【短編小説】きみにバラ色の人生を
「おいで、ガイ。いよいよ惑星カプロムパに出かけるぞ」
パパがぼくを呼んでいる。
慌てて姿を探すと、パパは大きなバッグをいくつも抱えて玄関に立っていた。
――パパ、出かけるの? カプ……ヘンな名前だね。それってどこ?
「カプロムパはな、ものすごく遠くにある、この宇宙でいちばん医療技術が発達してる星だ。どんな病気だって治せちゃうんだぞ」
――どんな病気でも? 本当に?
パパの「どんな病気だって治せちゃう」という言葉で、ぼくはとてもうれしくなった。
だって、ぼくのママは長い間、病気で眠ったままになっているから。
この星では誰にも治すことができない、とても珍しい病気なんだ。
たくさんのお医者さんにみてもらったけれど、みんな「眠らせて、病気が進むのをゆっくりにしてあげることしかできない」って言ってた。
けれど、どんな病気も治せるところなら、もしかしたら……!
――じゃあ、ママの病気も治してもらえるんだね!
「……そうさ、今ここではどうしようもできないママの病気だって、きっと治る。きっと」
パパはそう言うと、少しの間うつむいていた。なんだか苦しそうな顔だった。
でも、パッと顔を上げたときにはいつもの明るいパパだった。
「よし、さあ、行くぞガイ。船は中古だが、コールドスリープポッドはちゃんと新品をつけてもらったんだ。ちょっと長旅になるが、ママと一緒に家族旅行だ!」
こうして、ぼくはパパとママと一緒に、カプロムパという星に行くことになった。
長い、長い旅が始まったんだ。
惑星カプロムパへの旅は、何日も、何日も、何年も、何年もかかる。
こんな大きな船で数十パーセクも離れている星に行くんだから、当たり前さ。
ずっと船の中だけど、パパはぼくのために元気だったころのママの映像を見せてくれたり、いろいろなゲームを考えてくれたりした。
今のところ、いちばん好きなのは船の中での宝探しかな。すごく狭い所をたくさん探して、お菓子や、おもちゃを見つけるのがすごく楽しいんだ。
そうやって、ぼくが起きているときはパパはずっと遊んでくれているけど、本当は知ってるんだ。
ぼくが眠ると、ママが眠っている部屋にへ行って、ずっと2人だけで過ごすこと。
そこでパパはずっとママに話しかけたり、歌を歌ったりしていること。
さっき、その様子をこっそり撮影してたら、パパに見つかっちゃった。
「どうしたガイ、寝る時間だろう。あ、お前まさか今のを撮影してないよな? ちょっと見せてみなさい。ガイ! こら待て、こっちにおいで!」
――イヤだよ。ママが起きたら、パパが歌ってるところを見せるんだから。おやすみ、パパ。
ママもおやすみ。
星図にはもうカプロムパが見えてるんだって。あとちょっとで着くよ。
そうしたら、ママをすぐに起こしてあげるからね。
ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ、
突然、ものすごい音がして、ぼくは飛び起きた。
なに? この音はなに?
鳴り止まない音の中、慌てて船の中を走り回ってパパを探すと、パパは操舵室であちこちのモニターを代わる代わる見ながら、必死にコンソールに何かを入力していた。
「クソッ、ここに来て航行エンジンがイカれるなんて! あの中古屋、外宇宙航行対応のものに換装したって言ってたじゃないか!」
パパがコンソールに拳を振り下ろしながら叫ぶ。
こんなに怒っているパパを見るのは初めてだ。
――パパ? どうしたの? なにがあったの?
「最低限のシステムだけ動かして、あとは冷却系に浮いたエネルギーをバイパスしてやれば……だがどこまで機能を切る? どこまで、……いや…………いや、やるしかない!」
――ねえ、パパ? どうしたのさ?
パパはぼくの声も聞こえない様子でしゃべっていたけれど、いきなり振り返ってぼくを抱きかかえると、ものすごい速さで走り出した。
ママの部屋にやってくると、ぼくを床に下ろして、ママがいるポッドをいつもみたいに優しくなでる。
「ハニー、大丈夫さ、なにも心配はいらないよ」
それから、しゃがみこんでぼくの目を見ると、こう言った。
「いいかガイ。この部屋は船の中でいちばん強度が高い場所だ。ここにいればお前もママも安全だ。パパが戻ってくるまで、ここでお前はママを守っていてくれ」
――安全? ママを守るってどういうこと? ぼく、わからないよ!
「ガイ! 頼んだぞ!」
そう言うと、パパは勢いよく立ち上がって、さっきみたいな速さで部屋から出ていってしまった。
――パパ? パパ! どういうことなの?
ぼくも部屋から出ようとしたけど、ドアがロックされてしまっていた。
――パパ! 置いていかないで! ぼく怖いよ! パパ!
ドアに何度も体当たりをしながら叫んだけれど、やっぱりドアは開かない。
部屋の明かりが急に消え、ママのポッドについたランプやライトだけが暗い部屋の中で光った。
そうだ、ママ。ママもきっと怖いはずだ。
ぼくはママのポッドのそばに行って、体を寄せた。
ママ、ぼくも怖いけど、ママも怖いよね。
ぼく、ここにいるよ。ここにいるからね。
そして、船はゴウゴウと大きな音を立てて揺れはじめ、いちばん大きな音がしたとき、ぼくの体は宙に浮き、部屋の天井と床に順番に叩きつけられた。
――大丈夫、きっと大丈夫だよ、ママ。
パパがそう言ったんだから、絶対だよ。
「惑星カプロムパのメディカルツーリズムサービスへようこそ。ここまで大変な道のりでしたね、もう大丈夫ですよ。私はあなたの担当ナースのアニーミです」
声が聞こえる。
パパじゃないし、ママでもない。
それにしてもすごく眠いな。
ここは船の中じゃないけれど、どこなんだろう?
「あの……ここは?」
あれ? この声、もしかして、ママ?
「そうでした。あなたはコールドスリープのままこちらにいらしたんでしたね。母星でコールドスリープに入られたのは覚えていらっしゃいますか?」
「いいえ。私が、コールドスリープに?」
やっぱりママの声だ!
ママがしゃべってるっていうことは、目が覚めたんだ!
やった! やった!
「覚えていらっしゃいませんか? 解凍時によくある記憶障害か、もしかしたら事故のときにポッドの記憶保持回路に障害が起こったのかもしれませんね」
「事故? あの、すみません、私、話が全くわからないんですが……」
ママ! ママ! ぼくだよ、ガイだよ!
あれ? 声が出ないぞ?
「では、ご説明しますね。あなたは母星でリポージ症候群という病気になり、唯一治療が可能なこの惑星カプロムパまでコールドスリープ状態でお越しになりました。しかし、あなたを乗せた船はエンジントラブルを起こして宇宙港に墜落したのです」
「墜落!? 船はどうなったんですか?」
ダメだ、何回やっても声が出せない。
ママに会いたいよ。そのカーテンのむこうにいるんでしょ?
ママに会わせて!
「残念ながら、船体は修復不可能な程度まで破損し、あなたと同乗していた方も生体パーツの大部分を損傷して、現在このメディカルセンターに収容されています」
「同乗って、まさか……夫ですか!?」
声が出ないなら、せめてママのところへ行きたいよ。
あれ? 体が動かないぞ?
「…………少々お待ち下さい、今お調べいたします…………残念ながら、そのようです。メディカルツーリズムへのお申込み時にいただいたあなたへの医療行為の同意書と入星申請で提示された本人確認データ、および宇宙港で提示された第2種外惑星航行ライセンスが一致しています」
「そんな……」
「旦那様は幸い、生体パーツのコア部分の損傷は比較的軽微でした。しかし、現在は延命処置を行っているのみで、生存のためにはかなりの数のパーツを何らかの形で補わなければなりません。プロスセティクを使うか、機械体へのコア移植を行うか……今後、長い時間をかけて治療を行う必要があるでしょう」
「あなた……どうして……」
「なお、あなたのリポージ症候群は、ここカプロムパではそれほど珍しい病気ではありません。明日から治療を開始しますが、20日以内で完治するでしょう。それと、こちらの四足歩行タイプの……犬? という動物を模したロボットは、あなたのペットということでよろしいでしょうか」
急に、目の前にあったカーテンが開いた。
ママだ! ママが目を覚ましてる!
よかったねママ、病気が治るんだね!
「ガイ! ガイ! そうです、うちの子です! ああ、ウソでしょう、こんなになって」
ママに抱きしめてもらうの、久しぶりだなあ。すごくうれしいよ。
でもママ、泣いてるの? どうして?
「こちらのロボットもボディの大部分が失われているうえに、年式が非常に古いため、修復はおそらく不可能でしょう。お気の毒ですが、そのうち完全に停止してしまいます」
泣かないで、ママ。
そうだ、目が覚めたなら、一緒にパパの映像を見ようよ。
船の中でぼくが撮影したんだよ。
「ガイ……? どうしたの?」
「おや、映像の再生ですかね。記録媒体に残っているデータがあったのでしょう」
『ハニー、きみが眠ってから、僕は花をプレゼントすることもできない。だから花束の代わりに、この歌を贈るよ。ものすごく古い歌なんだけれど、タイトルがいいんだ。「バラ色の人生」ってね』
ほら、ママ。パパの歌だよ。
ここに来るまでの間、パパはこの歌を何回も何回もママの前で歌ってたんだ。
「言葉はわかりませんが、素敵な歌ですね」
「なによ……歌は苦手だって、私の前で歌ってくれたことなんかなかったじゃない」
『――ハニー、僕はどんなに困難なことがあっても、きみと生きていきたい。そう思える人がいるのなら、どこにいたって、どんなに大変なことがあったって、人生はバラ色。そう、人生はバラ色さ。……ん? どうしたガイ、寝る時間だろう。あ、お前まさか今のを撮影してないよな? ちょっと見せてみなさい。ガイ! こら待て、こっちにおいで!』
「あなた……! ガイ……!」
ママ、泣かないで、ママ。
ぼくもパパも、ママが笑っているところが見たくてママをここまで連れてきたんだよ。
だからママ、笑ってよ。
パパも言ってたでしょう?
人生はバラ色……きっと、人生はバラ色だよ。