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ショートショート|深煎り入学式

 ――芳醇ホージュンな香り。

 キッチンに立つ姉は、穏やかにコーヒーをドリップしている。その顔を盗み見て、真新しい制服をそっと握る。姉と同じ高校の制服だ。
 この赤いリボンにずっと憧れていた。
 今日から三年、サオリも身につける。

「皺になるよ?」

 目の前にマグカップが置かれて、優しい声が降ってきた。サオリの緊張なんて姉はお見通しなようだ。

「どーぞ」
「ありがと……」

 大学に入り喫茶店でバイトを始めた姉のコーヒーは、家族で一番美味しい。今日はお祝いと、朝から時間をかけて淹れてくれた。
 マグカップに口をつける。駆け抜ける香りはいつもと少し違って、驚いて顔を上げた。

「今日は深煎り」

 もうサオリも高校生だからとイタズラっぽく笑われる。今まではサオリが飲みやすくしてくれていたらしい。初めての苦味だ。深煎り入学式と、まだ少し寝ぼけた頭でぼんやりと思う。

(あ、寝ないようにか)
 そう気づいてぎゅっと目をつぶる。そのまま勢いよくカップを空にした。

「オイシカッタ! 行ってきます!」

(了)
420文字

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