて行かれたのは、陽だまりのような世界だった。
こちらもイントロのメロディ、音の調和が印象的な曲。
まるで観劇(それも人形劇のようなもの)を見ているかのような、
「さぁ、始まるよ」と語りかけられたような気分になった。
イントロから続くメロディはとにかく心地良いゆったりとしたもので、思わず身体を揺らしてしまうほど。

『愛の太陽』があたたかさ、だとしたら、この曲はなんだろう。
『smile』なのだから、きっと笑顔に溢れる明るい曲なんだろうな、なんて、曲を聴き終えるまでそう思っていた。
でも、この曲には心地良いメロディの中から少し顔を覗かす哀愁があった。

心弾むような、身体を揺らしてしまうようなメロディは、アウトロで表情を変える。
それまでは、ギター、ベース、ドラムだけじゃなく、その他のいろんな楽器やコーラスのメロディもあるためか、誰かと過去を懐かしみながら他愛もない話をしているような、そんな楽しさを感じていたが曲の終わりが見えた途端、物悲しさが垣間見えてくるのだ。
先に挙げた人形劇でいうところの「めでたしめでたし」といったお決まりの終幕の合図のように取れるとも思った。
しかし、それよりも、曲終わりにポツリと呟くように、静かに願うように歌われる「smile」という歌詞、そしてその後のメロディを聴いて、なんだか私はゾクッとしたのだ。
曲名の『smile』には笑顔の曲という意や相手に笑ってほしいという意だとばかり思っていたのだが、なんだかそれだけではない気がした。
そしてハッとして歌詞を見た。

君が残した魂さえも
笑っているような
ここに生きている事が懐かしい
smile

どうやらこの曲は親しい友人と笑いあって語り合うような、ただの"笑顔に溢れる明るい曲"だけではないようだった。
『smile』という曲名には、もしかしたら笑いあった過去を懐かしんでいたり、「笑顔でいてくれ」と自分に言い聞かせているのかもしれないなぁ、と思ったり。
歌詞を見返す中で驚いたのが、「僕は君のために生きる」という、あまりにも強い、誓いのような言葉だった。

以前私は「愛」とは何なのか、あれこれと思考を巡らせた事があるのだが、
詰まるところ、「自己犠牲精神こそ、愛そのものだ」と思う節があり、その精神は脆くて危ういとも思っていた。
だからこそ、「僕は君のために生きる」という強い自己犠牲の言葉があるこの歌は紛れもない愛の歌であると確信した。そして、この言葉には願いや望みよりももっと強い感情、ある種の呪いのようなものを感じたのだ。
もちろん、そんな話ではないとは思うけれど。


ただの明るい朗らかな曲ではない、哀愁のような感情も共存するという、この曲が持つ二面性に、何とも人間らしさを感じた。
それでいて、曲の持つ顔が変われどどこまでも優しいメロディが続くのは、
この曲が持つ本当の姿が”優しさ”だからなのかもしれない。


●八月は僕の名前

魔法のように溶ける僕は
あなたの名前を呼んだ
夜になって何も見えなくなっても
八月は僕の名前

『八月は僕の名前』
この曲名だけで様々な想像が掻き立てられる、なんて美しく魅惑的な言葉なのだろう、と思ったのが、曲を聞く前の率直な感想。
そしてこの曲は、先ほどの『smile』とはまた違うゆったりとした穏やかさがあった。
夜が更けてゆっくりと目を閉じていく瞬間、みたいな刹那のような永遠の美しさを感じた。

『smile』を頭の片隅に置いたまま、『八月は僕の名前』を聞くと、まるで、sideAとsideBの話を聴いているかのような、同じ世界線の話のようにも感じた。
どちらも、”大切な誰かを想う気持ち”であり、”忘れたくない大切な記憶”を歌っていると思ったからだ。

そして『smile』は身体を揺らしたくなるような楽しさがあって、人形劇のようにも感じたけれど、この曲は、観劇の終幕…いや、それよりも、プラネタリウムで眼前一面に広がる宙を見ながら語られる星物語を聞いているような感覚に陥った。
星物語のように語られるロマンチックで美しい、きっとそんな物語。


●ポケットの中

誰かにやさしくすること考えて
誰かに夢中で なにより傷ついて
きみは まだ気づいてないんだろう
ポケットの中

いつかのnoteで書いたが、アルバムよりも少ない曲数であらゆるストーリーが詰め込まれているEPという形態が、私は好きで、短編集みたいな魅力があるよなぁ、なんて思っている。
もちろん、【愛の太陽EP】も例に違わずそんな魅力に溢れていた。

一つ一つが違う世界のお話のはずなのに、根底にあるものは同じ、という感覚。
そんなEPの4曲目『ポケットの中』は、くるり流の応援歌だな、と感じた。
頑張っている君のその頑張りを僕は見ているよ、と。
君が気づいていない君の痛みや優しさも全部僕は知ってるよ、と。
大きく背中を押してくれるような応援歌じゃなくて、
今ある喜びも悲しみも全て優しく包み込んでくれるような、君が君のままでいられますように、という優しい応援歌。
そして何より、”君”の頑張りを見てくれている”僕”という優しい人を歌った歌でもあるなと感じた。
他の曲と比べてもわかりやすい言葉が組み込まれているのも、応援歌だからなのかもしれない。

大事なものは意外と身近にあるもんだ、なんて言葉はよく聞くけれど、
”本当の自分”というものも、探すまでもないほど身近にあるものなのかもしれない。
内に秘めているだけで、気づいてないフリしてるだけなのかもしれない。
きっと探し求めている答えや大切な思いなんてものも、
案外自分が持っているのかもな、なんて思いにさせられる。
ポケットの中には”本当”が詰まっているのもかもしれない。


●宝探し

君がずっと持っててくれた
だいじなだいじな宝もの
宝探し

「思いはずっとポケットの中にある」と歌われた後に、
「宝探しに夢中になった」とこの曲が続く。
この流れ故に、なんだか一つの物語を読み進めているような感覚に陥った。

この曲は、それまでの4曲と比べて、高揚感、ワクワクが募る曲となっている。
身体を揺らしたくなるような心地良いメロディから始まり、サビではベースとドラムがリズムを刻み、ずんずんと歩きたくなるような気持ちになる。
「だから私は大人になった」
「そんな私は子どもだった」

と対比する言葉が続く歌詞もあるが、この曲は、大人になっても持ち続けるキラキラした純粋な子ども心のようなものに感じた。
曲全体を通しても、上機嫌で腕をブンブン振りながら歩みを進める少年の様子が思い浮かぶのだから、きっとそうなのだろう。



●真夏日

少し手前のコンビニで
小さな倖せ手に入れて
いつも通り
今日のことを少し思い出す
真夏日

「次の真夏の話さ」
そんな言葉から始まるこの曲は、なんだか時系列がちぐはぐで、疑念を抱いてしまうのだが、そこから綴られる夏の思い出は、どれも体験したことのある、実際に見たことがある記憶のように錯覚してしまう。

夏の夕暮れ。
人の少ない川沿い。(犬の散歩をしている人もちらほら)
プール帰りの少年。(きっと風に塩素の匂いを乗せているのは彼らの仕業)
真昼に煩いほど鳴いていたセミたちは申し訳なく思ったのか鳴き声を弱めて、
遠くから聞こえる電車の音はこの穏やかな夕暮れにぴったりだった。

…そんな光景がありありと浮かび上がってくるのだ。
そして恐らく、この曲を聴いた人たちは皆同じような情景を思い浮かべているのではないだろうか。
私は田舎生まれなので、そういった光景に馴染みがあるが、きっと都会で生まれ育った人たちも同じような情景を思い浮かべていることだろう。
そして、その情景の中で生きていたわけではないのに、まるでそこを経験したことがあるような感覚に陥り、どこかノスタルジーな気持ちになってしまう。(少なくとも私はそう。)

この感覚を不思議に思い、歌詞を見返してみると、
この曲には、場所や時代を特定する固有名詞が存在していなかった。
「少し手前のコンビニ」「クマゼミとアブラゼミ」「いつもの交差点」「少し先の本屋」「遠くの川っぺり」「直通電車はピカピカの新車になって」……
固有名詞がないながらも、簡単に想像できる言葉たちが並んでいたのだ。
誰もが思い浮かべる情景のヒントはここにあった。
そして何より、これを歌っているのが「くるり」である、ということが何よりの答えなのかもしれない。
きっと彼らを知る人であれば、「直通電車」という言葉だけで、京都の電車を連想してしまうのではないだろうか。

今や日本のロックシーンを変わらず引っ張っている彼らが、いまだに「くるり=京都のバンド」と謳われているからこそ為せる技なのだろう。
そして彼らが歌によって作り出す世界に色をつけているのは、もしかしたら私たちリスナーなのかもしれないな、とも思ったり。
ピカピカの新車が”京都のもの”だなんてどこにも歌われていないし、川っぺりが”鴨川”だなんて歌われていないのだから。


これまでの5曲は人に対する愛が歌われていたが、
EPの最後を飾るこの曲では、自分の記憶・思い出について歌われている。
誰かの受け売りのような言葉になってしまうが、
「他人を愛するためにはまず自分を愛せ」ということなのかもしれない。
それは「愛」を「優しさ」に置き換えてもきっと同じことで、
自分の心を蔑ろにして誰かに優しくすることを、本当の"優しさ"とは呼ばないのかもしれない。

特別なドラマがあるわけでもなく、大きな夢を語るわけでもなく、言ってしまえばなんてことはない光景の中、平坦な道を歩き続ける、みたいな曲でもある。
そしてこういった、ありふれた光景いわゆる普通のこと(今の時代となってはこれを普通と呼ばないのかもしれない)を歌い続けるアーティストは、多くはない。
季節によって移り変わる景色や温度、香り、風の音、虫たちの歌声、、
このありふれた日常の光景を歌に乗せてくれることで、
あぁ普通の毎日はこんなにも美しいものだったのかと、心の奥にジンっとくる。

きっと、
ありふれた日常。そのままの君。
そんな普通が溢れるこの世界が、
1番美しくて愛おしくて、
忘れちゃいけない大切なものなのだ


くるりっぽさ

初めから最後まで、
とにかく愛と優しさに溢れたEPだった。
気づいていないだけで君が見ている世界は美しいのだと、
そんな風に言ってくれているような気持ちになった。

くるりっぽさとは、何なのか。
私はこのEPを通して、私なりに”っぽさ”の答えが見つかったような気がした。


優しさとまっすぐなロックンロール。
そして、他者と自分と世界への愛。


彼らが創り上げる世界は、
いつだって優しさと愛で溢れたまっすぐなロックンロールなのだ。
いつだって心の奥からジーンっと響く、
心の奥底に眠っているぬくもりに優しく声をかけて起こしてくれる、
そんな音楽。



どこかの誰かへ。
「愛」のテーマソングに迷ったら、
【愛の太陽 EP】を聴いてみてください。
きっと探してる答えはそこにありますよ。



きいろ。



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